<スケート場>
<スケート場>
その冬は、4年生の担任で東校舎が教室でした。前の晩、冷え込みが厳しく大変寒かった朝です。校舎の北側の空き地に、寒さで所々に氷が張っていました。その僅かな氷を見つけては、子供達は気持ち良さそうに、楽しそうにハシャぎながら、下駄履きで滑っているのです。
夕方、誰もいない時間、シャベルとバケツを持ってきて、幅2間(約3.6m)長さ6間(約10.8m)位の平地を作り、周囲に土手を作って水を入れました。
その頃は『足洗い場』といって、広い流し場と手押しポンプがあったのです。体育の時間は、皆、裸足で体操や駆けっこをしていました。体育の時間が終わると、その足洗い場で、水を汲んで皆が足を洗ってから教室に入るのです。運動靴など履いている子は一人もいませんでした。これが、子供達の当たり前の学校生活だったのです。
その頃も、まだ足洗い場を使い、学校生活や授業を行っていました。その足洗い場から、20メートル位離れた距離を、バケツで何度も水を運び、作った土手の中に、5センチくらい平らになるまで続けます。
朝、学校に着くと、そこは大賑わいでした。休み時間になると、何人もの子供が来て滑っていました。子供達はこういう遊びが大好きです。放課後になると、何人かの子供が、
「先生、水撒きしていいですか?」
と訊きに来ます。許可をすると、何人もが水を運んで、また一杯にして帰っていきます。このような事が習慣になって、スケート場はいつも大賑わいでした。他所の学年からも遊びに来るようにもなりました。
春の兆しが感じられた頃、同僚の女の先生から苦情が来ました。
「先生、スケートはいいのですが、後始末をしなければねぇ。」
と言うのです。
その足でスケート場に行ってみると、溶けかかった氷で周囲が泥んこになっているのです。校舎に続く渡り廊下までが泥んこになっており、『後始末』が必要なことは明らかです。
子供達に声をかけ、全員で渡り廊下の掃除と、スケート場の土手を解体しました。
「これで、今年のスケート場は終わりだよ。次は来年の冬を楽しみに。」
と言うと、
「うわー、先生、もう少しやらせてよ。」
等と言う子供もいました。
でも、季節には逆らえません。説得し、納得させるのも、生活指導・児童指導の基本であると自分に言い聞かせ、掃除と解体を続けました。新米先生とはいえ、私にも新教育が身についてきたようです。
学校から南東にあたる『飯口地区』の子供達が、
「先生、飯口町の○○神社の裏の田んぼに、広いスケート場が出来たんだよ。」
と教えてくれました。
詳しいことは判りませんが、その神社裏の田んぼ1面分、約100坪くらいの所に水を撒き、スケート場を作ったようです。
子供達は、興味関心が湧くと直ぐに飛びつく、敏感な感性と実行力を持っているものだと感心したものです。




