魔王
「ベガ」
緑髪の少女が後ずさった。
「知ってるの?」
凛が聞く。
「ええ」
ベガが答える。
「昔、一度叩いたことがある」
『二度だ!』
「そうだった?」
『忘れるな!』
「知り合いじゃん」
「顔見知りね」
『敵だ!』
「本人はそう言ってるけど」
「照れてるのよ」
『違う!』
凛は。
少し安心した。
話せる。
たぶん。
*
「魔王の命令じゃない?」
「違うわ」
ベガが断言する。
「じゃあなんで?」
「この子が勝手にやってる」
『勝手ではない!』
「命令された?」
『……』
「されてないね」
『魔王様のお考えを察して!』
「一番駄目なやつ!」
『何がだ!』
「本人に確認しないで仕事増やす部下!」
『ぶか?』
「昔いっぱい見た!」
「リン」
リゲルが止める。
「別の怒りが混ざっています」
「ごめん」
*
「魔王は?」
凛がベガへ聞く。
「元気よ」
「会った?」
「ええ」
「何て?」
「うるさい女が来た、と」
「ベガさんのこと?」
「あなたのこと」
「私!?」
「魔を捕まえて働かせる女がいるって」
「誰から聞いたの!」
『私ではないぞ!』
シロイチが叫ぶ。
「疑ってない!」
『ならよい!』
「魔王、怒ってた?」
「面白がってた」
「よかった」
「少し呆れてた」
「それはいい」
「シロイチを返せとも言わなかった」
『……』
シロイチが微妙な顔をした。
「寂しい?」
『違う!』
*
「じゃあ」
凛は緑髪の少女を見る。
「なんで飛蝗?」
『我の役目だ』
「誰に言われた?」
『誰にも』
「じゃあ何で?」
『魔だから』
「それ答えになってない」
『なる!』
「ならない!」
『人の畑を荒らす!』
「なんで?」
『人を苦しめる!』
「なんで?」
『魔だから!』
「だから何で!」
『うるさい女だ!』
「よく言われる!」
ベガが笑っている。
「助けてよ!」
「あなた得意でしょう?」
「何が?」
「魔の再就職」
「職業紹介所じゃない!」
『しょくぎょう?』
「こっちの話!」
*
「虫、操れる?」
『当然だ』
「飛蝗だけ?」
『虫なら多くは』
「害虫も?」
『がいちゅう?』
「作物食べる虫」
『操れる』
「畑から追い出せる?」
『できる』
「……」
凛が黙った。
モモが言った。
「その顔」
「何?」
「また雇う顔」
「まだ何も言ってない!」
『雇うとは何だ』
「シロイチ!」
『呼ぶな!』
「説明!」
『嫌だ!』
「肉!」
『仕方ない』
「安いなあ!」
*
シロイチが。
自分の境遇を説明した。
『最初は俺も敵だった』
「敵じゃない。畑荒らしただけ」
『敵だ!』
「はいはい」
『殺されるところを――』
「殺そうとはしてない」
『雇われた』
「それ」
『今は鳥どもを使い、畑の草を取ったり、偵察したりしている』
『……楽しいのか?』
少女が聞いた。
シロイチが止まる。
『肉が出る』
「そこ!?」
『重要だ』
「ほか!」
『……まあ』
シロイチは空を見る。
『悪くはない』
凛は少し驚いた。
「初めて聞いた」
『言わせるな!』
*
『我は違う』
少女が言う。
『人に仕えるなど』
「仕えなくていいよ」
『何?』
「仕事して」
『同じではないか!』
「違う」
「違うの?」
モモが聞く。
「……たぶん」
「たぶん?」
「言い方大事!」
少女が睨む。
『断る』
「じゃあ何欲しい?」
『何も』
「好きなもの」
『ない』
「食べ物」
『必要ない』
「甘いもの」
少女の目が。
わずかに動いた。
モモが見逃さなかった。
「甘いもの好き?」
『違う!』
「好きなんだ」
『違う!』
「プリンあるよ」
『ぷりん?』
凛がモモを見る。
「あるの?」
「似たの作った」
「いつ?」
「リンがミルン行ってる間」
「私も食べてない!」
「あとで」
『何だ、それは』
少女が聞いた。
モモが説明する。
卵。
乳。
甘味。
柔らかい菓子。
『……』
「食べる?」
『一口だけだ』
「決まり」
『何がだ!』
*
飛蝗を止める。
その条件で。
一口。
「安すぎない?」
ジェネが呟く。
「シロイチは肉だった」
『肉を馬鹿にするな!』
モモが小さな器を持ってきた。
少女が。
恐る恐る食べる。
『……』
「どう?」
『……』
「美味しい?」
『……普通だ』
「もう一口?」
『食べる』
「好きじゃん!」
『違う!』
「じゃあ返して」
『これは我のものだ!』
「完全に好きじゃん!」
*
「飛蝗」
凛が言う。
「止められる?」
『できる』
「じゃあお願い」
『その代わり』
「プリン?」
『……明日も』
「モモ?」
「いいよ」
『なら』
少女が手を上げる。
空。
黒い群れ。
一斉に。
向きを変えた。
「うわ」
巨大な生き物のように。
飛蝗が流れる。
畑から離れる。
山へ。
荒地へ。
そして。
遠くへ。
「すご」
太陽が。
戻ってくる。
光。
「助かった」
凛は座り込んだ。
「リン!」
「大丈夫」
緊張が抜けただけ。
「畑」
かなり食われた。
でも。
全滅ではない。
「ありがとう」
凛が少女へ言う。
『礼など要らん』
「じゃあプリン」
『それは要る』
「いるんじゃん!」
*
「名前は?」
凛が聞く。
『ないと言った』
「不便」
『必要ない』
「プリン好き」
『……』
「プリン」
『やめろ』
「プリンちゃん」
『殺すぞ!』
「プリン」
モモが言う。
「いい名前」
『よくない!』
「決定!」
『勝手に決めるな!』
「じゃあ自分で決める?」
『……』
「ない?」
『……』
「じゃあプリン」
『くっ……』
こうして。
アンジェルに。
また一人。
魔が増えた。
「リン」
リゲルが静かに言った。
「何?」
「以前、何と約束しました?」
「……」
「魔を拾わない」
「今回は向こうから来た!」
「同じです」
「でも役に立つ!」
「それも以前聞きました」
「ごめんなさい」
リゲルはため息をついた。
「もう諦めました」
「やった!」
「喜ぶところではありません」
*
「ところで」
凛はベテルを見る。
「何でしょう」
「さっきの跳躍」
「はい」
「人間じゃないよね」
「……」
ベガが笑った。
「あら、まだ言ってなかったの?」
「何を?」
「その子」
ベテルの顔がわずかに曇る。
「昔は魔よ」
「……え?」
凛は固まった。
シロイチ。
バッカス。
プリン。
そして。
「ベテルも?」
「はい」
「いつから?」
「ずっと以前から」
「リゲル知ってた?」
「はい」
「ジェネ?」
「はい」
「私だけ!?」
「聞かれませんでしたので」
「またそれーっ!」
アンジェルに響く凛の声。
ベガは腹を抱えて笑っていた。
魔王。
魔。
人。
敵。
味方。
凛が思っていたより。
その境目は。
ずっと曖昧だった。




