学校を作る
「学校を作ります」
夕食の席で、凛は宣言した。
「知っています」
リゲルが答えた。
「いや、今度は本気」
「今までは本気ではなかったのですか?」
「本気だったけど、今までは学校しか見てなかった」
リゲルが首を傾げる。
「どういう意味です?」
「建物があって、先生がいて、子供を集めれば学校になると思ってた」
「違うのですか?」
「なるよ。でも、それじゃマイは来られない」
凛は机の上へ木片を並べた。
一枚目。
――学校。
二枚目。
――子供。
三枚目。
――畑。
「マイは学校へ行きたい」
「はい」
「字を覚えたい。お父さんから来た手紙を自分で読みたい。返事も自分で書きたい」
「そうでしたね」
「でも、毎日畑で働いてる」
「はい」
「じゃあ学校を作ったら、誰がマイの分の仕事をする?」
リゲルは少し考えた。
「母親か祖父でしょうか」
「その二人も働いてる」
「では、仕事が残りますね」
「そう」
凛は畑と書いた木片を指で叩いた。
「だからシロイチに草取りさせた」
『私を呼んだか!』
窓の外から声がした。
「呼んでない!」
『なら名前を出すな!』
「今大事な話してるから!」
『私も大事だ!』
「お肉あとで!」
『二倍だぞ!』
「分かってる!」
静かになった。
リゲルが笑っている。
「何?」
「いえ。続けてください」
「シロイチで草取りの時間は減らせる」
「はい」
「でも今日、畑の人に聞いたら、空いた時間で別の畑を耕すって言った」
「当然かもしれません」
「うん。私もそう思う」
凛は四枚目の木片を置いた。
――金。
「時間だけ作っても駄目なんだよ」
「なぜです?」
「マイのお父さんがミルンへ行ってるのは、現金収入が必要だから」
服。
道具。
塩。
自分たちの畑だけでは手に入らないものがある。
「家族みんなで働いて、それでも足りないものを買うために、お父さんは半年も外国へ行く」
「はい」
「そんな家に私が行って、『子供を学校へ寄越してください』って言ったら?」
リゲルは黙った。
「領主夫人に言われたら、断れないかもしれない」
「……そうですね」
「それ、嫌なんだ」
凛は首を振った。
「学校へ行かせるために家族がもっと苦しくなったら、何のための学校か分かんない」
リゲルが木片を見る。
「だから、金ですか」
「うん」
凛は二つの木片を並べた。
――時間。
――金。
「子供が学校へ行けるだけの時間を作る」
シロイチのような力を使えば、少しはできる。
「それから、子供一人が半日働かなくても家が困らないくらいの余裕を作る」
「それは簡単ではありません」
「全然簡単じゃない」
凛は即答した。
「国中の家を私が養うなんて無理」
「それはそうでしょう」
「だから、それぞれの家が今より少し稼げる方法を作る」
五枚目。
凛は新しい木片を置いた。
――葡萄。
「マイの家にはこれがある」
「腐った葡萄ですか」
「貴腐葡萄」
「まだその呼び方なのですね」
「いいものなんだってば」
今まで捨てていたもの。
値段がつかなかったもの。
「これを買えるようにする」
「誰が?」
「私たちが」
「何のために?」
「ワインを造る」
「そして?」
「売る」
「どこへ?」
「アンジェルで売ってもいいし、ミルンでも売れるかもしれない」
そこで凛は一度止まった。
「売れれば、だけど」
「まだ売れるものはできていませんね」
「そこ言わない」
「重要でしょう?」
「重要です」
だからこそ、やる。
凛は木片を並べ直した。
葡萄。
矢印。
酒。
矢印。
売る。
矢印。
金。
そして。
最後に学校。
「こう」
リゲルが覗き込む。
「ずいぶん遠回りですね」
「そうなの!」
凛は思わず机を叩いた。
「学校一個作るだけなのに!」
「建物だけなら、すぐ用意できますよ」
「でも、それじゃ意味ない」
凛は学校の木片を取った。
「立派な建物を建てました」
「はい」
「先生も雇いました」
「はい」
「でも子供は畑が忙しくて来ません」
「はい」
「終わり」
「もったいないですね」
「でしょう?」
凛は木片を戻した。
「学校を作りたいんじゃない」
言ってから、自分で少し驚いた。
「……違うな」
「何がです?」
「学校は作りたい」
「はい」
「でも、本当にやりたいのは」
マイの顔が浮かんだ。
土の上へ文字を書いていた少女。
父親から届く手紙を、自分で読みたいと言った。
「マイが学校へ行けるようにしたい」
建物ではない。
制度でもない。
そこへ行く人間の方だ。
「だから」
凛は葡萄の木片を持ち上げた。
「まず、これを金にする」
「学校を作るために酒を造る」
「そう」
「不思議な話ですね」
「私もそう思う」
『私は草取りをさせられているぞ!』
窓の外からシロイチ。
「それも学校のため!」
『初めて聞いた!』
「今決まった!」
『後付けではないか!』
「細かいこと気にしない!」
『気にするわ!』
*
翌日。
凛はリゲルに頼み、領内で使われている金について教えてもらった。
金貨。
銀貨。
銅貨。
「普通だ」
「何を期待していたのです?」
「魔法の石とか」
「ありますよ」
「あるの!?」
「今日は貨幣の話では?」
「そうだった」
問題は貨幣そのものではなかった。
「アンジェルは、何を売ってお金を得てる?」
「小麦、豆、葡萄、果物、薬草。それから少量の鉱物ですね」
「加工品は?」
「少ないです」
「やっぱり」
凛は木片へ書き込む。
農産物を、そのまま売る。
それでは高い値段をつけにくい。
重い。
傷む。
運ぶのも大変。
「ミルンからは?」
「布、紙、道具、薬などを」
「買う方が多い?」
「そうですね」
「だからマイのお父さんみたいに、向こうで働く人もいる」
「はい」
つながった。
「だったら、アンジェルで売れるものを増やせばいい」
「葡萄酒を?」
「まずは」
凛は指を一本立てた。
「いきなり十種類も二十種類もやらない」
「できるのですか?」
「思いつくだけなら」
ジャム。
チーズ。
保存食。
発酵食品。
乾燥品。
知識はいくつもある。
だが。
「こっちで作れるか分かんない」
「ではなぜ葡萄酒なのです?」
「材料がもうあるから」
しかも捨てている。
「それに試作も始めてる」
「失敗していますが」
「一回目はね!」
「二回目も、売れるほどではないのでしょう?」
「……はい」
「では二回失敗」
「リゲル、最近容赦なくない?」
「夫婦ですから」
「それ、絶対使い方違う」
凛は笑った。
だが、リゲルの言う通りだ。
今のままでは売れない。
知識だけでは足りない。
「もっと酒造りに詳しい人がいればなあ」
「おりますよ」
「え?」
凛が顔を上げた。
「誰?」
「叔母上です」
「ベガ?」
「はい」
「魔王に詳しい怪しい叔母さん?」
「怪しいは余計です」
「酒も分かるの?」
「植物や薬草に詳しく、酒造りの知識もあります」
凛は立ち上がった。
「行く」
「まだ説明の途中ですが」
「いつ?」
「明日でも」
「明日行く!」
「叔母上の都合を」
「聞いて!」
「はい」
「今すぐ!」
「リン」
「だって学校がかかってる!」
リゲルが目を瞬いた。
「酒ではなく?」
「酒の先に学校があるの!」
凛は机の木片を指した。
葡萄。
酒。
金。
時間。
そして学校。
「今までは学校を作ろうとしてた」
「はい」
「でも、違った」
学校という箱を作るだけでは足りない。
そこへ来られる暮らしを作らなければならない。
「だからまず」
凛は葡萄と書かれた木片を握った。
「この腐った葡萄を、売れるものにする」
それができれば。
農家の収入になる。
父親が外国へ働きに行くしかなかった家にも、別の選択肢が生まれるかもしれない。
そして利益の一部を積み上げれば、
先生を雇える。
本を買える。
紙も買える。
「よし」
「何がです?」
「目的決まった」
凛は笑った。
「ワインを造ろう」
「学校を作るのでは?」
「だからワインを造るの!」
学校を作るために、
酒を造る。
異世界へ来る前の自分が聞いたら、
何を言っているのか分からなかっただろう。
だが今は。
その遠回りこそが、
凛には一番まっすぐな道に見えていた。
そして翌朝。
凛は、酒造りの知恵を借りるため、
山に住むリゲルの叔母――
ベガのもとへ向かうことになった。




