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赤木の森の下影に  作者: 一人雅伸
天に届け木犀の香
33/74

 <音楽コンクール>

 <音楽コンクール>


 大月小学校は音楽コンクールへ出場し、時々良い成績を取るので知られていました。毎日、放課後には斉唱や合唱の歌声が校内に、近隣の住宅まで響き渡り、教育の雰囲気をかもし出します。


 今年も全国大会にあと一週間と迫ってきた日、音楽主任のA先生が私のところに来ました。受持ちのK子さんの家に行ってくれないか、と言うのです。K子さんが風邪を引いて、コンクールを欠席するというのです。

 K子さんが風邪で先週から欠席をしているのは知っていましたが、音楽コンクールに影響するとは思っていませんでした。


『是非、先生から父親を説得してもらいたいのです。』

と気軽に言うと

『K子さんはピアノ伴奏者で、代わりの子がいないのですよ。』

と捲くし立てます。

大分興奮しているせいか、事情を正しく聞き取るのに時間がかかりました。


 K子さんの父親は開業医で、医院の院長をしています。

『今の状態では、あと一週間は絶対安静が必要です。』

と言うのだそうです。


 既に一週間ほど休んでおり、更に大会にまで欠席となると、コンクールではピアノ伴奏無しで望まなければならなくなります。A先生が焦るのももっともかも知れません。ここ数日、毎日のように訪問し、様子を見ているのですが、事態は全く改善されません。


 やむを得ず、後を付いて行く事にしました。


 K子さんの寝ている部屋に案内されます。部屋を見回すと、隅にコンロがあってやかんの湯気が白く立ち上っています。まだエアコンも加湿器等といった気の利いた物も無い時代です。部屋は湿気で暖かく保たれていましたが、K子さんの顔はやつれ、あの明るい温和な笑顔は見ることが出来ませんでした。


 客間に通され、父親である院長先生とお会いしました。挨拶もそこそこに、A先生から話が切り出されましたが、院長先生の口から出る言葉は学校で聞いたA先生のお話と一緒でした。父親というよりも、医師としての判断、立場でお話しているのですから、我々素人の出る幕ではありません。


それでもA先生は

『そこを何とか』

と頼み、訴えているのです。


 A先生にしてみれば、2年間練習を重ねてきた40人の児童達の気持ちを考えての事でしょう。万全の体制で全国大会に臨みたいというのは、決してA先生個人の考えだけではない筈です。


 私は2時間ばかりの話合いを、横で聞いているだけでしたが、結論が出ないままにお暇することになりました。


 私は立ち上がりながら、静かに先生に声を掛けました。

「先生のお話、ごもっともです。しかし、結論はあと2~3日待っていただけないでしょうか?私もK子さんには安静が必要だと思います。しかし、人事を尽くして天命を待つ、という諺もあります。A先生もそれでいいですか?」

と言うと、院長先生の顔にさっと緊張が走りました。


 それから3日後、K子さんの家から

『いくらか快方に向かいましたので、伴奏だけは出来るでしょう。但し、送り迎えはこちらで致します。』

という連絡が入りました。



 これで一件落着と思ったところが、音楽コンクールの出場児童の引率者として、突然、私に出張命令が下ったのです。


 日曜日、稲榎駅から東京の会場まで、電車を利用した40人の児童の引率は神経を使いました。K子さんは、母親と稲榎から東京までタクシーで来ました。


 担任の子供達一人一人が、このように両親のこまやかな愛情に包まれて育てられている事を、改めて強く感じました。担任児童の扱い方も、それから一層気を遣うようになったのです。




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