咎人の家族
「行きます」
三日後。
リルラはそう答えた。
「本当に?」
「はい」
「無理してない?」
「しておりません」
「私が領主夫人だからじゃなく?」
「……それは少し」
「やっぱり!」
凛は頭を抱えた。
リルラが初めて少し笑った。
「でも」
「うん」
「仕事をいただけるなら、行きたいです」
「そっか」
「ここにいても」
リルラは村を見る。
「子供たちに、よいことはありませんから」
「カスルとポクルは?」
「話しました」
奥から二人が出てきた。
「引っ越すの、嫌じゃない?」
兄のカスルは首を振った。
弟のポクルも。
「海見える?」
「まだそれ?」
「うん」
「見に行こう」
「船も?」
「船は運がよければ」
「うん」
ポクルはそれで満足したらしい。
*
「でも」
凛は村を出る前に、村長の家へ向かった。
「行くのですか?」
ジェネが聞く。
「うん」
「何をしに?」
「話聞く」
「リルラから聞いたでしょう」
「片方だけじゃん」
ジェネが少し驚いた。
「何?」
「いえ」
「何よ」
「以前なら、すぐ怒鳴り込んでいたかと」
「私そんなに短気?」
「はい」
「即答するな!」
でも。
否定しきれない。
「今回は聞く」
凛は言った。
「村の人にも事情あるかもしれないから」
*
「我々は、あの女を罰してはおりません」
村長は言った。
「仕事を与えないのは?」
「皆が嫌がります」
「なんで?」
「夫が殺したのは、この村の者です」
「あ」
「兄弟もおります。親もおります」
「そっか」
「その者たちと同じ畑で働かせるのは」
難しい。
それは凛にも分かる。
「でも、ほかの仕事もない?」
「……」
村長の返事が遅れた。
「ある?」
「多少は」
「じゃあ何で?」
「お方様」
「うん」
「人は、理屈だけでは動きませぬ」
「分かる」
凛は頷いた。
「だから聞いてる」
村長が黙る。
「リルラさん自身が何かした?」
「いいえ」
「子供は?」
「何も」
「じゃあ」
凛は一度言葉を止めた。
命令しない。
決めつけない。
「みんなが嫌がる以外に、理由ある?」
村長は答えなかった。
凛は追及しなかった。
「分かった」
「よろしいので?」
「今日はね」
「今日は?」
「調べるから」
村長の顔がわずかに動いた。
*
「ジェネ」
「はい」
「お願い」
「何をでしょう」
「リルラさんが今まで、どうやって食べてたか調べて」
「仕事では?」
「誰から仕事もらってた?」
「それは」
「あと食べ物」
わずかな掃除や洗い物だけで。
三人が二年。
暮らせるだろうか。
「誰か助けてたはず」
「善意で?」
「それも含めて」
凛は村長の家を振り返った。
「悪いことしてるって決めないでね」
「はい」
「ただ調べて」
「承知しました」
*
リルラたちは、ベガの水田近くにある管理小屋へ移った。
「……広い」
カスルが言った。
「前の家より?」
頷く。
「屋根も落ちてない」
「そこ基準にしないで!」
凛は笑った。
小屋は古い。
だが修理すれば十分住める。
水もある。
小さな畑も作れる。
「仕事は」
凛が説明する。
「田んぼだけじゃないよ」
水路。
草。
道具。
収穫。
「できることから」
「はい」
「カスルたちも手伝っていいけど」
二人を見る。
「毎日じゃなくていい」
「なぜ?」
カスルが聞いた。
「子供だから」
「前も働いてた」
「うん」
「働ける」
「分かってる」
凛はしゃがむ。
「でも、ほかのことしてもいい」
「ほか?」
「遊ぶとか」
二人が顔を見合わせる。
「何して遊ぶ?」
「……」
「ない?」
頷く。
「じゃあ探そう」
「仕事しなくていいの?」
「仕事する日もある」
「しない日も?」
「あっていい」
カスルには。
その方が理解しにくいらしかった。
*
「リン様」
数日後。
ジェネが戻ってきた。
「分かった?」
「はい」
「どうだった?」
「少々、面倒です」
「やっぱり」
リルラ一家へ食べ物を渡していた者はいた。
服を譲った者も。
冬に薪を届けた者も。
「村全体が見捨ててたわけじゃないんだ」
「はい」
「よかった」
「ただし」
「うん」
「村長から仕事をもらうことが多かったようです」
「村長?」
「はい」
掃除。
洗濯。
食事の手伝い。
「お金は?」
「ほとんど」
「食べ物?」
「はい」
「それって普通?」
「仕事によります」
「安かった?」
「かなり」
凛は黙った。
「リルラさんは?」
「断りにくかったでしょう」
「だよね」
「ですが」
ジェネが続ける。
「村長が食べ物を与えなければ、困ったことも事実です」
「……そっか」
簡単ではない。
利用した。
そう言える。
でも。
助けてもいた。
「本人はどう思ってる?」
「まだ聞いておりません」
「じゃあ聞こう」
*
「村長様には助けていただきました」
リルラは言った。
「嫌じゃなかった?」
「嫌なこともございました」
「例えば?」
「……」
「言いたくなかったらいい」
「仕事が多くても、断れませんでした」
「うん」
「食べ物をいただいておりましたから」
「お金は?」
「ほとんど」
「それ、おかしいと思わなかった?」
「思いました」
「じゃあ」
「でも」
リルラは凛を見る。
「子供に食べさせなければなりません」
「ああ」
凛はそれ以上言えなくなった。
正しい。
間違っている。
そんな言葉だけでは。
腹は満たせない。
*
「村長を罰しますか?」
リゲルが聞いた。
夜。
二人で話していた。
「……分かんない」
「以前のリンなら、怒っていたでしょう」
「今も怒ってるよ」
「はい」
「弱い立場だから安く働かせるのは嫌」
「はい」
「でも村長が食べ物渡してなかったら」
「さらに困ったでしょう」
「うん」
「では?」
「話す」
「村長と?」
「うん」
「罰する前に?」
「そもそも罪なの?」
「今の決まりでは」
リゲルが考える。
「罪とは言いにくいでしょう」
「じゃあ罰せない」
「はい」
「でも」
凛は腕を組む。
「同じことが起きないようにはしたい」
「どうします?」
「それを考える」
食べ物に困った者。
働けない者。
家族を失った者。
村の助け合いから外れた者。
「今はどうしてる?」
「村や親族が助けます」
「そこから外れたら?」
「今回のようなことがあります」
「穴だ」
「穴?」
「仕組みの穴」
凛は天井を見る。
「全部役所で面倒見るのも違う気がする」
「やくしょ?」
「こっちの話」
今ある助け合い。
それを壊したくはない。
でも。
そこから落ちる人はいる。
「落ちた人だけ、拾えないかな」
「考えてみましょう」
「うん」
リゲルが言った。
「一緒に」
凛は笑った。
「うん」
*
翌日。
ポクルを連れて高台へ登った。
「見える?」
「……見える!」
遠い海。
小さな白い帆。
「あれ船?」
「たぶん」
「小さい」
「遠いから」
「もっと大きいのある?」
「あるよ」
「どれくらい?」
「私の国には、ものすごく大きいのあった」
「山くらい?」
「そこまでじゃない」
「乗った?」
「ある」
「ほんと?」
初めて。
ポクルが凛へ勢いよく振り向いた。
「うん」
「海の上?」
「もちろん」
「怖くない?」
「慣れれば」
「船の中で寝る?」
「寝る」
「ご飯も?」
「食べる」
「嵐は?」
「ある」
「沈む?」
「たまには」
「怖い!」
「でも船ってそういうもの」
ポクルの目は輝いていた。
「乗りたい?」
もう一度聞く。
今度は。
「乗りたい!」
はっきり答えた。
「そっか」
凛は海を見る。
「じゃあ」
言いかけて止まった。
船乗りにしてあげる。
それは違う。
「どうしたら乗れるか、調べてみようか」
「うん!」
これならいい。
道を決めるのではなく。
道がどこにあるか。
一緒に探す。
凛は少しずつ。
そんな考え方を覚え始めていた。




