外国が見たい
「本当に連れて行くのですか?」
「本人が行きたいって」
「二人とも?」
「うん」
出発の朝。
館の前には、クルム、ジェネ、ベテル。
そして。
カスルとポクルがいた。
「母親の許可は?」
「もらった」
「仕事は?」
「モモが田んぼ見てくれる」
「モモに?」
「大丈夫だって」
「バッカスは?」
「絶対任せない」
「それなら安心しました」
「ひどいな!」
どこからかバッカスの声。
「聞いてたの?」
「俺の名を出すからだ!」
「留守中、ワイン飲まないでね!」
「試飲だ!」
「二杯!」
「三杯!」
「増やすな!」
いつもの騒ぎを背に。
凛たちは出発した。
*
「母ちゃん」
ポクルが何度も振り返る。
リルラが手を振っている。
「寂しい?」
凛が聞く。
「ちょっと」
「帰りたい?」
「帰らない」
「なんで?」
「船見る」
「そっか」
兄のカスルは。
少し緊張していた。
「カスルは?」
「何が?」
「見たいもの」
「……分かんない」
「じゃあ探そう」
「探す?」
「せっかく行くんだから」
凛は笑った。
「何か一個くらい見つけよう」
「お方様は?」
「いっぱいある!」
「例えば?」
「学校、本屋、港、市場、役所、農業、食べ物――」
「リン様」
ジェネが止める。
「全部見ていたら帰れません」
「じゃあ十個」
「多いです」
「五個」
「まずクルムの実家へ行くのですよ」
「あ、そうだった」
「忘れないでください!」
*
山道。
以前バッカスが塞いでいた場所。
今は何事もない。
荷車が行き交う。
「増えたね」
「はい」
商人。
旅人。
農民。
「道って大事だなあ」
「今さらですか?」
「知識としては知ってた」
「では?」
「見ると違う」
道一本。
それだけで。
人が動く。
物が動く。
金が動く。
「学校もそうなのかな」
「また学校ですか」
「学校ができたら、何か動くかなって」
「何が?」
「分かんない」
「分からないのですか?」
「分からないから作ってみる」
「それでよいのですか?」
「最近、分からないことに慣れてきた」
「よいことなのでしょうか」
*
国境を越える。
前にワインを売りに来た町。
今回はさらに奥へ進む。
「ここから先、初めて」
凛は周囲を見回す。
道が広い。
「荷車二台すれ違える」
「アンジェルでも場所によっては」
「こっちはずっと」
路面も比較的平ら。
橋も丈夫。
「誰が整備してる?」
「国です」
クルムが答える。
「税金?」
「はい」
「やっぱり」
凛の目が役人になった。
「税率は?」
「お方様」
ジェネが呆れる。
「旅行初日に税の話ですか?」
「大事でしょ!」
「景色を楽しんでは?」
「景色も見る。税金も見る」
「忙しいですね」
「元役人なめないで」
*
昼。
小さな町で休んだ。
「店多い」
凛が言う。
「普通ですが」
クルムには普通。
凛には違う。
布。
金物。
靴。
香辛料。
紙。
「紙!」
「やはりそこですか」
「安い!」
「アンジェルと比べれば」
「学校!」
「買うのですか?」
「帰り!」
次。
本。
「本屋!」
「リン様!」
「ちょっとだけ!」
店へ飛び込む。
文字の並んだ冊子。
分厚い本。
薄い物語。
「こんなにある」
「ミルンでは珍しくありません」
「アンジェル、ほとんどないよ」
「紙が高価ですから」
凛は一冊を取った。
「これ、いくら?」
値段を聞く。
「高っ!」
「紙より手間がかかります」
「そりゃそうか」
印刷機はない。
多くは手書き。
写本。
「学校で使う本って?」
「もっと簡単なものがございます」
「見たい!」
「今日は無理です」
「なんで!」
「先へ進みます!」
*
「学校!」
翌日。
今度は本当に見つけた。
町の一角。
大きくはない。
石と木でできた建物。
「入れる?」
「勝手には」
「聞いてくる」
「リン様!」
止める間もなく。
凛は入口へ行った。
「こんにちは」
教師らしい男が出てくる。
「見学していいですか?」
「どなたでしょう?」
「あ」
ジェネが追いついた。
「こちらはアンジェル領主夫人――」
「言わなくていい!」
「言わなければ不審者です!」
「確かに!」
*
教室。
十数人の子供。
「少ない」
「今日は年少の組です」
教師が説明する。
「全員来る?」
「いいえ」
「え?」
「商家の子供が多いですね」
「農家は?」
「来る者もおります」
「無料?」
「いいえ」
「あ」
凛は止まった。
学校がある。
だから。
誰でも学べる。
勝手にそう思っていた。
「お金いるんだ」
「教師も生活がありますので」
「そりゃそうだ」
当たり前。
「貧しい家の子は?」
「教会で文字を教わることもあります」
「全員じゃない?」
「もちろん」
「そっか」
学校がある国にも。
学校へ行けない子はいる。
凛はカスルとポクルを見る。
二人は。
教室を珍しそうに覗いていた。
「どう?」
「ずっと座ってる」
カスルが言う。
「そうだね」
「畑より疲れそう」
「そこ?」
ポクルは。
「船のこと教える?」
「ここではどうでしょう」
「じゃあいい」
「早い!」
教師が笑った。
*
夕方。
宿。
「どうでした?」
クルムが聞いた。
「何が?」
「豊かな国」
「まだ分かんない」
「そうですか?」
「物は多い」
「はい」
「道もいい」
「はい」
「学校もある」
「はい」
「本もある」
「はい」
「でも」
凛は窓から町を見る。
「全部の人が持ってるわけじゃない」
「当然では?」
「うん」
当然。
でも。
自分は。
アンジェルに学校さえ作れば。
何かが解決するような気になっていた。
「学校作った後も考えなきゃ駄目なんだ」
「何を?」
「行けない子」
「マイのような?」
「そう」
畑仕事。
金。
時間。
「建物だけ作っても駄目」
「前にも言っておりましたね」
「うん」
「では、もう知っていたのでは?」
「知ってるのと見るのは違う」
道と同じ。
凛は笑った。
「来てよかった」
*
翌朝。
クルムが言った。
「今日には実家へ着きます」
「どんな家?」
「普通です」
「クルムの普通、信用できない」
「なぜです?」
「ミルン出身で、読み書きできて、礼儀も知ってる」
「それが?」
「絶対いい家」
「普通です」
「本当に?」
「はい」
そして。
昼過ぎ。
その家を見た凛は。
「どこが普通なの!」
叫んだ。
大きな門。
広い屋敷。
使用人。
庭。
「クルム!」
「はい」
「お嬢様じゃん!」
「そうでしょうか」
「そうでしょうかじゃない!」
二人の子供が屋敷から走ってきた。
「クルム!」
「お帰り!」
「ただいま」
クルムの顔が。
館では見たことがないほど柔らかくなる。
「誰?」
子供が凛を見る。
「アンジェルのお方様です」
「お方様?」
「領主様の奥様」
「えっ!」
二人が固まる。
「普通でいいよ」
凛は笑った。
「私も今日は旅行者だから」
「旅行ではありません」
ジェネが横から言う。
「半分旅行!」
「八割仕事では?」
「覚えてたの?」
「当然です」
凛は屋敷を見る。
豊かな国。
豊かな家。
学校。
本。
港。
まだ。
見たいものはたくさんあった。




