<青空一杯の二年生その1>
<青空一杯の二年生その1>
船水川小学校は、当時50数名の児童数でした。という事は、複式学級を二クラス持つ複式学校という事になります。2・3年と、4.5年が複式学級です。
これを分解するには、担任無しの教務主任が担任を持てば複式学級が一つ分解されます。地域の人達や保護者達は、理屈抜きに
『クラスの子どもが少ないのは、先生の眼が届くから、素晴らしい。しかし少な過ぎると複式学級になり、一人の先生が同時に二学年の児童を教えることになるから、学力低下に繋がることになる。』
と言うのです。
これが小規模校に対する一般論になってしまいました。このような、小規模校の実状がわかってくれば、誰もが複式学級分解に協力をすることになります。そんなわけで、複式学級解消の為に私が受け持ったのが、2年生、3年生の2年間の児童でした。少なくとも二年間は、複式学級が解消されるのです。
私は、2年生と1年生を担任するのは、実は初めてなのです。
『2年生だから、赤ん坊をあやす程度で済むかも知れない。』
という一種不遜な気持ちで、教室に入り初対面しました。
すると、顔を見るなり、大きな眼をした女の子が、ぺらぺらと喋り出しました。
『○子さんはね、お兄ちゃんが一人先生に教わったのだって、』
すると、男の子が、
『一人先生は、おっかなくて、面白い先生だって。』
いきなり、担任の評価を始めるのです。
担任の先生となると、子どもにとっても深刻な打算が湧いて来るのでしよう。子どもにとっては、担任とは最低1年間を付き合わなければならない。
『がみがみ叱られながら暮らすのか』
『勉強、勉強で暮らすのか』
『楽しく面白く暮らすのか』
その運命は、担任次第であると、いう気持ちで接していることに、気がついたのです。
『これは油断が出来ないぞ。』
と感じたのはこの時が初めてです。
しかし、よくしゃべる子ども達です。暇さえあれば喋り合っています。数日して気が付いた事は、学年も人数もだいぶ違うけれど、なんとなく雰囲気が乃木山の5年生と似ていることです。
あの時は、私自身が新米先生で、子どもに牛耳られていました。そのため、乃木山の子ども達から課せられた『児童理解』等の民主教育を真剣に取組む機会が持てなかった、いや、そういう機会が有ったとも自覚できない1年間でした。
けれど、そのチャンスがここに巡って来たのです。そして、
『あの時出来なかった最高の教育を、この子供たちに施してやりたい。』
と言う、とてつもない、欲望と大望が、心の奥底から湧いてきたのです。
ちょっと不遜で自意識過剰な思い上がりとも受け取られかねない欲望ではありますが、これまで経験してきた、身に付けて来た『教師』としての知識と経験を全て使って、この子達に接してみようと思ったのです。
まぁ、こういう言葉にすると「当たり前」と言われてしまう事なのですが。
簡単に言うと、
「子どもとの触れ合いの中で、子どもの気持ちや考えをよく聞いて」、
「その能力を把握して、それに合うように指導の手を差し延べていく」、
「その記録を採り続けて行き、成長過程を調べる。」
その上に立って、
「次の指導の手立てを立てていく」という考えに、
「少しでも近づき実践していこう。」
実践となると、そう簡単にはいかない。
どうしても、児童理解というと、児童心理学などを紐解いて、わかった様な気がする。我々は、学者でもなければ、研究者でも心理学者でもない。今目の前に生きている、希望に向かって輝いている子ども達を相手にしている教師なのだ。子供たちは、明日には、また変わって成長していきます。常にたゆまなく、成長していく生きた子ども達なのです。今こそ、この触りだけでも、触れて見たいという思いが、心の底からフツフツと湧いてくるのです。
このように考えると、また、新たな勇気と希望が湧いて来るのです。




