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みんなで米を作ろう

「十二万?」


「一万二千です」


「あ、びっくりした」


 凛は木片を見直した。


「で」


「はい」


「一万二千?」


「おおよそ」


「前、一万人って言ったよね」


「おおよそ一万人です」


「二千人違うじゃん!」


「はい」


「二割!」


「そうですね」


「それを『おおよそ』で済ませるの!?」


 リゲルは困った顔をした。


「今まで困りませんでしたので」


「私は困る!」


「なぜ?」


「米を作る人数を考えてるから!」


 リゲルは納得したような、していないような顔をした。


「国の人口くらい把握しようよ」


「村ごとなら分かります」


「集計してない?」


「必要がありませんでした」


「今できる?」


「時間をかければ」


「やろう」


「何のために?」


「学校にも必要!」


「また学校ですか」


「何人子供いるか分かんないんだよ!」


「確かに」


「今気づいたの!?」


     *


 ベガの水田を調べる。


 それだけで数日かかった。


 モモが知っていたのは一部。


 残された木片にも記録がある。


 だが。


「読めない」


 凛が言った。


「何が?」


「数字が足りない」


「また?」


「面積が分かんない」


「広い」


「それは見れば分かる!」


「では十分では?」


「十分じゃない!」


 収穫量。


 必要な種籾。


 人手。


 水量。


 何も正確には分からない。


「日本なら資料あるのに」


「ここはアンジェルだよ」


 モモが言う。


「分かってる」


「じゃあ?」


「測る」


「どうやって?」


「歩く」


「え?」


「歩幅でだいたい測る」


「全部?」


 凛は水田を見る。


「……無理だな」


「早い」


「一部だけ」


 試験区画を決める。


 そこだけなら測れる。


「全部一気にやるのやめよう」


「昨日、みんなで米を作るって言ってたよ」


「計画変更!」


「早いね」


「できないことが分かったら変える!」


     *


 最初の田植え。


 参加者を募った。


「……少ない」


 凛は集まった人々を見る。


 三十人ほど。


「十分では?」


 リゲルが言う。


「一万二千人いるんだよ?」


「全員で田植えをするのですか?」


「いや」


 考えてみれば。


 そんな必要はない。


「でも、もっと興味持つと思った」


「見たことのない作物ですから」


「だからこそじゃない?」


「リンほど食べ物に興味のある者ばかりではありません」


「そんな」


 世界の真理を否定された気がした。


「白いご飯だよ?」


「まだ誰も食べていません」


「そうだった」


     *


「これを植えるの?」


 マイが苗を見る。


「そう」


「草みたい」


「米」


「これが?」


「これから育つ」


「水の中に?」


「うん」


「腐らない?」


「腐らない」


「変なの」


 マイも参加していた。


 母親と祖父も。


「学校は?」


「まだ!」


「いつ?」


「作ってる途中!」


「田んぼなのに?」


「これも途中なの!」


「学校って大変だね」


「私も最近そう思う」


 凛は裾を上げて田へ入った。


「冷たっ!」


「リン」


 リゲルが止める。


「何?」


「あなたも入るのですか?」


「当然」


「領主夫人ですよ」


「農業やってたんだから」


「経験が?」


「田植え実習くらいなら」


「なら安心ですね」


「任せて」


 一歩。


 ずるっ。


「え」


 ばしゃん。


 水しぶき。


 沈黙。


 凛は田んぼに座り込んでいた。


「……」


「……」


「笑っていいよ」


 マイが最初に笑った。


「あはは!」


 それにつられ。


 みんなが笑う。


「お方様、泥だらけ!」


「見れば分かる!」


 リゲルが手を差し出す。


「大丈夫ですか?」


「大丈夫」


 手を取る。


 立ち上がる。


「滑っただけ」


「農業経験者では?」


「田んぼは専門じゃない!」


 また笑いが起きた。


 凛も笑った。


     *


 田植えは祭りのようになった。


 モモが食べ物を用意した。


 バッカスは酒を持ってきた。


「昼から飲むの?」


「農作業の後の酒は格別だ」


「まだ終わってない!」


「では終わったところから飲む」


「屁理屈!」


 シロイチと鳥たちは上空から見張り。


『何を見ればよい』


「害鳥」


『我々だろう!』


「あ」


『どういうつもりだ!』


「米食べる?」


『食う』


「敵じゃん!」


『何を今さら!』


「シロイチ、米禁止!」


『横暴だ!』


 賑やかだった。


 子供も。


 大人も。


 泥だらけになって笑う。


 凛は思った。


 いい。


 こういうの。


「毎年やろう」


「祭りにしますか?」


 リゲルが聞く。


「うん!」


 田植え祭り。


 収穫祭。


 餅。


 酒。


「絶対楽しい」


     *


 それから。


 米は育った。


 最初は不安だった。


 水。


 虫。


 草。


 天気。


 凛が知っている日本の稲とは、少し違う。


 それでも。


 穂が出た。


「おお……」


 凛は毎日のように見に行った。


「リン」


「何?」


「昨日も来ましたね」


「昨日と違う」


「どこが?」


「ちょっと黄色い」


「私には分かりません」


「愛が足りない」


「米への?」


「そう」


「妻より米を見ている時間の方が長い気がします」


「嫉妬?」


「少し」


「米に?」


「少し」


 凛は笑った。


 リゲルの腕へ自分の腕を絡める。


「大丈夫」


「何が?」


「リゲルの方が好き」


「米と比較されるとは思いませんでした」


「かなり強敵だよ」


「光栄です」


     *


 そして。


 収穫。


 今度は田植えより多くの人が集まった。


「増えた!」


「食べられると聞いたからでしょう」


「やっぱり食べ物大事!」


 刈る。


 束ねる。


 干す。


 脱穀する。


 精米は大変だった。


「これ機械欲しい!」


「作れるの?」


 モモが聞く。


「簡単なやつなら……たぶん」


「またたぶん」


「専門じゃないもん!」


 それでも。


 ついに。


 白い米ができた。


「炊くよ」


 凛は真剣だった。


「そんなに?」


 ジェネが聞く。


「人生かかってる」


「大げさでは?」


「大げさじゃない!」


 水加減。


 火。


 蒸らす。


 蓋を開ける。


 湯気。


 白い米。


「……」


 凛は黙った。


「どうしたの?」


 モモが覗く。


「ご飯だ」


 声が少し震えた。


 日本。


 家。


 両親。


 炊飯器。


 朝ご飯。


 何でもなかった日常。


「リン?」


「大丈夫」


 一口。


 食べる。


「……美味しい」


 完璧ではない。


 品種も違う。


 炊き方も粗い。


 それでも。


「ご飯だ」


 凛は笑った。


     *


 みんなにも配った。


「どう?」


 凛は期待していた。


 マイが食べる。


「美味しい」


「でしょ!」


 母親。


「柔らかいですね」


「うん!」


 老人。


「腹にはたまりそうですな」


「でしょう!」


 別の農家。


「悪くない」


「でしょう!」


 だが。


 反応は。


 凛が想像したほどではなかった。


「あれ?」


 もっと。


 驚くと思っていた。


 もっと。


「これを作りたい!」


 そう言うと思っていた。


 祭りが終わるころ。


 年配の女性が凛へ声をかけた。


「お方様」


「はい」


「今日は楽しかったです」


「でしょう!」


「米というものも、美味しゅうございました」


「じゃあ来年は――」


「でも」


 女性が笑う。


「うちでは、今まで通り豆と小麦でよいです」


「……え?」


「田まで増やしたら、仕事が増えますから」


「あ」


「祭りなら、また来たいです」


「でも作るのは?」


「私はいいです」


 女性は笑って去っていった。


 凛は、その背中を見送った。


「……そっか」


 楽しい。


 美味しい。


 だから。


 作りたい。


 そうなると思っていた。


「違うんだ」


 隣にリゲルが立った。


「何がです?」


「楽しいのと」


 凛は収穫された米を見る。


「暮らしを変えたいのは、別なんだ」


 初めて。


 小さな引っかかりが生まれた。


 米は美味しい。


 収穫もできた。


 失敗ではない。


 むしろ成功だった。


 なのに。


 **成功したからこそ、凛には分からなくなった。**


 自分が良いと思うものを、


 みんなも良いと思うとは限らない。


「リゲル」


「はい」


「聞いてみようかな」


「何を?」


「みんなが」


 凛はアンジェルの村々を見た。


「何を欲しいと思ってるのか」


 米を作りたいか。


 もっと豊かになりたいか。


 今の暮らしを変えたいか。


 学校へ行きたいか。


「私」


 凛は小さく笑った。


「聞く前に、答え決めてたかもしれない」


 リゲルは何も言わなかった。


 ただ。


「では、聞きましょう」


 そう答えた。


 凛は頷いた。


 米を作るより。


 葡萄酒を造るより。


 もしかすると。


 これが一番難しい仕事なのかもしれなかった。


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