<プラネタリューム>
<プラネタリューム>
当時の大月小学校の恩田校長先生の教育持論は、
「新教育は、視聴覚教材による直感思考の育成である。」
というもので、それを色々な場面で実践して、視聴覚教育の発展に寄与した人物の一人であると思います。
その頃の世の中は、まだ戦後の状態を引き摺っていながらも、科学・機械・技術の進歩が目覚しく、教育機器にも影響し始めた頃でも有ります。現在の、パソコン・通信機器教育にまで発展した、初期段階だったと言えるかもしれません。
校長先生は、その頃流行した『プラネタリューム』を授業に取り入れようとしました。突然、私に『プラネタリュームの会社を視察してくるように。』という出張命令が出たのです。
視察先の会社は、東京のレンズ関係の会社で、『プラネタリューム』の実物はないものの、注文に応じて製作するという事です。30人程度が入れるプラネタリュームのカタログを頂き、説明を聞いて、その内容を校長先生に報告しました。
後に、空き教室の一室に『プラネタリューム・ドーム』が設置されたのです。
中は4・5メートル四方程度の暗室で、天井には大型のパラソルのような純白のスクリーンがあります。暗室の中央には機器が置かれ、一年間の月日や星の位置や移り変わり、それぞれの星座を映し出すことも出来ました。
図工主任のK先生が、大きな紙に星座とその伝説や逸話を書いて、教室の周囲に貼り出します。教科書に載っている星座や、プラネタリュームで映し出される星座を抜き出したものです。
機器の操作は私の担当になりました。本当は、こういった機械類が苦手なのですが、全児童に見せるために勉強しました。先生方にも操作を覚えて頂き、各学級の授業に取り入れていただく方針でしたが、実践までには至りません。
営業用のプラネタリュームに比べても規模が小さいので、迫力には欠けたものの、子供達は「ウワー、ウォー」と歓声を上げながら、感動した表情で見入っていたようです。夜空の大宇宙の星座と同じものが、この小さなドームで観察できるのです。
視聴覚機器は、児童からこれ迄に無い驚きと感動と、興味と関心を引き出すことが出来ると実感させられました。大成功だったと思います。
しかし、全児童が一通り見終わると、子供も先生も、その後は殆ど活用しませんでした。機器の操作、星座の説明に不慣れで、誰かがやってくれないと授業として取り入れ難いのだと思われます。
その頃叫ばれた理科の実験、視聴覚教育の実践化が遅れたのも、そんなところに理由があったのかもしれません。
しかし、他所の学校の子供達が何組か訪ずれたり、保護者の方からも希望者が現れました。その度に私が機器の操作をし、慣れないながらも星座の説明などをする事になったものです。
理科の実験や視聴覚教育が、もっと手軽に誰でも扱えるようにならなければならないなと思ったものです。




