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赤木の森の下影に  作者: 一人雅伸
水田の街と金盞花
19/74

 <いじめられっ子物語 その1>

 <いじめられっ子物語 その1>


 教師である以上、色々な子供達の「イジメの現場」に出会うことがあります。一口に「イジメ」と言っても、内容は多様で複雑です。子供の生活行動の一面だけを見て論じることは、子供の人権やプライバシーに係わることでもあり、危険かもしれません。

 「イジメ」に対する認識・解釈の違いが、人によって、組織や立場によってあまりにも違うのです。私なりの体験と愚考を基にして、一つの物語風にまとめてみました。私の様々な思いを、この物語に託してみました。ご一読いただければ幸いです。



<春馬鹿物語>


 僕が小学校3年生になって間もなく、受持ちの先生から、

『こんな計算も出来ないのか。こうやれば良いのだ。本当にお前は馬鹿だなぁ。』

と言われました。笑顔で優しい言葉だったので、僕は先生が親切に教えてくれたと思い、尊敬もしていました。そして、先生のことが大好きでした。


 ところが、いつの間にかクラスの皆が、僕の事を『春馬鹿』と呼ぶようになりました。遊びの仲間からも外されて、独りぼっちになってしまいました。話しかけてくれる友達もいなくなり、学校に行っても面白くありません。僕はずる休みをするようになりました。朝、学校に行くふりをして、近くの林や公園に行って、ぼんやり過ごしたり、漫画本を読んだりして過ごします。

 そうしたら、先生が家庭訪問をするようになりました。ずる休みが続いて、勉強が遅れてしまうというのです。お母さんも心配そうに話しかけてきますが、学校が面白くないので、どうしても行く気になれません。


 3学期になり、先生は、ずる休みが100日近くになって4年生に進級できないかもしれないと言うのです。僕の家が先生の通勤道路に近かったので、毎朝先生が迎えに来るようになりました。僕は先生の自転車の後ろに乗せられ、学校に連れて行かれました。学校では、クラスの皆が『する休みをした』『先生に連れられて来た』と言って、前より馬鹿にするのです。

 『春馬鹿コール』が前より激しくなり、益々、学校に行くのが怖くなりました。先生は相変わらず毎朝迎えに来ますが、学校は怖くて、益々行く気がなくなってしまいます。


 朝、窓から道路を見ると、先生が自転車でやって来ます。玄関で『お早う』という先生の声が聞こえます。僕は怖くなって、窓から飛び出し、裏の桐畑に逃げ出してしまいました。先生が追いかけてきて、僕は捕まってしまい、学校へ連れて行かれました。その度に、クラスの皆から囃し立てられ、馬鹿にされる一日を過ごさなければなりません。

 3学期も半ば過ぎた頃には、僕の方が逃げ切って、先生は諦めて一人で学校に行く日が増えてきました。

 お母さんが、

『春雄、お前は本当に馬鹿だね。先生も言っていたよ。毎朝迎えに来てくれるような先生はいないよ。それなのに逃げてしまうなんて、お前はどうしたんだい。このまま欠席が続くと、4年生になれないかもしれないのだよ。 先生も努力するというから、これ以上休まないで学校に行っておくれ。』

と、僕の肩を抱きながら、涙を浮かべて言うのです。

 でも、僕も学校は好きだけれど、身震いするほど『春馬鹿コール』が怖いのです。先生もお母さんも、僕の気持ちが判らないのです。



 4年生になりました。お母さんが言います。

『春雄、今度の先生はおとなしくて優しい先生らしいよ。始業式だけは行ってみなよ。』

僕は小さな希望を持って学校へと行きました。校門を潜ると『学校はやっぱりいいな』と思います。でも、やっぱり友達は誰も寄ってきません。始業式だけなので、『春馬鹿コール』が無かったのが救いです。


 新学期の始業式が終わり、新しい教室に入りました。直ぐに新しい担任の先生が教室に入ってきました。先生は、黒板に

一人雅伸ひとりまさのぶ

と自分の名前を書いて、クラスの皆に自己紹介をしました。でも、3年の担任だった内野先生よりおとなしそうで、頼りなさそうです。

 新しい4年生の教科書や時間割表などが配られました。新学期の連絡が終わると、先生は出席簿を取り出して、名前を読み上げて出席を取り始めました。いよいよ僕の番です。名前を呼ばれたとき、僕はおそるおそる立ち上がりながら小さな声で返事をしました。すると、今まで静かだったクラスの皆が、一斉に大声で言うのです。


『先生、これは春馬鹿だからね。ずる休みばかりしてるのだから。』


先生はびっくりした顔をして、

『あぁー、そうかぁ。』

と言って、僕を見つめます。

僕は『あぁ、やっぱりダメか。』と思って腰を下ろしました。

朝、学校に来る時に感じていた『小さな希望』はすっかり消えていました。


 休み時間になり、皆がぞろぞろと教室を出て校庭に向かいます。すると、先生が手招きしながら、

『春ちゃん、ちょっと。』

と、僕を呼びとめました。教室には誰もいません。僕はびくびくしながら先生の机に近づきました。すると、先生が急に困ったような顔をして言うのです。

『春ちゃん、これから先生の秘書になってくれないか?』

『秘書って、なあに?』

『先生ね、今年は仕事が増えちゃってさ。先生の机の上の整頓とか掃除とか、チョークや教科書などを職員室に持って行く仕事をして貰いたいのだよ。先生と一緒だから気にする事は無いよ。ただし、休まれると先生が困ってしまうのだよね。皆には後で話しておくから、先生を助けてくれよ。』

と言うのです。

 掃除をして、チョークや教科書を運べば先生が助かるのか、それなら簡単だと思いました。


 翌朝、30分早く家を出ました。お母さんが、

『春雄、どうしたんだい、こんな早くから。』

『雅伸が大変なんだよ。僕に助けてくれと頼むのだから。』


 朝、学校に着き教室に入りました。まだ誰も来ていません。雅伸先生の机の上を見ると、鉛筆やノートや教科書が散らかっているのです。昨日遅くまで仕事をしていたのかな、と思いながら、バケツに水を汲んできて、本やノートを揃え、鉛筆や文房具は机の引き出しの中に整理して、机の上を固く絞った雑巾で拭きました。

 朝の会が始まり、先生が来ました。先生は自分の机の上を見てビックリしていたようです。そして僕に言いました。

『春ちゃん、ありがとう。』

僕も小さく頷きました。


 休憩時間、先生が僕にチョークの箱を渡します。チョークを入れ替えるから、職員室に持ってくるように言われました。

 いよいよ、秘書の仕事第一号です。先生が職員室の椅子に腰掛けると、横に子供用の椅子が一つ置いてありました。

『これは春ちゃん用の椅子だよ。先生の用事があるときは、ここに座っていいのだよ。校長先生や他の先生方には許可を取ってあるから。それから、先生は春ちゃんの味方だからね。困った時は必ず相談してくれよ。』

僕は、この時から雅伸先生と友達になったのです。


 秘書の仕事第2号は、朝の会で、教室の正面、黒板の上に額に入って掲示している『学年教育目標』を大きな声で読み上げる事です。

 

   学年教育目標

 1.みんななかよく、力を合わせよう。

 2.何事も、最後までがんばろう。

 3.勉学にはげもう。


 僕は、毎朝、みんなの前に立ち、額に向かって読み上げます。皆が僕の後に、大きな声で復唱します。最初は恥ずかしくて、雅伸先生から

『春ちゃん、そんな声じゃ後ろの子にまでは聞こえないよ、もっと大きな声で。』

と注意されましたが、一週間もしたら、ちゃんと大きな声で読み上げることができるようになりました。その度に雅伸先生から

『うん、今日はしっかり読めたね。』

とか

『みんなに聞こえる、いい声だったね。』

と誉められるようになりました。


 こうして僕は、学校にも安心して来られるようになったのです。だんだんに慣れてくると、雅伸先生の話はとても面白いのです。「ネズミ小僧」や「体育の時間に山登りをしたこと」や「蕨採り」や「真夜中のピアノ」の話など、雅伸先生の経験や体験を面白おかしく話して聞かせてくれたのです。


 家庭訪問


 僕が雅伸先生の秘書になって一ヶ月ほど経つと、家庭訪問がありました。お母さんが雅伸先生と話しをした事を教えてくれました。


「先生に言ったよ。

『先生、うちの春雄にどんな魔法を掛けたんですか?毎朝、早い時間から元気に学校に行くようになったんですよ。』

先生、にやにやして何も答えてくれなかったよ。

 去年の内田先生は、毎朝迎えに来てくれて、逃げる春雄を追いかけて、自転車に乗せて学校に連れて行ってくれたじゃないか。本当に春雄の事を心配してくれた、男らしい先生だったよ。雅伸先生は1度も迎えに来ないし、挨拶にも来ないじゃないか。ああいう先生、お母さんは嫌いだよ。」


 でも、僕は、秘書にならなければ学校に行けない、みんなが馬鹿にするんだ、という事をお母さんに説明したけれど、

「それはお前が馬鹿なのだから仕方が無い。」

と言うだけです。

 でも、僕は学校が大好きです。雅伸先生の秘書をやらなければ学校に行けません。雅伸先生との友情は、僕にとって大切なものになっていました。


 ジャングルジム


 僕が雅伸先生の秘書になって、皆から『春馬鹿』と言われなくなってくると、友達が2人出来ました。2人とも僕と同じように気が弱くて、他のみんなと遊べなかったのです。

 お昼休みには、3人はいつもジャングルジムで遊びました。ジャングルジムの一番上まで登り、そこからまた下へと降ります。降りる所は東西南北に変わりますが、どこに降りるかはじゃんけんで決めて、降りた所から、又頭へと登ります。誰が早く登りきるかで勝負が決まるのですが、これを何回かやると、お昼休み終了の予鈴が鳴ります。僕たち3人は、これに熱中して毎日のようにやっていました。

 僕は、もう職員室に行く時間がなくなってきました。それで雅伸先生に言ったのです。

「秘書は続けるけど、職員室には行かないよ。」

すると先生は、にっこり笑って

「そうか、それは良かったね。」

と言います。

 なんで、こんなにいい先生の事をお母さんは嫌いなのかなぁ、と不思議でたまりません。お母さんは、内田先生のような元気があってさっぱりした先生の方が、気が合うのかもしれません。『男らしい先生』といつも誉めていたから、お母さんが考える『良い先生』とピッタリだったのかもしれません。

 でも、僕は、雅伸先生と出会わなかったら、今頃、またいじめられていたかも知れない、と思うと恐ろしくなったのです。


 いつも3人でいるので、いつの間にか『春馬鹿3人組』とからかう人が出てきました。でも、僕が先生の秘書を続けているせいか、からかう人はほんの数人で、クラスの殆どの人は何も言いません。

 僕たち3人は、ぜんぜん気にしないで仲良く一緒に遊ぶことが出来たのです。



 <続きます。>



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