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赤木の森の下影に  作者: 一人雅伸
吾が学び舎と共に
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 <八幡神楽>

 <八幡神楽>


 五口小学校に赴任すると、校務分掌の一つに育成会の係を任命されました。

 既に『稲榎市子ども育成会連絡協議会』という名称で子ども会が出来ておりました。その後、『栃木県子ども育成会連絡協議会』、『全国子ども育成会連絡協議会』と縦の組織が出来上がっていく時期だったと思います。

 稲榎市の育成会が出来てから、教育委員会の中でも学校教育と社会教育との職分が明確になってきた頃で、社会教育の中に『子ども会育成会』も含まれるようになったのです。子ども会の組織の基本は、町内子ども会を基本にして、その活動・運営を援助、指導するのが市子連の役割です。


 その頃、県南の子ども会の大会を稲榎市の文化会館で実施する事になりました。地区会長からの連絡で、各地区から一つ以上の出し物を披露する事になったのです。


 私も初めてのことで、面食らってしまいました。合唱とか合奏でもやろうかという意見もありましたが、学校の先生からは『立場が違う』ということで協力を得られません。私も『子ども会の出し物』とは何だろうか、どういうものが相応しいのかと考えさせられました。


 そんな時、上田町の八幡神楽が市の無形文化財に指定されている、という情報が入ってきました。これだ、と思い『八幡神楽保存会』の人を訪ねました。


『今、子ども会活動としては地域の伝統や文化を学ばせ、体験させる事を狙いとしています。八幡神楽を子供達に教えてくれませんか。あと20日しかないのですが、文化会館で発表したいのです。』

という無茶苦茶なお願いでした。すると

『先生のお話はよく分かりました。実は、若い後継者が居なくて困って居たところなのです。仲間と相談しますので、ちょっと待ってください。』

という返答と、それから間もなく

『20日間で仕上げて見せます。』

という力強い回答を頂いたのです。


 上田町の子供達を集め、町内の公民館で毎晩2~3時間の猛練習が始まりました。夏休み期間中だったと思いますが、私も頼んだ手前、毎晩、練習に参加しました。そこで感じたことは、学校の授業風景では見られない、子供達の取り組み姿勢と表情だったのです。

 注意力散漫で授業に集中できない子供が、練習時間中は夢中で太鼓を叩いているのです。それが私の担任する子供なのですから、余計に驚かされました。後に、その子は、学校の授業中でもだんだんに落ち着きと集中力を見せるようになったのですが。


 たった20日間で、約束通り『八幡神楽の天岩戸』の舞と、舞台道具、演出まで、全てが調いました。保存会の皆様の協力と取り組みには、私もびっくりしました。それ以上に、感謝の念も深く、強いものでした。



 いよいよ、県南子ども会活動発表の日です。


 まだ新しい文化会館で、大ホールの客席に、千数百人が一杯になりました。各町内の子ども会から、合唱や合奏などが次々と発表されていきます。


 いよいよ五口地区の出番になります。私の心の中は、緊張と不安で一杯になりました。近所の神社でお祭りと、ささやかな神楽舞程度しか見た事が無かったので、認識不足だったのかもしれませんし、たった20日間で子供達がどのくらい出来るようになったのかという、疑問があったのかもしれません。


 幕が開きました。


 舞台は真っ暗です。


 スポットライトが当たり、天岩戸の大道具が、中央奥に厳粛に浮かび上がります。その両側に並んだ笛や太鼓などの鳴り物の後ろに、半天を着た子供達が数人並びます。


 舞台が少しずつ明るくなり、お囃子が静かに奏でられます。


 岩戸の前に立ち上がった、きらびやかな衣装とお面をつけた大男が、お囃子のり済みに乗って厳かに舞い始めました。


 悠長なお囃子が続く中、何人かの踊り子が、それぞれの衣装とお面をつけて登場し、大男を中心に、近づいては離れ、離れては近づき、広い舞台を厳かに舞い踊ります。


 神楽そのものの意味は分かりませんでしたが、この舞台から発せられる圧倒的な迫力と雰囲気に、私の心はすっかり魅了されてしまいました。


 『これが、伝統文化を取り入れた本当の子ども会活動だ。』


 と心の中で叫びながら、瞬きする間も惜しい気持ちで舞台上を見続けたのです。


 10分の上演時間が終わると、会場一杯に大きな拍手が巻き起こりました。


 大成功です。


 20日間の苦労と、子供達の努力は十分に報われたと思います。



 それから上田町の八幡様のお祭りには、地域の子どもも参加した『天岩戸』が神楽殿で奉納されるようになりました。6年生や中学生にもなると、大人の衣装がそのまま着られるということもあり、時には重要な舞や役割を任される子供もいるようです。


 稲榎市でも、このような地域の伝統文化や伝統芸能が子ども会の活動に取り入れられるのは、珍しいことだったように思います。


 今では、地元の伝統芸能や保存会などに『子ども会』が参画し、伝統的な文化財保存会の後継者育成に励んでいる団体が当たり前のようになっていますが、当時はそんな話も実例も見たことも聞いたこともありません。そんな中で『八幡神楽保存会』のように、子ども会育成会の申し出を快く受け入れ、指導と活動の任を引き受けていただいた事は、本当に驚きでもあり、感謝の念に絶えません。

 地域の文化活動の継承は、子どもにとっても豊かな活動と生活が出来るようになると思います。大切なことは、子どもの興味・関心を深め、人格形成の上でも、郷土愛育成の上でも、大きな影響を与えたことだと思います。『保存会』の人にとっても、後継者育成に熱意を持って努力・協力すれば、キラリと輝く活動と末永い伝統継承の道が開かれ、充実した活動が出来るのではないかとも思えます。

 一つだけお願いしたいと考えることは、伝統や文化を重んじるあまり、『しきたり』や『風習』の押し付けや無理強い等の、『子供の気持ち』を無視したような活動はして頂きたくないと思うのです。


 市子連の活動も始まったばかりの時代で、試行錯誤の行事も多かったのではないかと思いますが、皆、子ども会育成に熱心で活気に溢れていたのも間違いないでしょう。


 今年も、地元の新聞に『伝統の神楽を小中学生が披露-八幡神楽奉納』の記事を見る事が出来、鮮やかに当時の事が思い起こせます。



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