お姫様かと思ったら
「リン、戻ってください!」
「説明して!」
「後で!」
「それ昨日から何回目!」
廊下を走る。
ジェネが先頭。
リゲル。
その後ろを凛。
「お方様!」
「その呼び方まだ慣れない!」
「そうではなく、寝室へお戻りください!」
「嫌!」
「危険です!」
「だから何が危険なの!」
「魔です!」
「魔が分からない!」
ジェネが振り返った。
「人を襲います!」
「最初からそう言って!」
ようやく分かった。
魔。
魔物。
モンスターのようなものらしい。
「どこ?」
「東の畑です!」
「畑?」
凛の顔色が変わった。
「葡萄畑?」
「近くです!」
「行く!」
「なぜそうなるのです!」
「葡萄!」
「命と葡萄とどちらが大切ですか!」
「命!」
「なら戻ってください!」
「でも葡萄も大事!」
「リン!」
リゲルまで怒った。
「分かった!」
凛は立ち止まった。
「……どこへ戻ればいい?」
「寝室です」
「一人で?」
「護衛をつけます」
「ジェネは?」
「私は行きます」
「ずるい」
「何がです!」
そのとき。
館の外から轟音がした。
地面が揺れる。
「何!?」
「近い!」
ジェネが剣を抜く。
窓の外。
黒いものが飛んだ。
「鳥?」
「違います!」
巨大な黒い鳥。
翼を広げれば、人間より大きい。
「でか!」
「下がって!」
窓が割れた。
「うわ!」
黒い鳥が廊下へ飛び込んでくる。
ジェネが剣を振る。
鳥がかわす。
鋭い嘴。
爪。
「本当に魔物じゃん!」
「だから言ったでしょう!」
リゲルも剣を抜いた。
「リン、逃げて!」
「分かった!」
今度は素直に走った。
角を曲がる。
「どこ行けばいいの!」
寝室。
いや。
もっと安全な場所。
「神殿!」
結婚式をした小さな神殿。
石造りだった。
あそこなら。
凛は外へ飛び出した。
「お方様!」
誰かが叫ぶ。
「神殿!」
走る。
後ろから羽音。
「え?」
振り返る。
黒い鳥。
「なんでこっち来るの!」
狙われている。
凛が方向を変える。
鳥も変える。
「私!?」
爪。
頭を下げる。
「怖っ!」
神殿へ飛び込んだ。
扉を閉める。
ドン!
外から何かがぶつかる。
「何なの!」
息が切れる。
神殿の中。
昼間の結婚式で見た場所。
正面に祭壇。
その奥。
「……弓?」
壁に一本の弓が掛かっている。
白い弓。
装飾。
隣には矢。
「なんで神殿に弓?」
ドン!
扉が軋む。
「武器なら何でもいい!」
凛は弓へ手を伸ばした。
触れた瞬間。
光った。
「何?」
白い光。
弓が震える。
「え?」
手を離そうとする。
離れない。
「ちょっと!」
頭の中へ何かが流れ込む。
言葉ではない。
感覚。
引け。
「……私に?」
ドン!
扉が割れた。
「きゃっ!」
黒い鳥が入ってくる。
凛は反射的に矢を取った。
弓を構える。
体が覚えている。
大学時代。
弓道ではない。
洋弓。
アーチェリー部。
「何年ぶり?」
そんなことを言っている場合ではない。
鳥が翼を広げる。
「来ないで!」
矢をつがえる。
引く。
重い。
いや。
軽い。
「何これ」
弦が自分に合わせているような感覚。
狙う。
鳥の胸。
「殺す?」
一瞬。
迷った。
鳥が突っ込んできた。
「ごめん!」
放つ。
光。
矢が鳥へ当たる。
爆発した。
「うわ!」
凛は床へ転がった。
羽が舞う。
静かになる。
「……死んだ?」
恐る恐る起きる。
鳥が倒れている。
「やっちゃった」
近づく。
「生きてる?」
黒い鳥が動いた。
「うわ!」
『……殺せ』
「喋った!」
『人間』
「日本語!」
『にほんご?』
「違う。こっちの言葉か」
自分が普通に会話できていること自体、今さらながら不思議だ。
鳥は立てない。
翼も動かない。
『殺せ』
「なんで?」
『負けた』
「負けたら死ぬの?」
『当然だ』
「嫌だよ」
『何?』
「私、人殺したことない」
『私は人ではない』
「鳥殺したこともない」
『鳥でもない!』
「じゃあ何?」
『魔だ!』
「威張るところ?」
鳥が黙った。
「怪我してる?」
『お前がやったのだ!』
「そうだった」
凛はしゃがむ。
「痛い?」
『……当たり前だ』
「ごめん」
『なぜ謝る』
「痛いことしたから」
『殺されかけたのはお前だぞ』
「それはそうなんだけど」
自分でも変だと思う。
でも。
もう動けない相手を殺す気にはなれなかった。
「ねえ」
『何だ』
「もう人襲わない?」
『断る』
「じゃあ困るな」
『殺せ』
「それも嫌」
『ではどうする』
凛は考えた。
生かす。
逃がす。
また襲う。
困る。
「働く?」
『……何?』
「働かない?」
『何を言っている』
「死ぬのと働くの、どっちがいい?」
鳥が固まった。
「働くなら助ける」
『なぜそうなる!』
「だって」
凛は腕を組んだ。
「敵だから殺すって、もったいなくない?」
『もったいない?』
「何かできる?」
『私は魔だぞ!』
「それは聞いた」
『鳥を従える』
「え?」
『空を飛ぶ者を従える』
凛の頭が動き始めた。
「鳥」
『そうだ』
「たくさん?」
『当然だ』
「何羽?」
『数えたことなどない』
「百?」
『もっとだ』
「千?」
『呼べば』
凛の目が輝いた。
『何だ、その顔は』
「鳥って虫食べるよね」
『種類による』
「雑草の種も?」
『食べる』
「小さい草を抜ける?」
『なぜそんなことを』
「できる?」
『できなくはない』
「採用」
『何が!?』
凛は笑った。
「畑で働いて」
『断る!』
「じゃあ死ぬ?」
『卑怯だぞ!』
「襲ってきたのそっち!」
『ぐ……』
反論できないらしい。
「とりあえず」
凛は鳥を見る。
「名前は?」
『ない』
「ないの?」
『必要ない』
「呼びにくい」
『魔でよい』
「ほかにも魔いるんでしょ」
『いる』
「じゃあ名前つけよう」
『勝手に決めるな』
「黒いから」
『待て』
「クロ」
『安直だ!』
「じゃあカラス」
『鳥ではないと言っている!』
「難しいなあ」
『なぜ私が文句を言われている』
凛は鳥を眺める。
真っ黒。
でも。
矢が当たったあたりから、白い光が広がっている。
「あれ?」
『何だ』
「白くなってない?」
『何?』
黒い羽が一枚。
白へ変わる。
また一枚。
「うわ」
『何だ! 何が起きている!』
「知らない!」
『お前がやったのだろう!』
「たぶん!」
『たぶんで済ませるな!』
光が全身へ広がる。
数秒後。
そこにいたのは。
真っ白な大きな鳥だった。
「きれい」
『何だこれは!』
「白い」
『見れば分かる!』
「じゃあ」
凛は手を叩いた。
「シロイチ」
『なぜだ!』
「白い一号」
『二号が来る予定でもあるのか!』
「分かんない」
『もっと考えろ!』
「シロイチ」
『嫌だ!』
「シロイチ」
『やめろ!』
「シロイチ」
『……』
「返事は?」
『殺せ』
「そこへ戻るの!?」
神殿の入口から声がした。
「リン!」
リゲル。
ジェネ。
武装した男たち。
全員が止まった。
「……何をしているのです?」
リゲルが尋ねる。
「捕まえた」
「はい?」
「この子」
凛は白い鳥を指さした。
「元は黒かった」
「それは魔です!」
ジェネが剣を構える。
「待って!」
「離れてください!」
「もう襲わないって」
『言ってない!』
「シロイチ!」
『嘘は嫌いだ!』
「そこ真面目なんだ!」
ジェネの顔が引きつる。
「会話している……」
「喋れるよ」
「そういう問題ではありません!」
リゲルは祭壇を見る。
「神弓」
「これ?」
「触れたのですか?」
「うん」
「使った?」
「うん」
全員が黙った。
「何?」
「その弓は」
リゲルがゆっくり言う。
「我が家の者でも、神に認められなければ扱えません」
「そうなの?」
「はい」
「私、認められた?」
「おそらく」
「神様、見る目ないんじゃない?」
「リン!」
「冗談」
リゲルが頭を抱えた。
「それで、その魔をどうするつもりです?」
「働いてもらう」
「……はい?」
「鳥をいっぱい操れるって」
「それで?」
「畑の虫を食べてもらう」
「リン」
「雑草も取れるかもしれない」
「リン」
「偵察もできそう」
「リン!」
「何?」
「魔ですよ!」
「知ってる」
「人を襲う存在です!」
「だから」
凛は白い鳥を見る。
「別の仕事をあげる」
リゲルが言葉を失った。
「人を襲うより、畑で働いた方がいいでしょ?」
『私はまだ働くと言っていない!』
「死ぬ?」
『……働く』
「ほら」
「ほら、ではありません!」
ジェネが叫んだ。
凛は笑った。
結婚したその日の夜。
領主夫人になった。
魔に襲われた。
神の弓を使った。
そして。
魔を一匹、雇った。
「お姫様って」
凛は呟いた。
「もっと優雅な仕事じゃなかったっけ?」
「誰に聞いているのです?」
「タム」
「ここにはいません!」
「今度会ったら絶対文句言う」
『私も言いたい』
「シロイチは黙って」
『その名で呼ぶな!』
こうして。
アンジェルの新しい領主夫人は、
結婚翌日を待たずして、
**魔を農作業へ投入することになった。**




