飛蝗
「どれくらい?」
『分からん!』
「畑全部?」
『このまま来れば!』
「シロイチ、鳥!」
『集めている!』
「食べられる?」
『多すぎる!』
「だよね!」
空。
黒い帯。
まだ遠い。
だが。
確実に近づいている。
「飛蝗……」
凛は知識を探る。
大量発生。
群生相。
移動。
作物を食い尽くす。
「洒落にならない」
「リン」
リゲルが来る。
「村へ知らせました」
「収穫できるものは今すぐ」
「はい」
「家畜の餌も」
「はい」
「火?」
「危険です」
「だよね」
広範囲。
火を放てば。
畑どころか村まで焼く。
「網」
「数が足りません」
「鳥」
『呼んでいる!』
「魔法」
モモが首を振る。
「こんな数、無理」
「ベテル?」
「私も同じです」
「そっか」
凛は唇を噛んだ。
*
畑。
人々が走る。
まだ青い作物まで刈る。
「もったいない」
でも。
全部食われるよりいい。
「米は?」
「まだ!」
「葡萄!」
「収穫できるところから!」
凛も走る。
「リン!」
リゲルが腕を掴む。
「何!」
「あなたは指示を!」
「人手足りない!」
「リンが倒れたら、さらに困ります!」
「でも!」
「リン!」
強い声。
凛が止まる。
「……分かった」
役割。
自分で全部やらない。
「ジェネ!」
「はい!」
「西の村!」
「承知!」
「ベテル!」
「はい」
「子供と老人を屋内へ!」
「はい」
「シロイチ!」
『何だ!』
「上から群れの先頭見て!」
『任せろ!』
「モモ!」
「酒は守る!」
「違う!」
「冗談!」
*
昼。
太陽が薄くなった。
「来る」
音。
ざわざわ。
羽。
無数。
「気持ち悪……」
マイが集会所の窓から見ていた。
「閉めて!」
サエが子供たちを奥へ入れる。
「学校二日目でこれ?」
「授業になりますか?」
「なるわけない!」
「では今日の授業は」
サエが子供たちを見る。
「飛蝗です」
「授業するの!?」
「見ることも勉強でしょう?」
「強いな先生!」
*
飛蝗が落ち始める。
畑へ。
木へ。
屋根へ。
「うわ」
作物が。
消える。
葉が。
削られていく。
「止めないと」
凛は弓を取った。
「何を射るのです?」
リゲルが聞く。
「分かんない!」
「では!」
「でも」
神の弓。
以前。
魔に反応した。
今回も。
熱い。
「いる」
「何が?」
「これ、ただの飛蝗じゃない」
凛は空を見る。
「魔がいる」
*
そのとき。
声が響いた。
『人間ども!』
「……」
『聞け!』
「どこ?」
『この地の作物は、我ら魔の王が――』
「声でか!」
『最後まで聞け!』
「はい!」
『この地に米を植えたこと、魔王様はお怒りである!』
「え?」
凛の顔が変わる。
『ただちに米を捨てよ! さもなくば――』
「嘘」
『何!?』
「それ嘘でしょ」
『なぜ分かる!』
「分かるよ!」
ベガ。
魔王。
そして。
ベガが残した米。
「魔王が米に怒るわけないじゃん!」
『なぜだ!』
「ベガさんが米残したんだから!」
『……』
「知らないの?」
『……』
「知らないんだ!」
『うるさい!』
「お前、魔王の部下じゃないでしょ!」
『部下だ!』
「魔王に会ったことある?」
『……』
「シロイチと同じだ!」
『なぜ俺を巻き込む!』
*
『黙れ!』
空から。
何かが落ちた。
「リン!」
リゲルが凛を引く。
地面が弾ける。
「魔法?」
「はい!」
「どこ!」
『リン!』
シロイチの声。
『上だ! 群れの中!』
凛は弓を構える。
「見えない!」
『大きい奴!』
「全部虫!」
『もっと大きい!』
「どれ!」
そのとき。
群れが割れた。
「……トンボ?」
巨大な虫。
人より大きい。
長い羽。
その背に。
小さな人影。
「いた!」
凛は矢をつがえた。
「リン!」
「殺さない!」
「ならどこを?」
「トンボ!」
放つ。
矢。
巨大なトンボへ向かう。
『愚かな!』
人影が手を上げる。
矢が。
空中で止まった。
「え?」
そして。
向きを変える。
「嘘!」
矢が。
凛へ戻ってくる。
「リン!」
避けられない。
神の矢。
目の前。
その瞬間。
ぴたり。
止まった。
「……え?」
矢が地面へ落ちる。
『なぜだ!』
「私も知りたい!」
『我が術が!』
「神様ありがとう!」
凛が叫ぶ。
「今度ケチって言わない!」
「リン!」
「はい!」
*
ベテルが跳んだ。
地面を蹴る。
「届くの!?」
人間ではあり得ない高さ。
巨大トンボの脚を掴む。
『なっ!』
「降りろ」
ベテルが引いた。
トンボが落ちる。
地面。
土煙。
「ベテル」
凛は固まった。
「今の何?」
「後で」
「絶対聞く!」
「後で」
土煙の中。
小さな人影が立ち上がった。
少女。
淡い緑の髪。
背中に薄い羽。
『よくも!』
「あなた誰?」
『魔王様の忠実なる配下――』
「名前!」
『……ない』
「ないの?」
『必要ない!』
「不便じゃん!」
『黙れ!』
少女が手を上げる。
飛蝗が一斉に動く。
「この子が操ってる」
モモが言った。
「止められる?」
「本人止めれば」
「分かった」
凛が前へ出る。
「リン!」
「話すだけ!」
『近づくな!』
「ねえ!」
『何だ!』
「なんで畑食べるの!」
『人間を苦しめるためだ!』
「なんで?」
『魔だからだ!』
「ほかに理由は?」
『ない!』
「楽しい?」
『……』
「楽しいの?」
『……』
「楽しくないんだ」
『うるさい!』
少女の顔が歪む。
『これが我の役目だ!』
凛は。
その言葉を知っていた。
役目。
逃げられない役目。
「それ」
凛が言う。
「魔王と同じじゃん」
『何を知っている!』
「少しだけ」
そのとき。
別の声がした。
「その子、魔王の命令なんて受けてないわよ」
凛が振り返る。
「……ベガさん?」
そこに。
少女の姿をした。
リゲルの叔母が立っていた。
「久しぶり」
「どこ行ってたの!」
「魔王のところ」
「やっぱり!」
「怒ってる?」
「モモが!」
「私も怒ってる!」
モモが叫ぶ。
「ごめんね」
「帰ったら説教!」
「はいはい」
ベガは緑髪の少女を見る。
「それより」
笑った。
「誰が魔王を名乗っていいって言ったのかしら?」
飛蝗の群れの中。
空気が。
変わった。




