三話〖影響と自覚〗
「わ、わらわが追いかけるのじゃ」
「ワシも行こう」
「、、、無駄だよ。もう遅い」
「どうしてじゃ?2人で手分けして探せば、、」
「そういうことじゃないんだ、、」
大蛇が空間の裂け目から出た先に行く手段はある。
だがそんな事は関係無いのだと、天子は言葉に意味を込めた。
「少し、1人にしてほしい」
止めた理由を問いただす事もなく、三途と赤鮫の2人は大人しくその場を離れた。
開かれた口は行き場を失っている。
「俺が行こう」
項垂れる天子の側で1人残った神輿はそう言った。
天子の考えている事など手に取るように分かっていると言わんばかりの態度で。
「戻って来れんのだろう?見つけたところで」
「、、、うん」
「構わん。丁度飽きたところだこの場所にも」
天子の返答よりも早く、神輿は大蛇を追う為に出口である鳥居へ向かった。
本人の言葉通り、その足取りには少しの郷愁も感じられなかった。
「ワシと三途が天子の様子を見に行った頃にはもう神輿はおらんくなっとった。普段から大蛇の扱いについて言い合いをしておったからの、愛想をつかしたのかもしれん」
天子が赤鮫から聞かされたのは、神輿という一番初めに分離した伝承がいる事。
大蛇という自分以外にも別の世界から来た存在が居る事。
大蛇の事で意見が食い違っていた2人が仲違いのような形で別れた事。
流水と怒楽が神輿の事を知っているのは、その頃には天子以外の伝承が既に分離していたからだった。
「同じ存在から生まれたという意味で言えば、ワシも神輿も天子も兄弟という事になる」
「、、、、え!?」
天子が目を見開いて流水と怒楽を交互に見る。
左右に振られた頭は今すぐにでも取れて飛んで行ってしまいそうだ。
「そうなの、、?」
「血の繋がりはありませんが、、。概念で言えばそういう事になりますね」
「ええええええええええええ!!!!!!」
2人ならまだしも、赤鮫と天子の見た目年齢は少なくとも60歳は離れている。
そんな存在が兄弟だと言われてしまえば驚愕を浮かべるのも必然だろう。
赤鮫は言わなかった。
神輿のほうがもっと老いた見た目をしている事を。
「かっかっか!驚くのも無理はない。理解はまあ、、すぐには出来んじゃろうから追々すればええ。それよりも今は神輿の事じゃ」
呆け半分、傾聴半分。
どの道全てを理解しようとすることは出来ないだろうと思いつつ、赤鮫は本題に入った。
「数年前からワシの居場所を嗅ぎ付けた神輿が自前の武器を持たせた手下を差し向けて来るようになっての。何度かこの島が被害を受ける大きな攻撃もあったんじゃ。緑が減ってしまったのはそのせいじゃな」
「だ、大丈夫だった、、、んですか、、?」
「ああ。烏合の衆など取るに足らん」
「赤鮫の事なら心配するだけ無駄だぜ」
「ええ、そうですね」
神輿の刺客達は戦闘こそ素人とはいえ、持っていたのは刃物に大盾に銃火器。
赤鮫1人相手にするには過剰としか言いようがない武装をしていた。
多少なりとも地形を変形させてしまう程の攻撃ではあったのに、振り返って飄々と話す赤鮫には微塵も心の乱れは見られなかった。
「どうして神輿は赤鮫を狙っているんでしょうね」
「さあのう。あいつの考えは昔から分からん」
「恨みでも買ったんじゃねえか?」
「その可能性は充分にある。大蛇を取り逃がしてしまった責任の一端はあるからの」
「大蛇さんってちなみに今どこに、、、」
「分からん。どこに居るのかも、生きとるのか死んどるのかも。だがまあ、本当にワシの命が狙いなら、ワシに恨みを持っている大蛇を見つけ次第けしかけて来るじゃろう」
修行の時に散々痛めつけてやったからの、と赤鮫はカラカラと笑って続けた。
今のところは武器を持った鏡面世界の住人が襲ってくるだけらしい。
「神輿の狙いは分からん。ワシの命なのかワシの力なのか。それとも何か別の目的があるのか。伝承自体が狙いなら、お前らも気を付けたほうがええ」
「居場所が分かっている伝承を集めて、しばらく一緒に暮らしたほうがいいかもしれませんね」
「可能性の段階でそこまでせんでもええじゃろ。それに、何か別の理由があって訪ねて来たんじゃろう?」
「そうですね。それについては、、、」
「ごめんなさい。ちょっと頭がいっぱいで、、、少し頭を冷やしてきてもいいですか?」
「話を急いてしまったな。ゆっくり夜風に当たってくるといい」
神輿の事、兄弟といっても差し支えない存在だった事、大蛇の事、神輿の手下達が襲ってくるかもしれない事。
全てを処理するには、あまりにも一度に詰め込まれた量が多過ぎた。
「神輿には会ったんですか?こちらに来てから」
「いいや、会っとらん。国を興したと噂を聞いて一度近くまで行ったがあまりの厳重さでな。到底神輿が居るであろう場所までは行けんかった」
「赤鮫が弱気になるなんて珍しいな。そんなにヤバいのか?」
「ああ。国とはいかんが、少なくとも神輿の居城は、一国の君主が住むものと言われても差し支えは無かった。無論、警備の厳重さもな」
「乗り込みますか?」
「伝承全員が狙いの場合はな。数が減る前にまとまったほうがええ」
「三途の場所は分かるとして、、あとは出雲の場所だな」
「そうですね、、、」
「あの出雲の場所はワシも知らんの、、、数年前に一度叩きのめしてからとんと見ておらん」
流水と怒楽の少し前に分離した伝承の出雲。
喧嘩っ早く負けず嫌いの彼は見境なく喧嘩を挑んでは負けを重ねた。
そう、〝負け〟を重ねていたのだ。
残念ながら、好戦的な性格に強さは比例しなかった。
「わあああああああああ!!!!」
外から聞こえてきた天子の悲鳴に3人が飛び上がる。
「どうした天子ぉ!!!」
「ひ、人が氷で氷が人で!!!!!」
砂浜の方向を指差す天子の言葉は容量を得なかった。
「たのもおおおおおおおおお!!!!!!」
天子の発言、聞こえてきた声。
辺りは暗く、声の主はいまいち見えないというのに3人は同時に頭を抱えた。
「あのバカ、、、」
「噂をすれば、ですね」
想定していたものと全く違う反応に天子の混乱は加速した。
まさか第一発見者の自分1人が置いていかれる事になるだなんて。
「赤鮫!!俺と一騎打ちをしろ!!!!」
船を漕いで辿り着いた砂浜。
そこには腕を組んで仁王立ちをした男が居た。
側には氷で出来た剣が突き立てられている。
「面倒だ。お前ら2人で相手をしろ」
「まじかよ」
「早く終わらせましょう」
「おい!逃げるのか赤鮫!!!!おい!!!!!」
近くに居た鏡面世界の住人が何があったのかと覗き込んでくるほどの声量と剣幕。
だが赤鮫はそんなものは微塵も意に介さず、船を近くの岩に固定しに向かっていた。
「諦めろ出雲。さっさとやんぞ」
「1人でどうぞ。私は静観しておきます」
「ああ!?サボりやがって」
「どいつもこいつも、、、、。うがああああああ!!!!!!」
苛立つ様子を隠そうともせず頭を掻き毟る出雲は、突き立てた氷の剣を使う事もなく怒楽に飛び掛かった。
「あの人の能力って、、」
「あそこに突き立ててある氷の剣ですね。触れた生物を氷の剣に変える事が出来ます」
「生物、、?」
天子の脳裏に先程暗闇の中で見えた姿が過る。
出雲ともう1人、確かに居た。
性別や年齢は分からなかったが確かに居た。
だが、氷の剣が出現すると同時に消えた。
「ええ。剣の長さは元となった生物の全長におおよそ依存するので、おそらくあの剣の素は人間でしょうね」
天子の淡い希望はあっさりと潰えた。
暗闇で遠方で、もしかしたら見間違えかもしれないと思っていたのに。
「ぐっ、、、!くそが!!!」
「どうした雑魚が!!!まだ剣も使ってないぞ!!!!」
「うるせええええええ!!!」
「手伝いましょうか?」
「黙ってみてやがれ。おらああああああ!!!!」
吹き飛ばされた怒楽が鼻血を勢いよく吹いて態勢を立て直す。
圧倒的な差は無いとは言え、2人の差は手数が増えるごとに如実に現れていた。
「あの剣、、さ。変えられちゃった人はどうなるの、、?」
「この世界でですか?」
「ううん。現実世界で」
「聞かないほうがいいですね」
鏡面世界の住人は現実世界の住人の写し鏡。
影響を及ぼす力に関しては、その逆も然りだった。
出雲に氷の剣にされた生物は、一定時間が経過すると元に戻れなくなる。
今砂浜に突き立てられている氷の剣も例外なくそのルールに該当する。
そして、この世界で氷の剣に変えられた生物は、現実世界でも凍死やそれに近しい死に方を数日後にする事になる。
例え今現実世界で元気に過ごしていたとしても、鏡面世界で氷の剣から戻れなくなった時点で死に方すら選べず余命が定められてしまうのだ。
「助けられないんだよね」
「ええ。溶かしたところでもう水になるだけでしょう」
そんな事なら人の状態で生きている姿を見たくはなかった。
天子は、静かに突き立てられたままの氷の剣に生きていた頃の姿を重ねてそう思った。
きっと、天子以外にはあの剣が無機物に見えている事だろう。
「ワシは2人で、、と言ったはずじゃが」
「す、すぐに加勢します」
「天子。ここは危ない。あっちで見よう」
「大丈夫です。出来るだけ近くで見たくて」
「そうかそうか。気を付けるんじゃぞ」
氷の剣の元の姿を知る人物は2人しか居なくて、素となった人物を弔う気持ちがあるのは自分しか居ない。
天子はその一心で、戦闘に巻き込まれる可能性がある事を理解しつつその場に留まった。
赤鮫は少し離れた位置の岩に腰掛けて完全に観戦モードだ。
「いらねえんだよお前の助けなんて、、よっと!おら!」
「貴方が時間を掛けるせいで私が起こられたんですよ、、っと!」
流水が加勢したことで完全に形勢は逆転し、出雲の攻撃は一撃も思い描いた通りに届いていない。
流水が受け流して怒楽が打ち込む。
怯んだ隙に流水が打ち込んで、逃げ道を塞ぐように移動した怒楽が大振りの一撃で吹き飛ばす。
口調こそいがみ合っているが、どこからどう見ても阿吽の呼吸でこれ以上ないほどの連携力だった。
「くっ、、そっ、、、がああああああ!!!!!」
「おっと」
「あっぶねえ」
耐えかねた出雲が反撃不可能と思われた逆さまの体勢のまま足を開いて身体を回転させる。
2人の連携の取れた連撃から解放された出雲はそのまま飛び退き距離を置いた。
「手加減してたらいい気になりやがって、、、」
飛び退いた先の氷の剣を抜いた出雲が構える。
周囲の空気は氷点下まで冷やされ、3人の吐く息には白く色が付いた。
「おら!おらおらおらおらおらおら!!!!!!」
「邪魔だ!!」
「貴方こそ邪魔です!!!」
「おらおら!どうした!?!?手応えがなくなってきてんぞごrrrるあああ!!」
「「うるっせえ!!!」」
「おっと、、!あぶねえあぶねえ。前座にしてはやるじゃねえか、、」
出雲の剣を握る力が強まる。
同時に、周囲に漂う冷気も強まっていった。
「お前達、修行をサボっておったな?」
冷気よりも冷たく響く声が届く。
それは、数十メートル後方に居た赤鮫から発せられたものだった。
「いやいや、、、。準備運動に決まってんだろこんくれえ」
「ええ、ええ、勿論。ここからが本領ですよ」
ガッ──ガッガッ─────
「「足引っ張んなよ」」ヒソヒソ
鼓舞し合うと見せかけてお互いにただ相手の事を殴りながら、赤鮫に届かない程度の声量で作戦を立てる2人。
出雲は今にも飛び掛かりそうな雰囲気で上着を脱ぎ捨てて前傾姿勢になった。
「いくぞオラァ!!!」
「右!」
「下だ!」
「次!」
「次!!」
「「次!!!!!」」
「ぐっ!おっ!?!?なn、、くそっ!くそっ!!!!」
先程までの劣勢が嘘のように気持ちよく攻撃が通る。
協力をしての連撃を通り越した1体の生物のような攻撃を右に左に上に下に。
出雲に反撃の隙を与えない。
ストレスが溜まり剣の振りが大雑把になってきているのは傍目から見ても明らかだった。
「ぺっ!くそっ!見えね───」
「よっ」
ドゴッ───
「っと」
バキッ────
「がはっ、、、、!」
ドッドッドッ────ズサ────。
砂を使っての目潰しからの息のあった同時攻撃で、出雲は質量を無視した速度で弾き飛ばされた。
砂浜に打ち捨てられ、ごぽっと1度血を吐く。
「くそっ!くそっ!!!
くそくそくそくそくそくそくそ!!!!!」
悔しそうに倒れたまま何度も砂浜を叩く。
時折咳き込む声に血が混じった。
「もう諦めろよ!雑魚が!!」
「1人で手こずっていたくせに何を」
「ああ!?次はおめえを相手してやってもいいんだぞ!?!?!?」
「糞共がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!失せろ!奪国の氷河!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「「─────────ッ!?!?!?!?!??!?」」
キイィィィィィィィィィィィィン──────────────────────
出雲が叫ぶ。
2人が何かを察知して数十メートル飛び退く。
あまりの騒がしさに野次馬していた人々が一気に氷の剣に変えられる。
これら3つが起こったのは四捨五入をすれば同時だった。
「完全変態、、、ですか。危なかったですね」
「くっくっく、、、!!!はーはっは!!!!!こっからが本番だろうがゴミクソ共が!!!」
一番近くにあった剣を手に取り、出雲は双剣の構えになった。
軽々と振り回す姿に、先程までの傷の影響は無いように見えた。
「ちっ!厄介だな!」
「ええそうですね。浅知恵の二刀流という様子では無さそうで────」
「馬鹿者共!!!何をしてる!!!!!!天子を助けんか!!!!!!!」
「「ッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」」
〝人々が一気に氷の剣に変えられる〟
その中には近くで見ていた天子も含まれていた。
出雲が持つものよりは一回りほど小さい氷の剣が、ぽつんと一本離れた位置に突き立っている。
「「てめえええええええええ!!!!!!」」
「オラアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!ぐっ──────」
ドサッ─────
「そこまでだ。もう充分じゃろうて」
「「ゆるさねえええええ!!!!!」」
「ええ加減にせえ」
ガッ────ドサッ
────ドサッ。
合計3撃。
喉元への攻撃を1つ。
首の後ろへの攻撃を2つ。
杖を使ってのたったそれだけの動作であっという間に3人を制圧した。
ヒイィィィィィィィィン─────────────
出雲が意識を手放すのと同時に、凝縮されて氷の剣として集約されていた冷気は周囲に霧散した。
氷の剣があった場所には、素となった人物達が倒れている。
たった10秒ほどとはいえ別の物質に変えられていた人々は、意識を取り戻すのにしばらくの時間と労力を費やした。
「伝承の自覚の無い者達ばかり、、、先が思いやられる」
砂浜に倒れ伏す3人に、赤鮫はそう吐き捨てた。
多量の溜息を含めて。




