帰国
「帰るよ!」
「はい」
ミルン滞在最後の朝。
荷物が増えていた。
「何でこんなに?」
ジェネが呆れている。
「本」
「はい」
「紙」
「はい」
「筆記具」
「はい」
「種」
「なぜ?」
「市場で珍しい豆あった」
「また農業!」
「領主夫人だから」
「便利な言葉ですね」
サエの荷物もある。
「本多くない?」
「必要です」
「何冊?」
「二十三冊」
「そんなに!?」
「私物です」
「学校に貸して」
「嫌です」
「即答!」
「大事な本ですから」
「じゃあ学校用、もっと買えばよかった」
「予算は?」
「あ」
「忘れていましたね」
「帰ってワイン売ろう」
「すぐ金を作ろうとしないでください」
*
クルムの実家を出る。
「もう少しいてもよいのですよ」
父親が娘に言った。
「いえ」
クルムは笑う。
「戻ります」
「アンジェルへ?」
「はい」
「気に入っているのか?」
「思っていたより」
「何もないところなのに?」
凛が横から口を出す。
「また言った!」
「失礼」
クルムが笑った。
「何もないから、でしょうか」
「え?」
「静かです」
「うん」
「人も少ない」
「うん」
「忙しくありません」
「うん」
「でも」
クルムは凛を見る。
「最近は少し忙しいです」
「私のせい?」
「ほとんど」
「ごめん」
「嫌とは言っておりません」
クルムは父親へ向き直る。
「私は戻ります」
「そうか」
「また来ます」
「ああ」
凛は。
そのやり取りを見ていた。
ミルンで育ったクルム。
豊かな家。
便利な町。
本も。
店も。
学校もある。
それでも。
アンジェルへ戻る。
「選んだんだ」
「何をです?」
「独り言」
*
帰路。
山道へ入る。
「アンジェルだ」
カスルが言った。
「まだ国境越えただけだよ」
「でも分かる」
「何が?」
「道が悪い」
「そこ!?」
凛は笑った。
「直そうかな」
「リン様」
ジェネが警戒する。
「何?」
「全部直すと言わないでください」
「言わないよ」
「本当に?」
「必要なところから」
「成長しましたね」
「でしょう」
「少し」
「少し?」
*
ポクルは。
帰り道、少し静かだった。
「どうした?」
「母ちゃん」
「うん」
「船のこと言う」
「うん」
「怒るかな」
「分かんない」
「泣く?」
「それも分かんない」
「お方様、一緒にいて」
「約束したからね」
「うん」
「でも」
凛は言った。
「私が説得はしないよ」
「なんで?」
「リルラさんにも気持ちあるから」
「うん」
「ポクルが話す」
「うん」
「私は横にいる」
「それだけ?」
「それだけ」
「役に立たない」
「ひどい!」
ポクルが笑った。
*
「見えた!」
夕方。
丘の向こう。
アンジェルの館。
大きくはない。
豪華でもない。
ミルンで見たクルムの実家の方が立派なくらいだ。
なのに。
「あ」
凛は思った。
「帰ってきた」
口から自然に出た。
「リン様?」
「ううん」
ファルコンを進める。
門が近づく。
人影。
「リゲル!」
凛が手を振る。
リゲルがいる。
その後ろ。
モモ。
シロイチ。
バッカス。
「迎えに来てる!」
「リン様!」
ジェネが叫ぶ。
「何?」
「走らせないでください!」
「大丈夫!」
「前にもそれで――」
凛はファルコンを走らせた。
*
「ただいま!」
降りる。
その勢いのまま。
リゲルへ抱きついた。
「お帰りなさい」
「帰った!」
「はい」
「寂しかった?」
「かなり」
「私も!」
しばらく。
そのまま。
「リン」
「何?」
「皆が見ています」
「いいじゃん」
『私は見たくない』
「シロイチ黙って!」
『なぜ私だけ!』
「酒は?」
バッカスが聞く。
「第一声それ!?」
「ミルンの酒を買ってきただろう!」
「買ってない」
「何!?」
「本と紙買った」
「なぜ酒を買わん!」
「自分で造れ!」
「横暴だ!」
モモがサエを見る。
「その人は?」
「あ」
凛はリゲルから離れた。
「サエ」
「初めまして」
「先生候補!」
「まだ候補です!」
「だそうです」
リゲルが笑った。
「ようこそ、アンジェルへ」
サエは館を見る。
その向こう。
畑。
山。
「本当に」
「何?」
「何もありませんね」
「サエまで!」
*
夜。
久しぶりの部屋。
久しぶりの寝台。
「やっぱりここがいい」
「ミルンは?」
「面白かった」
「豊かでしたか?」
「うん」
「住みたい?」
「うーん」
凛は考える。
「旅行なら」
「では、ここが?」
「好き」
「何が?」
また。
その質問。
「分かんない」
「分からないのですか?」
「でも好き」
凛は寝転んだ。
「日本も好きだった」
「はい」
「帰れるなら、帰りたいと思うこともある」
「……はい」
「でも」
リゲルを見る。
「今、ここも帰る場所になってる」
リゲルは。
何も言わなかった。
「何か言ってよ」
「嬉しくて」
「うん」
「何を言えばよいのか」
「じゃあいい」
凛は笑った。
*
「手紙読んだ?」
「はい」
「恥ずかしかった」
「なぜ?」
「なんか立派なこと書いた」
「選べる国、ですか?」
「その言い方するともっと恥ずかしい!」
「よいと思います」
「本当に?」
「はい」
凛は天井を見る。
「でも、できるかな」
「何が?」
「選べるようにすること」
「全部は無理でしょう」
「だよね」
「リンも書いていたではありませんか」
「うん」
「一つずつでよいのでは?」
「まず学校?」
「はい」
「ポクルの手紙も」
「タルシアですね」
「書いてくれる?」
「もちろん」
「ありがとう」
「ただし」
「何?」
「行けるとは限りません」
「分かってる」
「費用も」
「考える」
「母親の許しも」
「本人が話す」
リゲルが少し驚く。
「リンが説得するのでは?」
「しない」
「なぜ?」
「本人たちのことだから」
リゲルが笑った。
「何?」
「いえ」
「何よ」
「少し変わりましたね」
「いい方?」
「はい」
「ならよし」
*
「学校」
凛は呟いた。
「建物どうしよう」
「また始まりましたね」
「新しく建てるとお金かかる」
「はい」
「村の集会所」
「使えます」
「毎日じゃなくていい」
「はい」
「朝だけの日」
「はい」
「夕方だけ」
「はい」
「農繁期は減らす」
「はい」
「冬は増やす」
「はい」
「大人が来てもいい?」
「なぜ私に聞くのです?」
「あ」
凛は笑った。
「サエと相談する」
「そうしてください」
「マイにも」
「なぜ?」
「通う人だから」
「なるほど」
「村の人にも」
「はい」
「クルムにも」
「はい」
「リゲルにも」
「私は最後ですか?」
「一番近くにいるから」
「なら許します」
*
凛は目を閉じた。
学校。
ようやく。
本当に作れる気がした。
最初に思い描いた学校とは。
ずいぶん違う。
立派な校舎はない。
机も足りない。
本も少ない。
毎日授業があるわけでもない。
全員が通うわけでもない。
それでも。
行きたい人が。
行けるときに。
学べる場所。
「それでいいや」
「何が?」
「学校」
「まだ何もできていませんよ」
「明日から作る」
「明日?」
「うん」
「帰ったばかりですが」
「だから?」
「休まないのですか?」
凛は考えた。
「……午前中休む」
「一日休んでは?」
「午後から学校!」
「リン」
「だってもう三十四話だもん!」
「何の話です?」
「こっちの話!」
翌日から。
アンジェルで初めての学校作りが、
本当に始まることになった。




