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船乗りになりたい

「乗れる?」


「乗れん」


「なんで?」


「子供だからだ」


「いつなら?」


「大きくなったら」


「何歳?」


「しつこいな、坊主!」


 港で。


 ポクルは昨日の船員を捕まえていた。


 凛は少し離れて見ている。


「止めなくてよいのですか?」


 ジェネが聞く。


「嫌がったら止める」


「もう嫌がっているような」


「でも答えてる」


「確かに」


「何歳なら働ける?」


「十四、五なら雑用くらいだ!」


「俺、九つ」


「五年待て!」


「長い」


「俺に言うな!」


 船員が頭を掻いた。


「そんなに船に乗りたいのか?」


「うん!」


「なぜ?」


 ポクルが止まった。


「……大きいから」


「それだけか?」


「海の向こう行く」


「何がある?」


「知らない」


「知らないところへ行くのか?」


「うん」


 船員が笑った。


「変な坊主だ」


「乗せて」


「だから五年待て!」


     *


「船乗りになるには?」


 今度は凛が聞いた。


「お方様までか」


「この子、本気みたいだから」


「本気なら」


 船員の表情が少し変わった。


「まず体だ」


「体?」


「病弱じゃ話にならん」


「うん」


「泳げた方がいい」


「泳ぐ」


 ポクルが答える。


「泳げるのか?」


「ちょっと」


「海で?」


「川」


「練習しろ」


「うん」


「文字」


「覚える」


「計算」


「覚える」


「星」


「星?」


「沖に出りゃ、道なんぞない」


 船員が空を指す。


「星と太陽と風を見る」


 ポクルも空を見る。


「それ、学校で教える?」


 凛はサエを見る。


「私に?」


「先生」


「まだ違います!」


「でも教えられる?」


「星は少しなら」


「じゃあ」


「リン様」


 サエが止めた。


「船乗りの学校がございます」


「え?」


 船員が言った。


「タルシアにな」


「学校?」


 ポクルが反応する。


「船の?」


「そうだ」


 航海。


 計算。


 星。


 風。


 積荷。


 海の決まり。


「誰でも行ける?」


「誰でもってわけじゃない」


「お金?」


「それもいる」


「試験?」


「ある」


「文字?」


「読めなきゃ無理だ」


 ポクルの顔が真剣になる。


「どこ?」


「海の向こう」


「この船で?」


「俺の船は違う」


「どうやって行く?」


「まず大きくなれ!」


 また怒られた。


     *


「タルシア」


 凛は宿で地図を広げた。


「ここ?」


「はい」


 クルムが指す。


 ミルンから海を渡った国。


「海運が盛んな国です」


「学校ある?」


「航海を教えるところがあるとは聞いております」


「詳しく知りたい」


「なぜ?」


「ポクル」


 少年は地図を見ている。


「行きたい?」


 凛が聞く。


「行く」


「今は無理だよ」


「分かってる」


「勉強しなきゃ」


「する」


「お金もいるかも」


「働く」


「試験もある」


「受ける」


「落ちるかも」


「また受ける」


 凛は黙った。


 強い。


「本当に船乗りたいんだ」


「うん」


 少し前まで。


 村の外れ。


 壊れかけた家で。


 ほとんど口もきかなかった子。


 あのままだったら。


 船乗りという仕事を。


 知ることすらなかったかもしれない。


     *


「お母さんは?」


 凛が聞く。


「何が?」


「リルラさん」


 ポクルの顔が曇る。


「言ってない」


「じゃあ帰ったら話そう」


「怒る?」


「分かんない」


「駄目って言ったら?」


 凛は答えに詰まった。


「それは」


 母親には母親の気持ちがある。


 九歳の息子が。


 海の向こうへ行く。


 簡単に。


 行っておいでとは言えないだろう。


「一緒に考えるしかないかな」


「お方様が言って」


「駄目」


「なんで?」


「ポクルの夢だから」


「……」


「自分で言おう」


「怖い」


「うん」


「一緒にいて」


「それならいい」


 ポクルが頷いた。


     *


「カスルは?」


 夜。


 凛は兄にも聞いた。


「何?」


「やりたいこと見つかった?」


「まだ」


「そっか」


「駄目?」


「全然」


「ポクルは見つかった」


「うん」


「俺はない」


「私も九歳のときなかったよ」


「ほんと?」


「たぶん虫捕ってた」


「虫?」


「あと木登り」


「お方様なのに?」


「そのころお方様じゃない!」


 カスルが笑った。


「急がなくていい」


「いつまで?」


「知らない」


「大人まで?」


「いいんじゃない?」


「大人になってもなかったら?」


「それでもいい」


「仕事は?」


「何かしないと食べていけないけど」


「じゃあ駄目じゃん」


「あ」


 カスルがまた笑う。


「でも」


 凛も笑った。


「仕事と夢って同じじゃなくてもいいよ」


「違うの?」


「私の昔の仕事は役人」


「やりたかった?」


「最初は」


「最後は?」


「逃げたかった」


「じゃあ駄目じゃん」


「それを言うな!」


     *


 翌日。


 凛は港の役所へ行った。


「タルシアの航海学校について知りたい」


「なぜです?」


「アンジェルの子供が行きたがってる」


「アンジェル?」


「はい」


「領主の子ですか?」


「違う」


「商人?」


「違う」


「では?」


「農家」


 役人が怪訝な顔をした。


「難しいでしょう」


「なんで?」


「金もかかります」


「うん」


「基礎教育も必要です」


「うん」


「紹介も」


「紹介?」


「外国人ですから」


「じゃあ、どうすればいい?」


「どう、と言われましても」


 役人は困った。


「普通は諦めるでしょう」


 その一言。


 凛の中で。


 何かが引っかかった。


「普通は?」


「はい」


 貧しい農家の子。


 父親は罪人。


 外国の航海学校。


 確かに。


 無茶だ。


「でも」


 凛はポクルを見る。


 少年は黙っている。


「行ける方法がゼロなの?」


「ゼロとは」


「じゃあ調べて」


「お方様」


 ジェネが小声で止める。


「ここはアンジェルではありません」


「あ」


 凛は気づいた。


「ごめんなさい」


 命令するところだった。


「教えていただけますか」


 言い直す。


「どうすれば、受けられる可能性があるのか」


 役人は。


 少し考えた。


「タルシアへ問い合わせるしかありません」


「手紙?」


「はい」


「誰から?」


「正式なものなら、アンジェル領主から」


 凛の目が輝いた。


「リゲル!」


「ここにはおりません」


「帰ったら頼む!」


     *


 港を出る。


「お方様」


 ポクルが言った。


「何?」


「俺、行ける?」


 凛は。


 答えようとして。


 やめた。


 行ける。


 そんな約束はできない。


「分かんない」


「……」


「でも」


 凛はしゃがんだ。


「行くために何が必要かは、分かってきた」


「字」


「うん」


「計算」


「うん」


「泳ぐ」


「うん」


「星」


「うん」


「お金」


「たぶん」


「手紙」


「それはリゲルに頼む」


 ポクルが指を折る。


「いっぱいある」


「いっぱいあるね」


「できる?」


「一個ずつ」


「全部?」


「一個ずつやって」


 凛は笑った。


「最後に届くかどうかは、そのとき考えよう」


 ポクルは頷いた。


     *


 宿へ戻る途中。


 サエが凛の隣へ来た。


「お方様」


「何?」


「学校を作りたい理由」


「うん」


「少し分かった気がします」


「本当?」


「ポクルのため?」


「それだけじゃない」


「マイ?」


「それだけでもない」


「では?」


 凛は歩きながら考えた。


「学校を作れば幸せになる」


 最初は。


 そんなふうに考えていた。


「でも違うんだよね」


「はい」


「学校行かなくても幸せな人いる」


「はい」


「畑が好きな人もいる」


「はい」


「ずっとアンジェルにいたい人も」


「はい」


「でも」


 ポクルは。


 海へ行きたい。


 そのためには。


 文字を知らなければならない。


 計算も。


 世界のことも。


「やりたいことが見つかったとき」


 凛は言った。


「知らないから無理、ってなるのが嫌なんだ」


 サエが黙って聞く。


「できるかどうかは本人次第」


「はい」


「失敗するかもしれない」


「はい」


「途中でやめてもいい」


「はい」


「でも」


 凛は港を振り返った。


「最初から道がないのは、ちょっと嫌」


「道を作る?」


「全部は無理」


 凛は笑った。


「道があるって教えるくらいかな」


「それが学校?」


「……かもしれない」


 まだ。


 答えではない。


 でも。


 アンジェルを豊かにしたい。


 その言葉より。


 ずっと。


 自分の気持ちに近かった。


 ポクルが船を見なければ。


 凛も。


 気づかなかったかもしれない。


 **人は、知らないものを選ぶことはできない。**


 そして。


 選べるものが増えることは。


 金持ちになることとは、


 少し違うのかもしれなかった。


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