↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/40

リゲルの国

「リン様」

 朝食を終えたところで。

 ベテルが珍しく自分から声をかけてきた。

「何?」

「少し、お時間をいただけますか」

「いいよ」

「できれば、リゲル様も」

 凛はリゲルを見る。

「何かあった?」

「聞いておりません」

 ベテルの顔はいつもと変わらない。

 だが。

「何かあるね」

「ございます」

「どこ?」

「村です」

「また橋?」

「違います」

「獣?」

「違います」

「魔?」

「違います」

「じゃあ?」

 ベテルが少しだけ間を置いた。

「罪人の家族です」

     *

 館からそれほど遠くない村。

 凛は何度か通ったことがあった。

「ここ?」

「はい」

 村の外れ。

 畑から少し離れたところ。

 小さな家。

 いや。

 家と呼ぶには傷みすぎている。

 屋根の一部が落ち。

 壁には隙間。

「人住んでるの?」

「はい」

「何人?」

「三人」

 ベテルが扉を叩く。

「リルラ」

 しばらくして。

 女が顔を出した。

 三十代だろうか。

 痩せている。

 凛を見ると。

 顔色が変わった。

「お、お方様」

「こんにちは」

 女が慌てて膝をつこうとする。

「いい、いい!」

 凛が止める。

「今日は話を聞きに来ただけ」

「私に?」

「うん」

 家の中。

 二人の少年がいた。

 一人は十歳前後。

 もう一人はもう少し幼い。

「カスルとポクルです」

 ベテルが教える。

「こんにちは」

 二人とも返事をしない。

 母親の後ろへ隠れる。

「怖がられてる?」

「お方様ですから」

「ジェネ、それ慰めになってない」

     *

「夫は」

 リルラが言った。

「二年前に処刑されました」

 凛は黙った。

「何をしたの?」

「人を殺しました」

 答えたのはリゲルだった。

 凛が振り返る。

「知ってるの?」

「はい」

「リゲルが裁いた?」

「はい」

 空気が変わった。

 いつもの。

 少し天然で。

 穏やかな夫。

 でも。

 領主。

「……そうなんだ」

「はい」

 リルラは俯いている。

「夫の罪は、夫の罪です」

 女が言った。

「私たちは罰を受けておりません」

「じゃあ」

 凛は家を見る。

「どうして?」

「仕事がございません」

「畑は?」

「夫が死んだあと、手放しました」

「なんで?」

「一人では」

 女だけでは耕せない。

 子供はまだ小さい。

「村の人は?」

 リルラは答えなかった。

 凛はベテルを見る。

「助けない?」

「助けてはいません」

「なんで?」

「罪人の家族だからです」

「でも、罰は受けてないんでしょ?」

「はい」

「おかしくない?」

 ベテルは答えない。

 リゲルも。

「食べ物は?」

「何とか」

「何とかって?」

「仕事をいただけるときもあります」

「どんな?」

「洗い物や、掃除を」

「畑仕事は?」

「……あまり」

「どうして?」

 リルラはまた黙った。

 凛はそれ以上聞けなかった。

     *

 外へ出る。

「どういうこと?」

 凛はリゲルへ尋ねた。

「法律で家族まで罰するの?」

「いいえ」

「じゃあ何で?」

「村が避けています」

「それ、罰じゃん」

「法による罰ではありません」

「でも」

「リン」

 リゲルの声は静かだった。

「人の気持ちを、法で命じることはできません」

 殺された者にも家族がいる。

 友人も。

 親戚も。

「加害者の家族と仲良くしろ、と?」

「……言えない」

「仕事を与えろ、と?」

「それも」

 凛は黙った。

 難しい。

「でも子供は何もしてない」

「はい」

「お母さんも」

「はい」

「このままでいいの?」

「よくはありません」

「じゃあ」

「だからベテルが、リンに見せたのでしょう」

 凛はベテルを見る。

「私に?」

「はい」

「なんで?」

「リン様が、国のことを知りたいとおっしゃったからです」

 橋。

 畑。

 米。

 学校。

 そんなものだけが国ではない。

「……重いなあ」

「はい」

「先に言ってよ」

「言えば来ませんでしたか?」

「来たけど」

「では同じです」

「ベテルまでリゲルみたいになってきた」

     *

「処刑って」

 帰り道。

 凛はリゲルへ聞いた。

「どうやって決めるの?」

「重大な罪については、私が裁きます」

「一人で?」

「証言を聞きます。証拠も調べます」

「それで?」

「最後に神へ問いかけます」

「神様が犯人教えてくれる?」

「すべてを教えるわけではありません」

「じゃあ?」

「偽りがあるか。大きな誤りがないか。それを確かめます」

「便利だけど」

「はい」

「怖いね」

「はい」

「間違えたら?」

「取り返しがつきません」

 リゲルは前を見ている。

「リルラさんの旦那さんのときは?」

「本人も認めました」

「そっか」

「殺された者の家族も、極刑を望みました」

「リゲルは?」

 少し。

 間があった。

「必要だと判断しました」

「眠れた?」

 リゲルが凛を見る。

「その夜」

「……眠れませんでした」

「そっか」

 凛はそれ以上聞かなかった。

 領主。

 その言葉が。

 今までとは少し違って見えた。

     *

「リルラさんたち」

 館へ戻ってから。

 凛は言った。

「米のところで働いてもらうのは?」

「可能です」

「住むところもある」

 ベガが残した水田。

 管理用の小屋。

 今は誰も使っていない。

「村から離れられる」

「はい」

「でも」

 凛は止まった。

「勝手に決めちゃ駄目だ」

 リゲルが少し笑った。

「学びましたね」

「最近いっぱい学んでる」

「では?」

「本人に聞く」

     *

 翌日。

 もう一度リルラの家へ行った。

「仕事があります」

 凛は言った。

 リルラの顔が上がる。

「田んぼ」

「田?」

「米を作ってるところ」

「はい」

「人手が足りない」

 これは嘘ではない。

 大規模化はやめた。

 でも。

 維持する人は必要。

「働いてくれたら、お金と食べ物を払います」

「私が?」

「うん」

「罪人の妻ですよ」

「それ、仕事に関係ある?」

 リルラが黙る。

「私は関係ないと思う」

「でも」

「嫌なら断っていい」

「……断っても?」

「もちろん」

「お方様の命令では?」

「お願い」

 リルラは二人の息子を見る。

「住む場所もあります」

「ここを出る?」

「嫌なら通ってもいい」

「遠いです」

「じゃあ住む?」

「……」

「今決めなくてもいいよ」

 凛は立ち上がった。

「考えて」

 そのとき。

 小さい方の少年。

 ポクルが初めて口を開いた。

「そこ」

「ん?」

「海、見える?」

「海?」

「うん」

「田んぼから?」

 凛は考える。

「高いところに登れば、たぶん」

「船は?」

「船?」

「見える?」

「遠いけど」

 少年の目が少しだけ輝いた。

「船、好き?」

 ポクルは頷いた。

「乗ったことある?」

 首を振る。

「見たことは?」

「一回」

「どこで?」

「ミルンから来た船」

「へえ」

「大きかった」

 さっきまで俯いていた少年が。

 船の話だけは。

 顔を上げた。

「乗りたい?」

 凛が聞く。

 リルラが息子を見る。

 ポクルは。

 少し迷ってから。

「……乗ってみたい」

 そう言った。

 凛はその言葉を、

 なぜか長く覚えている気がした。

 学校へ行きたいマイ。

 船へ乗ってみたいポクル。

 国を豊かにする。

 そんな大きな言葉より。

 もしかすると。

 領主夫人が見るべきものは、

 こういう小さな言葉なのかもしれなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。