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赤木の森の下影に  作者: 一人雅伸
赤木の森の下影に
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 <水難事故>

<水難事故>


 ある年の夏休みでした。倉沢山キャンプが終わって、学校に引き上げてホッとしている時でした。8月11日だったと記憶しています。


木尚きなお小の子供が乃木山川で流された。』

という情報が入りました。先生方全員が思わず総立ちになり、直ぐに行動を起こします。


 男性職員数名が、およそ1km離れた乃木山川の現場に駆けつけます。


 乃木山川に掛かる橋の上や土手の上には、大勢の人が心配そうに濁流を見つめていました。橋の数十メートル上手の川原が、子供が流された現場です。間もなく消防団やPTAの人達も駆けつけてきます。


 やがて、太いロープが川の上に渡され、両方の土手から大勢の人が引き合いました。誰とも言わず、男達は下着やパンツ1枚の姿で濁流の中に飛び込み、各々ロープに掴まり、川の中で数珠繋ぎになりました。普段は膝か腰の深さ程度の浅瀬部分でしたが、昨夜の夕立で増水し、大人たちの首位までの深さになっているようです。昨夜の倉沢山キャンプで、雨の中、子ども達を連れ、テントからキャンプ場隣接の施設である南城館に避難したことが思い出されます。


 足先が川底の小石を踏むと、小石がさらさらと流れて行きます。私の身体も、濁流に流され浮き上がり気味になります。足探りの状態で、飯口いいくち堰と橋の間を何度か往復していると、辺りは薄暗くなってしまいました。


 川から上がり男性職員数名と連れ立って、土手伝いに川下の大呉谷橋まで歩いていくと、橋の欄干に長い青竹が隙間なく並べて結び付けられており。川底まで届く堰が作られていました。『いつの間に』と感心するほど手際よく作られ、設置されていたようです。


 橋の麓にお宮があり、その社務所で何人かの人が見張り番をしていました。そこにお茶と握り飯の差し入れが届き、男性職員もご馳走になります。身体が冷え切っていたのと、川の中を何往復もした空腹感とで、素朴な味のおにぎりと熱いお茶が、お腹全体に染み渡ります。


 そこで男性職員で翌日の打合せをし、そのまま泊り込むと夜明けとともに南に下ることにしました。乃木山川は南の方で渡瀬川に合流しますが、合流地点から渡瀬川の川沿いに下流へと下り、赤見沼まで歩いて行きました。その地域の人に情報を依頼し、学校へ戻った時にはお昼を回っていました。


 それから毎日、何人かで組を作り巡回を続けましたが、有力な情報や手がかりは得られませんでした。


 24・5日頃です。

 学校に、渡瀬川との合流地点にある工事用の板橋付近から

「川底に子供の手のようなものが見える」

という、工事現場の人からの通報がありました。

 やはり、遺体は濁流に飲まれて、砂の中に埋もれてしまっていたのです。流された現場から4km程下流の地点です。


 こんな悲しい事件は二度と起こって欲しくない、起こしてはならない、と皆が思いました。学校として、教師として何が出来るだろうかと各々が考えさせられた出来事でも有ります。この年は、悲しい水難事故で明け暮れて終わった夏になってしまいました。


 一つ付け加えるなら、このような非常事態、大勢の人が、それぞれの地域で速やかで自主的な対応と処置を手際よくやってのけることが出来た、地域や住民の皆さんの繋がりと心遣いに感心させられたのも事実です。




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