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潮目の記録  作者: 白い愛
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遅延装置

登場人物




浅倉 澪あさくら・みお  古い建物や資料の保存状態を調べる調査員。鳴瀬島の出身で、十年ぶりに島へ戻る。




前田征司まえだ・せいじ  元潮位観測員。島の記録館を長年管理してきた。解体を前に、澪たちを島へ呼び寄せる。




前田理花まえだ・りか  征司の姪。記録館の資料整理を手伝っている。紙の修復を学んでいた。




黒瀬達也くろせ・たつや  島の設備技師。記録館の電気や空調を一人で見ている。




夏目圭介なつめ・けいすけ  鳴瀬町役場の職員。島の公文書を町の倉庫へ移す手続きを担当する。




篠宮冬子しのみや・ふゆこ  島の宿「しおさい」の主人。かつて連絡船の乗組員だった。




曽根警部そね  島へ渡ってきた刑事。声を荒らげず、質問を急がない。

潮位計から聞こえた音は、記録紙を送る歯車が噛み合う音だった。

黒瀬は装置の蓋を外し、古い機構を調べた。中には、小さな真鍮の歯車がいくつも並んでいる。壁の外へ伸びた細い連結棒が、水位に合わせてわずかに動いていた。

「センサーは外したと言っていましたね」

曽根が言うと、黒瀬は顔を上げた。

「電気の警報線は外しました。潮位計の浮きは、まだ連結棒で動きます。紙に記録する機構は生きている」

「なぜ、そう言わなかったんですか」

「前田さんの使っていた記録紙は、止まっていたと思っていました。今、動いたのは、潮がこの高さまで来たからです」

黒瀬は、壁の金属板を指した。白く塗り直された線と、その下に残る古い黒線。装置の連結棒は、白線の高さを示す位置で止まっていた。

「この線まで水位が上がると、歯車が動くんですか」

「ここから先は、紙送りのほかに、警報の遅延装置がついています」

「遅延?」

黒瀬は、装置の奥から小さな箱を引き出した。蓋に「確認」と刻まれ、内部には円盤とばねがある。ばねは錆びていたが、針は動いた。

「水位が線を越えても、すぐ警報は鳴らない。波が一度かかっただけで誤作動しないよう、しばらく待つ仕組みです」

「どれくらい?」

「昔の設定なら、六分」

澪は、二時十一分と二時十七分を思い出した。

「潮が警戒線を越えたのが二時十一分。警報が鳴ったのが二時十七分。六分の差は、この装置が待った時間だったんですか」

黒瀬は、装置を見たまま答えなかった。

「その可能性はあります」

「でも、冬子さんの帳面には、『待て。舟を待て』と書かれていた」

「誰かが、機械の遅延を知らなかったか、別の理由で待てと言ったのかもしれません」

曽根は、装置の円盤を撮影した。針の周囲に、六つの小さな目盛りが並んでいる。ひと目盛りが一分を示す。現在の針は、六つ目の位置で止まっていた。

「これは、いつから六分設定なんですか」

「分かりません。古い装置なので、いつ誰が調整したか記録がありません」

「前田さんは知っていた?」

「観測員なら、知っていたはずです」

澪は、装置の蓋の内側を覗いた。そこに、薄く鉛筆で書かれた数字がある。

6

その下には、もうひとつ数字があった。消されているが、筆圧の跡が残っていた。

0

「六分から、ゼロに変えようとした?」

「数字だけでは、何を意味するのか分かりません」

黒瀬は慎重に言った。

「遅延をなくすための記録かもしれないし、別の設定かもしれない」

「誰が書いたんでしょう」

「前田さんか、以前の保守担当者です」

曽根は、蓋の内側を撮影した。

「装置が六分待つなら、冬子さんが鐘を鳴らすのを待ったのではなく、機械が確認を終えるのを待った可能性もある」

澪が言った。

「『舟を待て』という言葉は、誰かの聞き違いか、後から書き足されたものかもしれません」

「冬子さんは、電話で聞いたと言っています」

曽根は、装置の蓋を閉じた。

「その記憶が正しいかどうかも、確かめる必要があります」

乾燥室に、潮位計の紙が残っていた。2時11分に折れた青い線は、2時17分まで上がり続けている。その先で、線は一度、横へ伸びていた。

「遅延装置が確認を終えたあと、記録線が変わったのかもしれない」

澪は言った。

「そして、その時刻を、誰かが二時十七分と書いた」

「そう考えると、時計を二時十七分で止めた理由が変わります」

曽根は、記録紙の端をそっと押さえた。

「機械が示した二時十七分を、誰かが殺人の時刻に見せようとしたのかもしれない」

黒瀬は、その場で何も言わなかった。

装置の内側には、まだ「六分」と「ゼロ」の跡が残っている。

六分を待ったのは、機械なのか。

それとも、機械を使う人間だったのか。


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