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誰が魔王

「ベテルが魔?」


「はい」


「元?」


「今も、厳密には」


「えええ……」


 飛蝗騒ぎの翌朝。


 館の食堂。


 凛はベテルを凝視していた。


「全然分かんなかった」


「隠しておりましたので」


「なんで?」


「必要がなかったからです」


「角は?」


「ありません」


「羽」


「ありません」


「尻尾」


「ありません」


「リン」


 リゲルが止める。


「魔を何だと思っているのです?」


「分かんないから聞いてる!」


 向かいでは。


 シロイチが得意そうにしている。


『俺は最初から魔だと分かった』


「本当に?」


『……』


「今の間は何?」


『些細なことだ』


「分かってなかったんだ!」


     *


「いつからここに?」


「リゲル様がお生まれになる前から」


「そんなに?」


「はい」


「何歳?」


「覚えておりません」


「ベガさんとどっちが上?」


「リン」


 リゲルが小声で止める。


「何?」


「叔母上に聞かれます」


「あ」


「聞こえてるわよ」


 窓の外からベガの声。


「どこにいるの!」


「庭」


「怖っ!」


     *


「どうして人の側にいるの?」


 今度は真面目に聞いた。


 ベテルは少し考えた。


「昔」


「うん」


「人と戦いました」


「うん」


「何人も傷つけました」


 食堂が静かになる。


「魔として」


「はい」


「命令?」


「それもあります」


「それも?」


「自分で選んだことも」


 凛は黙って聞く。


「ある戦いで」


 ベテルは続けた。


「私は負けました」


「誰に?」


「先々代の領主です」


「リゲルのおじいさん?」


「祖父です」


「殺されなかった?」


「はい」


「なんで?」


「私も聞きました」


「何て?」


「まだ生きたいか、と」


 凛は。


 少し笑った。


「似てる」


「誰に?」


「私」


「リン様とは、かなり違います」


「どこが!」


「先々代はもう少し落ち着いた方でした」


「そこ!?」


     *


 ベテルは。


 領主に仕えた。


 最初は。


 生きるため。


 やがて。


 この土地を守るため。


「魔王は怒らなかった?」


「会ったことはありません」


「ベテルも!?」


『だから言っただろう!』


 シロイチが得意そうに叫ぶ。


『魔王様は簡単に会える方ではない!』


「ベガさん会いまくってるじゃん」


『あの女がおかしいのだ!』


「聞こえてるわよ」


『……』


「シロイチ固まった!」


     *


「じゃあ」


 凛は考える。


「魔王の命令って、実際どれくらい来るの?」


「ほとんど来ません」


 ベテルが答えた。


「え?」


「少なくとも私がいた頃は」


「じゃあみんな」


「魔として生まれ」


「うん」


「人と敵対するものだと教えられ」


「うん」


「そのように生きる」


「……誰が魔王だ」


「はい?」


「いや」


 凛は腕を組んだ。


「魔王が全部命令してると思ってた」


「人もそう思っております」


「魔も?」


「そう思う者が多いでしょう」


「でも」


 シロイチ。


 バッカス。


 プリン。


 誰も。


 本当の魔王から直接命令されていない。


「魔王、名前だけ使われてない?」


 ベガが食堂へ入ってきた。


「使われてるわね」


「かわいそう」


「本人もそう言ってた」


「やっぱり!」


     *


「魔王様を侮辱するな!」


 プリンが立ち上がった。


 昨日。


 飛蝗をけしかけた少女。


 今日は。


 モモにもらった菓子を食べている。


「口にクリームついてるよ」


『……』


「そこ」


『どこだ!』


「反対」


『こっちか!』


「また反対」


『取ってくれ!』


「はい」


 凛が拭く。


『……』


「何の話だっけ」


「魔王様です!」


「そうだった」


「威厳がありませんね」


 ジェネが呟いた。


     *


「会いたいな」


 凛が言った。


「誰に?」


「魔王」


 全員が止まる。


「リン」


「何?」


「やめてください」


 リゲルが即答した。


「でも」


「やめてください」


「話だけ」


「やめてください」


「ベガさんは」


「叔母上を基準にしないでください」


「はい」


 ベガが笑う。


「そのうち会えるわよ」


「本当?」


「向こうが興味持ってるから」


「来る?」


「かもしれない」


「館に?」


「かもしれない」


「客間片づけなきゃ」


「そこですか?」


 リゲルが頭を抱えた。


     *


「ベガさん」


「何?」


「魔王、今どうしてる?」


「相変わらずよ」


「戦ってる?」


「時々」


「嫌なのに?」


「役目だから」


「……そっか」


「でも」


 ベガは少し笑った。


「前より考えてる」


「何を?」


「ほかの生き方」


 凛は黙った。


「あなたのせいよ」


「私?」


「魔が人の国で働いてる」


「うん」


「しかも何人も」


「増えたね」


「それを知ったから」


「魔王も転職?」


「そう簡単じゃないわ」


「だよね」


「でも」


 ベガは言った。


「できないと思っていたことが、少しだけできるかもしれないと思い始めた」


 それで十分なのかもしれない。


 すぐに。


 世界が変わるわけではない。


 魔と人が。


 明日から仲良くなるわけでもない。


 でも。


 敵である以外の道が。


 一つでも見えた。


「選べる道」


「何?」


「ううん」


 凛は笑った。


     *


「ところで」


 シロイチが人の姿で凛の前へ来た。


「何?」


「プリンが虫を操れるなら」


「うん」


「俺の仕事が減る」


「え?」


「草取りもできると言っている」


「虫なのに?」


「虫に草を食わせればよい」


「なるほど」


「俺の鳥が要らなくなる!」


「それ心配してたの?」


「肉が!」


「仕事じゃなく肉!?」


「重要だ!」


「大丈夫」


 凛は肩を叩く。


「シロイチには偵察あるから」


「それだけか?」


「伝令」


「ほか」


「空から畑見る」


「ほか!」


「……考える」


「今考えろ!」


 凛は笑った。


「仕事なんて」


「何だ」


「探せばあるよ」


 自分自身。


 この世界へ来て。


 そうだった。


 領主夫人。


 農業。


 葡萄酒。


 学校。


 魔の再就職。


「最後のはいらなかった気がする」


「何の話です?」


「独り言」


 仕事も。


 生き方も。


 一つでなくていい。


 人も。


 魔も。


 たぶん。


 同じだった。


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