余計なお世話だったかも
「結果出た」
凛は木片の山を前にした。
「何の?」
モモが聞く。
「みんなに聞いたやつ」
「幸せ?」
「それは途中でやめた」
「なんで?」
「答えられないから」
「リンも?」
「答えられなかった」
「じゃあ駄目だね」
「そういうこと」
集まった木片。
聞き取りの記録。
正確な統計ではない。
全員に聞いたわけでもない。
字を書けない者もいる。
領主側の調査だと知れば、遠慮した者もいるだろう。
それでも。
「だいたい見えてきた」
凛は一枚取った。
「今の暮らしを大きく変えたい人」
少ない。
「今のままでいい人」
多い。
「困りごとは?」
いっぱい。
「どっちなの?」
「そこなんだよ」
困っている。
でも。
暮らし全部を変えたいわけではない。
橋は直してほしい。
水路も。
冬の塩を何とかしてほしい。
病気のとき助けてほしい。
獣も困る。
でも。
「もっとたくさん働いて、もっとたくさん作って、もっとお金を稼ぎたいですか」
そう聞くと。
「……別に」
そんな答えが多かった。
*
「分かんない!」
凛は机に突っ伏した。
「何が?」
モモが菓子を食べながら聞く。
「なんで?」
「何が?」
「お金あった方がいいじゃん」
「そう?」
「便利なもの買える」
「うん」
「美味しいものも」
「うん」
「家も直せる」
「うん」
「じゃあ欲しいでしょ」
「欲しいんじゃない?」
「でも、もっと働きたいとは言わない」
「当たり前じゃない?」
「……え?」
モモが菓子を食べる。
「お金は欲しいよ」
「うん」
「でも仕事増えるの嫌」
「……」
「リンもそうだったんでしょ?」
凛は固まった。
「日本で仕事嫌だったんでしょ?」
「……はい」
「じゃあ同じじゃない?」
「……はい」
終わった。
一言で終わった。
「モモ」
「なに?」
「頭いいね」
「普通だと思う」
「それが一番刺さる」
*
凛はもう一度、村へ行った。
田植えに来ていた年配の女性。
米は美味しい。
祭りは楽しい。
でも自分では作らない。
あの人に会った。
「聞いていい?」
「何でしょう」
「米、嫌い?」
「いいえ」
「美味しかった?」
「はい」
「じゃあ」
凛は慎重に聞く。
「どうして作らないの?」
女性は笑った。
「今の畑で足りておりますから」
「でも米を作ったら、売れるかもしれない」
「そうでしょうな」
「お金増えるよ」
「そうでしょう」
「なら」
「お方様」
「はい」
「私は、朝に畑へ出て」
「うん」
「昼には家へ戻って」
「うん」
「孫と飯を食べて」
「うん」
「夕方に少し畑を見て」
「うん」
「夜になれば寝ます」
「うん」
「それで困っておりません」
凛は黙った。
「畑を増やせば」
女性が続ける。
「仕事が増えます」
「うん」
「米を覚えれば、また仕事が増えます」
「うん」
「売りに行くなら、そのことも考えねばなりません」
「うん」
「お金は増えるでしょう」
「うん」
「でも」
女性は笑った。
「今より忙しくなるのでしょう?」
「あ」
凛は。
自分の人生を思い出した。
給料。
仕事。
昇進。
責任。
忙しさ。
「……そうだね」
「米は祭りのときに食べられれば、それで十分です」
「そっか」
「お方様が作ってくだされば」
「私が!?」
「楽しみにしております」
「ずるい!」
女性が声を上げて笑った。
*
帰り道。
凛はファルコンの上で考え続けた。
「私」
「はい」
隣のリゲル。
「余計なお世話してた?」
「少し」
「少しなんだ」
「かなり、と言った方が?」
「傷つくから少しでいい」
「では少しです」
「ありがとう」
しばらく進む。
「貧しい国って聞いた」
「はい」
「だから、豊かにしなきゃって思った」
「はい」
「でも」
凛は畑を見る。
粗末な服。
小さな家。
日本と比べれば、物は少ない。
現金も少ない。
医療も十分ではない。
教育の機会もほとんどない。
困りごともある。
決して。
何も問題がないわけではない。
「貧しいのと、不幸なのって」
凛は言った。
「同じじゃないんだ」
「私はそう思います」
「もっと早く言ってよ」
「リンが聞かなかったので」
「またそれ!」
リゲルが笑う。
「でも」
「はい」
「何もしなくていいわけじゃないよね」
「もちろんです」
橋が壊れれば直す。
食べ物がなければ助ける。
病気。
獣。
魔。
困っている者。
「マイの学校も?」
「マイは望んでいるのでしょう?」
「うん」
「なら作ればよい」
「米は?」
「作りたい者が作ればよいのでは?」
「葡萄は?」
「売りたい者から買えばよい」
「シロイチは?」
『なぜ俺が入る!』
「働きたい?」
『肉が出るなら!』
「じゃあ働いて」
『それは選ばせろ!』
「あ」
凛は笑った。
「それだ」
『何がだ!』
「選べればいい」
『何を?』
「まだ分かんない」
『分からんのか!』
「でも」
凛は前を見る。
全部を変える必要はない。
今の暮らしが好きなら。
そのままでもいい。
米を作りたければ作る。
葡萄を売りたければ売る。
学校へ行きたければ行く。
「そういうのでいいのかも」
まだ。
その考えは形になっていなかった。
ただ。
胸の中に小さなものが残った。
*
館へ戻ると。
凛は米の計画を広げた。
「これ」
モモが見る。
「減らす」
「どれくらい?」
「半分……」
考える。
「いや」
さらに線を引く。
「もっと」
「いいの?」
「いい」
大規模に広げる計画はやめる。
まず。
作りたい人。
食べたい人。
酒にしたいバッカス。
「酒!」
どこからか声。
「聞いてたの!?」
「米の酒はいつ造る!」
「まだ先!」
「急げ!」
「自分で田んぼやる?」
「断る!」
「じゃあ待て!」
モモが笑う。
「お米、やめないんだ」
「やめない」
「なんで?」
「私が食べたい」
「それだけ?」
「大事!」
「ほかは?」
「作りたい人がいるかもしれない」
「うん」
「売れるかもしれない」
「うん」
「でも」
凛は計画書を見る。
「全員でやる必要はない」
線を引く。
大きな計画が。
小さくなる。
以前なら。
失敗したように思ったかもしれない。
今は。
「こっちの方がいい」
そう思えた。
*
夜。
凛はリゲルと並んで寝ていた。
「ねえ」
「はい」
「国を豊かにするって、何だろ」
「難しい質問ですね」
「お金増やすこと?」
「それも一つでしょう」
「食べ物増やすこと?」
「それも」
「学校作ること?」
「それも」
「でも全部やったら幸せ?」
「分かりません」
「領主なのに?」
「領主だから分かるわけではありません」
「そっか」
凛は笑った。
「私、領主夫人だから分かんなきゃいけないと思ってた」
「なぜ?」
「偉い人だから」
「リンは偉いのですか?」
「一応!」
「それは失礼しました」
「ひどい!」
笑う。
少しして。
「リゲル」
「はい」
「全部変えなくていいんだね」
「はい」
「残した方がいいものもある?」
「もちろん」
「何を残す?」
「それも」
リゲルが凛を見る。
「皆に聞けばよいのでは?」
「また聞くの?」
「リンが始めたのでしょう」
「大変なこと始めたなあ」
「やめますか?」
凛は少し考えた。
「やめない」
「なぜ?」
「面白くなってきた」
「そうですか」
「うん」
今まで。
凛はこの国へ何を足すかばかり考えていた。
米。
酒。
学校。
技術。
金。
でも。
これからは。
何を変えないのか。
何を残すのか。
それも考えなければならない。
そして。
翌朝。
その考えを試すような話が、
ベテルから持ち込まれた。




