七話〖決意と決闘〗
「ここまでが現実世界での話です」
8畳ほどの和室。
中央で座布団に座って向かい合った三途に対して、天子は鏡面世界に来るまでの話をした。
初対面且つ自身の事をよく思っていなさそうな相手に対して過去の話を長々するのも良くないと思い、天子は鏡面世界に来てからの話だけをしようとしたが、
三途はそれを制し、覚えている限り一番古い記憶から話すように天子に指示をした。
三途は天子が僅か3か月で鏡面世界に来た事を知らない。
まさか生まれたばかりの頃からの話を聞く事になるとは思わなかっただろう。
途中途中表情を伺っていた天子だったが、それでも不安になり、キリの良い所で一度区切って再度三途の表情を確認した。
「辛かったのねえええええん!!」
「う、うわあああ!!!!」
冷たく刺すような視線だった三途の目が一転。
うるうると涙を溜めてそのまま天子に飛び掛かった。
「どうした天子!?!?」
「大丈夫ですか!?!?」
天子の叫び声に反応して勢いよく襖が開けられる。
「なにしてんだババアアアア!!」
開けた襖の向こうに見えたのは、抱きしめられ圧し掛かられる天子の姿だった。
「だ、大丈夫!大丈夫だから!!」
救出しようとした2人の動きは天子の制止でピタリと止まった。
もう少しで怒楽の拳が三途に、流水の救いの手が天子に到達するといったところだった。
「よく生きてたわねえええん」
混沌とした状態を作り出した張本人は、目に涙を溜めたまま天子に頬ずりしている。
制止した空間で1人だけ自由。
苦笑いをした天子は2人を止めたのが本当に正解だったのか分からなくなった。
「ヨ、三途さん。続きを」
「そうだったのじゃ。わらわとした事が。なんじゃお主?見世物ではないぞ」
「三途・・・」
怒楽のこめかみがピクピクと動いた。
制止したままの拳が強く握りなおされている。
「大丈夫だから2人とももう暫く待ってて」
「本当に大丈夫ですか?」
「、、、多分?」
安心出来ない返答だったがひとまず元の位置に戻った三途を見て、2人は渋々元の部屋に戻った。
2部屋の間にある襖は僅かに開いている。
「なんじゃ?」
「いえ、なんでも」
鋭い視線に、僅かな隙間が無くなった。
「では鏡面世界に来た時の話から、、、」
気まずい空気を拭えないまま、天子は話を続けた。
鏡面世界で天子に助けられた事。
そのまま育てられた事。
赤鮫と怒楽と流水にはその時出会ったこと。
襖を隔てても伝わる2人のそわそわ具合の為に、出来るだけ掻い摘んで話を進めた。
「お主は何故天子殿に会いたいのじゃ?」
「それは・・・」
理由は漠然としている、というのが天子の正直な感想だった。
ただ会いたいから。
お別れが言えてなかったから。
都合の良い理由を探せばいくらでもあったが、品定めをするような三途の視線の前では裏目に出る気がした。
「自分は生きててもいいんだって、証明したいのかもしれません」
口をついた言葉は、頭の中で形になる前のものだった。
今まで浮かんだ会いたいという衝動の欠片を集めて1つの塊にして、〝今〟天子が紡いだ言葉。
何度も使い古したかび臭い言葉とは違って、天子が紡ぐ言葉は活き活きとした新鮮さを持っていた。
「現実世界で僕は、あんなに大事にしてくれていたお母さんに捨てられました。何も信じられなくなった後、鏡面世界に来て、そこで初めてお父さんだと思える人と出会いました」
ひとつひとつ。
ゆっくりゆっくり。
天子が言葉を紡いでいく。
相槌を入れる事もなくただ静かに三途は耳を傾けた。
「そのお父さんだと思える人が天子で、、ああ、えっと、違う。この順番じゃなくて」
「天子」
「、、はい!すみませんわかりづら───」
「ゆっくりでよい。そなたの言葉で聞く事が大事なのじゃ」
先程までとは全く異なる、慈愛に満ちた目で三途は天子を見ていた。
温かくて優しくて、期待をしているのに期待をしていない目。
天子はこの目に見覚えがあった。
(おじいちゃん、、、)
そう。
赤鮫だった。
頭を撫でてくれる時、自分が話をする時。
赤鮫は今の三途と同じ目で天子を見てくれていた。
(戻ったらちゃんと謝らないと)
冷たく接していた事。
中々顔を出さなかったこと。
それから、優しくしてくれたことに対する感謝も。
その為には早く三途に納得してもらって、用事を済ませて戻らないと。
そう考えると天子の頭はすぅっと冴えて、続いて紡ぐべき言葉がスラスラと頭の中を流れた。
「向こうでは日常的に暴力を受けて、あんなに大事にしてくれたお母さんにも捨てられて。こっちに来てからはお父さんだと思っていた人に捨てられて。もしかしたら僕は居ないほうがいい存在なんじゃないかって。今一緒に居てくれる2人ももしかしたら煩わしく思ってるんじゃないかって・・・」
天子の言葉が詰まる。
僅かに開いた襖からは今にも怒楽が飛び出してきそうだった。
「お母さんにはもう確認しにいけないから、天子に確認しにいきたいんです。何かそうしないといけない理由があったんだって。僕の事が嫌になったから捨てたわけじゃないんだって。そういう言葉が欲しいんだと思います」
口をぎゅっと結んだ天子の目には溢れそうなほどの涙が溜まっていた。
普段からこういう事を考えていたわけではない。
それでもスラスラと口をついて出たのは、これが自分の本心だからだろうという事を天子は理解していた。
2人が盗み聞きしていて話を聞いているのにも気付いている。
気付いていても、天子は話すのを辞めなかった。
無意識の内に抑え込んでいた本心は、もう天子1人の力で抑え込めるようなものではなくなっていた。
「高天原は現実世界から川を伝って渡ってきた人間が辿り着く場所であり、伝承が本来住むべき場所でもある。資格を持つ者しか存在する事の出来ない神聖な場所なのじゃ」
いつの間にか襖は完全に開いており、2人はまるで透明な壁に阻まれているかのように向こう側の部屋で三途の話に耳を傾けていた。
「本来、クデンが存在する場合は現実世界から流れ着いた者も送り返す事になっておる。今代のクデンが亡くなれば次代のクデンが流れ着き、力を継承する。そういった場なのじゃよ高天原は」
赤鮫の話によれば、少なくとも2人。
今代のクデンになってから現実世界の人間を助けている。
天子もその1人だ。
三途から齎された情報は怒楽と流水も知らないものだった。
「気軽に出入り出来てしまってはいけぬ不可侵の場。故にわらわはお主を見定める必要があった」
着物の袖から扇子を取り出し、開いて口元を隠した後、三途は鋭い眼光で天子を捉えた。
その目には実際に見えるもの以外にも多くのものが捉えられている気がした。
「天子。お主が思う以上に天子殿は様々なものを抱えておる。望んでいた答えが得られなかった時、お主は自分を失わずに居られるかの?」
「僕は、、、」
言いかけて、口を噤んだ。
望んでいた答えが得られなかった時。
それは、天子が天子を煩わしく思って捨てていた事が明確になった時。
はっきりと天子の口からそう聞かされたら・・・。
天子はその時の自分の姿を想像して、口に出す言葉を選びきれずにいた。
「少し、時間を置くとするかの」
「でも時間が、、!」
「何をそんなに焦っているのかは知らぬ。だがおそらく、ひた走ってきたのだろう?お主もあの2人も」
三途が閉じた扇子で指した先には怒楽と流水が居た。
天子と目が合った2人は、片方が苛々とした表情でもう片方がやるせない表情をしていた。
「赤鮫の事が心配なのであればわらわが様子を見てこよう。十中八九小言を言われて追い返されるとは思うがの」
「どうしてその事を、、」
「よおく見てよおく考えれば分かる事じゃ。所謂女の勘というやつじゃな」
「三途さん、、!」
「数時間で戻ってくる。それまでに靄は晴らしておけ」
敷居を挟んで3人の視線が交差する。
三途は既に家を出て赤鮫の下へと進み出していた。
「天子。表出ろ」
「えっ、、?」
「いいから!表出ろ!!」
「は、はい!」
ドスドスと足音を立てて外へ向かう怒楽は有無を言わさぬ様子だった。
いつも怒楽を諫める流水も、何も言わずに後ろについた。
もしかしたらさっきの話を聞かれてたんじゃないかという答えには、天子自身すぐに辿り着くことが出来た。
「決闘だ!!!!!!!!!」
服を脱ぎ捨てて上裸になり、大きな効果音が鳴りそうな勢いで怒楽は天子に指を突き立てた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。さっきのことなら言葉のアヤというか──」
「うるせえ!!!さっさと!かかって!きやがれ!!!」
「ちょちょっと!!!」
ドゴンッッ─────────!!!
飛び掛かり振り下ろした怒楽の拳は空振り、先程まで天子が立っていた場所にめり込んだ。
いつもの組手とは違う。
当たり所によっては大怪我では済まない威力だった。
「待って!話を聞いてってば!!!!」
「力づくでも聞かせてみせろや!!!!おらっ!逃げてばっかじゃ終わんねえぞ!!!」
右に左に。
使い方の上手くなった力で怒楽の拳を、蹴りを、難なく躱す。
そのどれもが天子の服にすら掠る様子も無かった。
右に左に嵐のように降り注ぐ拳も、天子の目には光の筋となってはっきりと見えていた。
「───惜しい」
「流水!てめえ!!邪魔してんじゃねえ!!」
「私にも思うところはあるのです」
「、、ちっ。足は引っ張るなよ」
「こっちのセリフです」
2対1。
いくら安全圏が見えるようになったからといって、体力面ではまだまだ2人に劣る。
でも話し合いに応じてくれる様子も無い。
「本気でやってもいいんだよね」
「誰に言ってやがんだ!」「随分と言うようになりましたね!」
左右からの挟撃を怒楽を跳び箱のように使って躱す。
ついでに2人の背中を足場にして大きく距離を取った。
「分かった。その代わり、背中を着いたら負けを認めて」
「出来るもんならなッ!」「甘い!!!」
時間差での攻撃もなんなく躱す。
連携が出来ないよう、2人の間から反対側に抜け出した。
「「邪魔!!!!!」」
息が合っているのか合っていないのか、2人はいがみ合いながらもタイミングがぴったりの攻撃で天子を攻め立てた。
右に左に上に下に。
隙を見ては前後で挟撃。
だがそのどれもが天子に当たる事はなく、時折相方に当たってダメージを負った。
「はあはあ、、、手を出さねえとは随分舐めてやがんなあ、、、」
「はあはあ、、、便利な力ですね、、」
「2人の癖は、、よく知ってるからね、、、はあ、、、はあ、、、力なんて使わなくても避けられるよ、、」
「そういうことは!」
「一度でも俺達に勝ってからァ!!」
「言ってください!!!」
「らあ!!!!!」
「ぐっ!!」
懐に潜り込み、地面から生えた一本の木のように真っすぐ上に繰り出された蹴りに怒楽の顎は打ち抜かれた。
全身から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
「しゃあ!!!」
「くっ!!!」
怒楽を蹴り上げた足で地面を蹴り、足を入れ替えた際の遠心力も使って流水のみぞおちに蹴りを放った。
2人共、僅か2秒の間の攻防で膝を着いた。
だが敗北の条件は背中を着くこと。
一瞬意識が飛ぼうとも激痛に見舞われようとも心は折れず、2人は膝立ちのまま大きく腕を振り払って天子を退かせた。
「効かねえなあ、、、」
「ええ、そうですね。全く」
立ち上がった2人は明らかにフラフラしている。
〝フラフラしている〟
ただそれだけだった。
意識を手放していなければ、動けない程の重傷も負っていない。
手の何倍もの威力を持つ蹴りを、気の緩んだ一点に向かって全力で放ったというのに。
2人の〝効かない〟というセリフも、100%虚勢というわけでもなかった。
「じゃあ!何回でも!当てれば!!いいだけ!!!!!だ!!!!!!!」
「効かないって」
「言ってんだろ!!」「言ってるでしょ!!」
「げほっ───」
頭に血が上って攻撃に意識が傾いた隙を見逃さなかった。
2人の攻撃が初めて綺麗に天子に入った。
だが、散々攻撃を受けた2人の拳は天子に大したダメージを与える事が出来なかった。
「そっちの攻撃こそ、、はあはあ、、けほっ、、まあああったく!!効いてない!ばーかばーか!!」
「うるせえクソガキ!!」
「生意気!なんですよ!!」
ノーガードの打ち合い。
ほとんど全てを避けていた天子は体力が残り少なく、何度も攻撃を受けた2人は消せない全身の痛みを奥歯を噛み締める事で耐えていた。
もうどちらが倒れてもおかしくない。
その状態から30分。
時には避け、時には攻撃し、自分に言い聞かせるように吐いた相手への悪口の末に、3人での決闘は決着を見せた。
「はあ、、はあ、、、くそっ」
「もう、、動けません、、、」
最後まで立っていたのは天子だった。
今まで修行で一対一でも一度も勝てた事が無いのに、2人を相手にしての勝利。
それほど、蓄積した戦闘経験に加えて力の使い方まで覚えた天子は劇的な成長を遂げていた。
─────バタンッ。
「勝った、、、。初めて2人に勝った、、、!」
2人と同じように大の字になって天を仰ぎ、拳を掲げて勝利を噛み締める。
天子の頬には涙が伝っていた。
「天子。俺は負けず嫌いだ」「私もです」
「うん。知ってる」
「この一回では絶対に終わらせねえ。何度も何度も。おめえに1人で勝てるまで、何をしても敵わないと思わせるまで挑み続ける。なあ流水!!」
「私が先に勝ちます」
「ああ¨!?!?」
全力の手合わせをしてみて、一対一だったらこれからどんどん力の使い方を覚える自分が負ける可能性はとてつもなく低いだろうなと天子理解していた。
身体の成長がない2人に比べて、自分はこれからどんどん筋力もついてくる。
負けるとすれば、年老いて身体が上手く動かせなくなってからだろう。
怒楽が伝えようとしてる事。
わざわざ決闘を仕掛けた理由。
全てを悟った天子は汚れた両手で目を覆い隠してボロボロと涙を流した。
「だから絶対に逃げんじゃねえぞ!!おめえが嫌がろうが何しようが!絶対に見つけ出して決闘を挑んでやるからな!!これは誰でもねえ俺の意思だ!!!!」
なんて不器用な2人なんだ。
少し気恥ずかしそうに、でも真っすぐに伝えてくる怒楽の言葉に、天子はそう思った。
涙の勢いはどんどんと増していく。
「う¨ん¨¨!!!!!絶対絶対!もっどづよぐなるから¨!!」
「おう!俺のほうがな!」
「私もです!」
大の字で空を仰いで。
3人は大きさの違う拳を突き合わせた。
どんな言葉よりもどんな表情よりも。
今身体中に残る疲労感が天子の不安を拭い去ってくれた。
天子が心の底から自信を持って友達が出来たと胸を張れる、初めての瞬間だった。
「では、先程の続きを聞こうかの」
大の字で倒れたまま気絶するように眠った3人は、三途に叩き起こされて風呂に入り、掘り炬燵を囲って座った。
3人分の視線が、問い掛けを受けた天子の目に注がれている。
「求めているものと違ったとしても、僕は自分を失いません。なので高天原の出入り口を教えてください」
男子三日会わざれば刮目して見よ。
三日どころか数時間で天子の目には力強さが宿っていた。
「ふっふっふ。随分と勇ましい目になったの。何がお主を変えたのじゃ?」
「この2人のこと、僕には何をしても敵わないと思わせるくらい叩きのめしてあげないといけなくなったので」
「ああ¨!?」
「なんですって!?!?」
「ふっふっふ、、、、はっはっは!!!そうかそうか」
鋭かった三途の目が和らいだ。
心底面白いといった様子を全身で表している。
「2人がかりで負けたのじゃな。くくっ」
「うるせえな三途!!」
「ふっふっふ。合格じゃ合格。非の打ち所も無い」
「ほんとですか!?!?」
「ああ勿論。目的地までは少し距離がある。案内は休んでからじゃな」
三途に怒楽が噛み付いて、2人掛かりで負けた事をいじられて流水は恥ずかしそうにして、合格を貰えた天子は立ち上がって喜びを表現する。
四者四様。
場は混沌としていた。
だがそれも、三途が用意したご飯を食べて眠くなって眠りにつくまでの僅かな時間の事だった。
島根に向けて出発してから丸一日以上動きづめ。
それに加え予定外の戦闘が3回もあった。
来客用の布団が無い事など気にも留めず、3人は大して広くもない部屋で大の字で眠りについた。
(明日天子に会えたら何を話そうかな、、、)
幸せそうな表情で天子はむにゃむにゃと夢の入り口で独り言を零す。
三途曰く、赤鮫は無事だった。
それなら起きてしばらく、目的地に辿り着くくらいまでならきっと平和だろう。
平和の先に何があるのか。
まだ分からないその先に、心地よい眠りの中で期待を抱いた。
ドオオオオオオォォォォォォォォォン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「な、なにっ!?!?!?!?」
願った平和を奪い去ったのは、
とてつもない大きさの爆発音と三途の家の一部が崩れ落ちる音だった。




