学校をつくろう
「学校を作ります!」
翌日の午後。
凛は村の集会所で宣言した。
「ここに!」
拍手。
――は、起こらなかった。
「……あれ?」
集まった村人たちが顔を見合わせている。
「反対?」
「いえ」
村長が答える。
「ここは集会所ですが」
「知ってる」
「学校を建てるのでは?」
「建てない」
「では、どこに?」
「ここ」
「ここは集会所です」
「だから、使ってない時間だけ学校!」
「はあ」
「お金ないから!」
「お方様」
ジェネが額を押さえた。
「そこまで正直に言わなくても」
「だって本当だもん」
*
最初に決めたのは。
授業内容ではなかった。
「いつなら来られる?」
凛は子供たちと親へ聞いた。
「朝は?」
「畑」
「昼?」
「暑い」
「夕方?」
「家畜」
「じゃあ、いつ!」
思った以上に難しい。
「毎日同じ時間にしなくてもよいのでは?」
サエが言った。
「あ」
「農家の仕事は季節でも変わります」
「うん」
「なら」
相談した結果。
週三日を基本。
朝の組。
夕方の組。
農繁期は減らす。
冬は増やす。
「学校っぽくない」
凛が言う。
「学校を作るのでしょう?」
「うん」
「なら、これがアンジェルの学校です」
「あ」
サエが笑った。
「日本の学校を作るのではないのでしょう?」
「……そうだった」
*
「先生は?」
「私ですか?」
サエが聞く。
「嫌?」
「まだ決めておりません」
「ここまで来て!?」
「見てから決めると申しました」
「見た?」
「はい」
「どう?」
「何もありません」
「またそれ!」
「でも」
サエは子供たちを見る。
マイ。
ポクル。
カスル。
ほかにも十人ほど。
「面白そうです」
「じゃあ?」
「やってみます」
「先生!」
「試しです」
「先生!」
「聞いています?」
「聞いてる!」
こうして。
サエが最初の教師になった。
「助手はクルム」
「私ですか?」
「読み書きできる」
「できますが」
「計算も」
「できます」
「決定」
「本人に聞くのでは?」
「あ」
凛は止まった。
「お願いできますか?」
「はい」
「よかった!」
ジェネが小声で言った。
「危ないところでしたね」
「成長途中なの!」
*
机はない。
長椅子。
木片。
少しの紙。
ミルンで買った本。
「最初は?」
凛が聞く。
「名前を書きます」
サエが答えた。
「自分の?」
「はい」
「いいね」
子供たちが木片へ文字を書く。
マイは。
慎重に。
一文字ずつ。
「できた」
「見せて」
自分の名前。
「マイ」
「うん」
「書けたね」
「うん!」
凛は。
初めてマイと会った日を思い出した。
畑。
野菜。
父親から届く手紙。
自分で読みたい。
「次は?」
「お父さんの手紙」
「うん」
「読めるようになる?」
「なるよ」
言い切って。
少し考える。
「たぶん」
「たぶん?」
「勉強すれば!」
マイが笑った。
*
数日後。
ミルンから。
マイの父親が帰ってきた。
「お父さん!」
少女が走る。
男が娘を抱き上げる。
「大きくなったな」
「この前も言った!」
「そうだったか?」
「手紙!」
「届いたか?」
「うん!」
「読んでもらった?」
「今度は自分で読む!」
父親が驚いた。
「字を?」
「学校できた!」
「学校?」
男が凛を見る。
「お方様」
「こんにちは」
「本当に学校を?」
「一応」
「一応?」
「集会所だけど」
男は笑った。
「葡萄のお金も」
「うん」
「母から聞きました」
「今年はどうする?」
「ミルンへ戻ります」
凛は少し驚いた。
「戻るんだ」
「はい」
「なんで?」
「仕事がありますので」
「あ」
そうだ。
葡萄が売れた。
だから。
もう外へ働きに行かない。
勝手にそう思っていた。
「ただ」
男が続ける。
「今年は早く戻れそうです」
「本当?」
「葡萄の金がありますから」
マイの顔が明るくなる。
「じゃあ冬まで?」
「ああ」
「絶対?」
「できるだけ」
凛は笑った。
帰らなくなるのではない。
行く期間を短くできる。
それも。
一つの変化。
*
ポクルは。
文字を必死に覚えていた。
「これ何?」
「船」
「違う」
「なんで!」
「それは魚」
「似てる!」
「全然違います」
サエが容赦ない。
「船乗りになれない!」
「だから覚えるのです」
「うう」
カスルも隣にいた。
「カスルも来たんだ」
「うん」
「何かやりたいこと見つかった?」
「まだ」
「いいよ」
「でも字は覚える」
「なんで?」
「ポクルに馬鹿にされたくない」
「立派な理由!」
*
大人も来た。
「え?」
夕方。
集会所を覗くと。
老人が二人。
若い母親。
商人。
「子供だけじゃないの?」
「読み書きを覚えたいそうです」
サエが言う。
「いいの?」
「リン様が決めるのですか?」
「あ」
「私は構いません」
「じゃあいい!」
学校。
凛が思っていたものとは。
どんどん違うものになっていく。
でも。
「こっちの方がいいかも」
*
その日の夕方。
マイが初めて。
父親から届いた古い手紙を。
自分で読んだ。
ゆっくり。
何度も間違えながら。
それでも。
自分で。
「読めた」
「うん」
「読めた!」
マイが笑う。
凛も笑った。
学校を作りたい。
そう思った最初の理由。
それが。
ようやく。
目の前で形になった。
「よかった」
本当に。
それだけでよかった。
*
翌朝。
シロイチが空から落ちるように降りてきた。
『リン!』
「何?」
『西だ!』
「西?」
『空を見ろ!』
凛が顔を上げる。
「……雲?」
『違う!』
黒いもの。
空を覆っている。
動いている。
「まさか」
凛の顔から血の気が引いた。
「虫?」
『大量だ!』
「何の?」
シロイチが叫んだ。
『飛蝗だ!』
学校ができた。
その翌日。
アンジェルの空が、
暗くなり始めた。




