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赤木の森の下影に  作者: 一人雅伸
天に届け木犀の香
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 <子供育成会>

 <子供育成会>


 大月小学校に赴任して『子ども会育成会事務局』という、聞きなれない公務分掌の係が与えられました。今までの担当の先生に聞いてみても、活動内容も組織も明確には把握されていないのです。それぞれがどんな組織を持って、どんな活動をしているのかもハッキリしないのです。ただ、10以上の町内の育成会の事務を取り仕切る窓口としての役割をすればいいという事がおぼろげながら分かってきました。


 当時、戦後の青少年の不良化防止対策として、どこの学区内でも『町内子ども野球大会』が盛んになりました。この子供達の世話や応援をしている父兄や地域の人達の団体に『育成会』という名称が付いていたようです。


大月小学校の学区内の町内会にも『子ども会育成会』という名前があって、『育成会員』だと名乗る人達が各町内にいることが判ってきました。活動内容も、野球大会の選手の世話や応援をして、ユニホーム等の資金作りに、子供達と一緒にリヤカーを牽いて廃品回収をする、といったことが他の市町村でも行われていたようです。


 あるとき、『朝日町(大月小学校の学区内の町名の一つ)の育成会長』と名乗る人が、学校に

『子ども会をやりたいのだが、どうしたらよいか?』

と相談に来ました。


 その頃は、日光のキャンプやバス旅行などを企画して、実施しているところもありました。経費の掛からないものということで、木尚小学校時代のキャンプの時の唄やゲームを思い出したのですが、私自身が昔からの音痴でリズム感に欠けるため、子ども会の指導員には向いていないのです。


 そこで、明神様の社務所をお借りし、紙芝居や幻灯機等を用意し、自転車に乗せて、夜、子供達や父兄を集めて『子ども会らしいこと』を何回かやりました。


 しかし、学校の校務分掌をこのような『曖昧な形』にしておいては済まされません。


 その後、各町内に連絡し『子ども会・育成会の組織表』や『子ども会・育成会の月別、年間活動計画』等の組織や活動計画書を配布しましたが、最初に提出してくれたのは2~3町内だけでした。それを印刷して全町内に配布し、各町内の『子ども会・育成会』の役員さんとも根気よく話合いの機会を設けました。


 年々、組織表と活動計画書が増えてきて、2~3年で全ての町内から提出されるようになり、大月小学校学区内の町内子ども会・育成会の役員組織と活動計画が揃ってきたのです。とはいえ、町内独自の団体で、私はその連絡係に過ぎませんで、それ以上の進展は出来ませんでしたが、一つの飛躍だったと思います。


 稲榎市では、昭和49年に『稲榎市子ども会育成会連絡協議会』が発足しました。市全体で、『子ども会・育成会』の組織や活動内容の研究も進み、子ども会活動や指導員の養成等が活発になって来たのです。

 大月小学校赴任早々から校務分掌として『育成会の係』が出来、任されたのは、先駆け的存在だったのではないかと思います。


 私自身、この『校務分掌の係』が切っ掛けだったものの、子供と触れあい、子供を育むために何をすればいいのか、どういう気持ちや考えで子供と接すればいいのか、教師という立場からの考えだけではなく、親や地域の人達とのやり取りや話し合いの中で、考えさせられ、工夫し、試行錯誤を繰り返してきました。


 理想論と言われればそれまでですが、全ては『良い子に育ってもらいたい、立派な大人になってもらいたい。』という多くの人の願いを、どのように実現するかという事に尽きる、と言って過言ではないと思います。


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