二話〖縛られる者と縛られぬ者〗
「早くしろ!乗り遅れるぞ!!」
「ちょっと待って!!!」
夕方。
空き家から移動した3人は最寄りの駅に来ていた。
切符は勿論買わない。
改札を乗り越えてすし詰め状態の電車に飛び乗る。
トゥルルルルル──。
発車のベルと共に扉が閉まり、車内のすし詰め状態は更に悪化した。
360度ヒト、ヒト、ヒト。
天子に関しては埋もれてしまって360度どころの騒ぎではなくなってしまっていた。
目の前にある灰色の鞄で顔が潰れてしまっている。
「ふふふっ」
「ちょっほいははきふぁらわないへよ」
「潰れている天子があまりにも面白くて」
動く隙間など無いように見えるが、電車の揺れに合わせて右に左に。
その度に天子の顔は鞄に潰されて右に左に。
柔らかく張りのある天子の頬はパン生地のごとくこねられた。
「わっわっ」
「そこなら安全だろ」
「い、いいのかな」
「ええ、まあ大丈夫でしょう。あちらの世界のルールは知りませんが」
「関係ねえよそんなもん」
見かねた怒楽が天子を荷物棚に上げる。
クッション性などなく座り心地は皆無の金網だが、潰される心配はなくなり天子はほっと胸を撫で下ろした。
「こんだけ空いてんだからコイツらも乗ればいいのにな」
「マナーというものがあるのですよ、怒楽」
「マナーがなってないんだとよ、天子」
「そ、そうだよね。降りないとだよね」
「あ、いえ。そういう意味で言ったわけでは」
『おい!静かにしろよさっきから』
鏡面世界の住人は、現実世界の自分が寝ている間しか自由に過ごせない。
他の乗客など気にも留めない様子で話す3人を咎めたのは、身体の自由を手に入れた怒楽の目の前の座席に座る男だった。
『そうだそうだ!』
『電車の中は静かにしないといけないんだぞ!』
あれよあれよと非難の声が車両内に広がっていく。
静かな車内ではひとつひとつの声がよく響いた。
「うるっせえな。自分のことも自由に出来ねえ雑魚がよ」
『ちょ、調子に乗るな!』
セリフとは異なり、怒楽に睨みつけられた男からは先程までの威勢は微塵も感じられなかった。
抱えていた鞄で必死に顔を隠している。
「平凡な彼らに多くを求めてはいけませんよ、怒楽」
座席の男がちらりと顔を上げると、虫けらでも見るような目をした流水が居た。
喧嘩を売る相手を間違えた。
座席の男の表情が分かりやすく暗転する。
蛇に睨まれた蛙。
いや、この場合は蛙に睨まれた昆虫と言うべきかもしれない。
「あんまり揉めないでよ2人とも」
優しくではあるが2人を注意する天子が座席の男には天使に見えた。
現実世界でのルールに置き換えるなら、天子の行動が一番非難されそうだという事は冷や汗を掻く男の前ではどうでもよい事だった。
見上げる目には信仰の色が宿っている。
「意識があるのに動けないってしんどいのかな」
「さあな」
「私達には分からない感覚ですね」
この世界で自由に動けるのは天子を除いて伝承と呼ばれる存在の8人だけだった。
それは、鏡面世界で生まれ、鏡面世界で育ったからこその境遇。
伝承と呼ばれる彼らは代々力と存在を受け継ぎ、鏡面世界を生きている。
力を持った人間、よりも、人間の形をした力とするほうが彼らを言い表す言葉としては適していた。
「天子に力を貰ってなかったらどうなってたのかな、、」
天子は鏡面世界の住人ではない。
現実世界で生まれ、生死の境を彷徨って肉体を持ったまま鏡面世界に辿り着いた。
天子から力を受け継ぎ伝承となったが、天子自身の存在は伝承とも鏡面世界の住人とも違う。
言うなれば、この世界で唯一の人間だった。
力を持たずにあの場所から離れていたらどうなっていたのか。
確認のしようのない事が、天子の頭の中をぐるぐると巡っていた。
「まあ気にしてもしゃあねえだろ」
「ちょっちょっと!ダメだよ!」
話が逸れて解放されたと思っていた座席の男に怒楽が座る。
そのまま両腕を大きく広げて、関係の無い両隣の乗客の頭をひじ掛けにしてくつろいだ。
「全く。下品なんですよアナタのやり方は」
そう言いながら、流水は自分にバランスを崩して自分に体重を預けてきた乗客の力を受け流して怒楽にぶつけた。
現実世界ではきっと、怒楽に座られている男にぶつかっているのだろう。
「いってぇな。どっちが下品なんだよ」
「ふふふっ。偶然ですよ、偶然」
数分前にあった非難の声は既になく、再び静かになった車内で怒楽の怒号と流水の怪しい笑い声が響いた。
「大人しくしててよ2人とも、、、」
荷物棚で1人、頭を抱える天子の気持ちなど知る由もなく。
乗り換えをしながら電車に揺られること約3時間。
3人は鳥取駅に到着した。
空には灰色の星と月が浮かんでいる。
「こっからどうだったか」
「歩きですね。他の交通手段もあると思いますが、、」
「窮屈なのはもうごめんだ。身体の自由が利かねえ」
自由が奪われた様子はなかったけど、、、?
と口にするのを天子はやめた。
ここに来るまで注意をするのに疲れてしまったから。
聞き入れられたものはその内のひとつも無かったが。
「緊張しますか?」
歩き始めて数十分。
天子の表情が強張っていることに流水が気付いた。
「ちょっとね」
顔を引き攣らせた天子の脳裏には6年前の赤鮫の表情が思い浮かんでいた。
二度と会いたくなかったと思われていないだろうか。
都合の良い時だけ訪ねて来るなんてと思わせてしまわないだろうか。
色々な想いが天子の胸中をぐるぐると渦巻く。
赤鮫が孫のように自分の事を大事に想ってくれている事を天子は知っている。
言葉で直接言われた事もあるが、何より普段からの接し方や声色に表れていた。
不安は杞憂に終わるだろう。
優しく出迎えてくれるだろう。
頭ではそう理解しているのに、都合の良い可能性だけ残す事を心が拒否していた。
(会ったらまず謝って、、それから、、)
ずかずかと後ろを気にせず歩いていく怒楽に必死に着いて行きながら頭を回す。
天子の頭を駆け巡るのは、親に2度捨てられた経験。
一度目は現実世界で、二度目は鏡面世界で。
二度目はきっと、理由は分からないけど自分の為を思って取ってくれた行動だったんだろうなと思うけど、それでも離れる事を選択されたという事実は天子の心の深いところにこべりついていた。
自分はきっと、誰かに必要とされる存在ではないんだ。
(孫だと思ってくれていた赤鮫もきっと、、)
仕方なく育てていただけで自分の事を必要とはしていない。
怒楽も流水もきっと。
(大丈夫。大丈夫、、、)
心に引き摺られて、思考もどんどんと暗くなってくる。
会う事を拒まれたら?
すぐに追い返されたら?
帰りの電車があるかは分からない。
そうなれば空き家か野宿を出来る場所を探さないとダメだろう。
(食べ物はまだあるから、、、)
思考に足を引き摺られて怒楽に追い着けなくならないようにと、天子は断られた際にどうするかを考える事で圧し掛かる重さを振り払った。
いや、目を背けたと言ったほうが適切かもしれない。
先程まで心配していた流水も、今は怒楽と言い合いをしながらずんずんと前に進んでいる。
道を覚えていない天子は決して置いて行かれるわけにはいかなかった。
「着きましたよ。天子」
「着い、、、た」
天子の口から洩れた言葉は漸く着いたという感想ではなく、まだ何も整理出来ていないのにという焦燥に似た感情だった。
場所は砂浜。
眼前には視界いっぱいの海と数百メートル先にある小さな島。
その島こそ赤鮫が居を構える淤岐ノ島 だ。
「船、、船!探さないとね!」
「船なんていらねえよ」
泳ぎ、、?
驚愕を隠せずにいる天子には目もくれず、怒楽は真上を向くほど上半身を大きく逸らして息を吸い込んだ。
「おおおおおおおおおおおおい!!!
じじいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!
来たぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」
あまりの声量に砂浜が波打った、、、ような気がした。
それほど怒楽の声は大きく、直前に気付いた流水は耳を塞いで難を逃れたが、天子は音の爆弾の直撃を受けた。
気を失ってこそいないが今にも倒れそうだ。
ゲーム風に言うなら「天子は混乱している!」といった様相だった。
「あれ???流水が5人に見える」
「怒楽、、、、」
「がははは!!流石に聞こえるだろこれなら!」
「塞いでいてもキンキンするくらいですからね」
「あはは、ほんとだ~。キンキンする~~」
天子は白目の直前のような目で砂浜をふらふらと漂った。
残る足跡はバラバラで、全く規則性が無い。
「その、、なんだ。悪かった」
「だあいじょうぶぅ~」
全然大丈夫では無さそうだった。
少なくとも、人の迷惑など我関せずな怒楽が謝ってしまうほどには。
キィ────
キィキィ──────
どこからか、金属の軋むような音が聞こえてくる。
規則的にも不規則的にも聞こえる音だった。
「来たな」
「ええ」
2人の視線の先には木製の舟を漕ぐ人影があった。
この辺りには街頭も少なく、目が良くなければ人であることが分からないくらいの距離だ。
見る人によっては船と人が一体になったような黒い塊が、キシキシと音を立ててゆっくり近付いてくるようにしか感じないだろう。
先程までの騒々しい雰囲気から一変、ホラーな雰囲気に塗り替えられてしまった。
キィ────
キィキィ──────
近付く程に、音も姿もはっきりとしてきた。
木製の舟は辛うじて10人が乗れるかといったサイズで、そこには恰幅の良い老人が1人乗っていた。
漕ぐスピードはゆっくりなのに進む速度は速く、ぐんぐんと3人が居る場所へと近付いてくる。
「じいさん!久しぶ────いたっ!いってえええ!!」
「いっつ!!!」
「やかましい声を出しよって。悪童共が」
「な、なんで私まで」
「ついでだ」
上陸早々。
船が流されないように固定するよりも早く一歩目を踏みしめた赤鮫は、2人がガードするよりも早く拳骨を落とし、耳たぶを引っ張って天子の下へと連れて行った。
その距離僅か3mほど。
わざわざ連れて行く必要は無かった。
「大きくなったな、天子」
「は、はい。お久しぶり、、です」
天子の身体は正常に戻っている。
だがそれでも目は泳いでいたし言葉は詰まった。
怒楽の大声で一度有耶無耶にはなったものの、天子の焦燥はまだ微塵も落ち着いていなかったから。
「じ、じいさん!舟が流されてんぞ!!」
「そうか」
「え、は、おい!!おおおおおおい!!!」
「流されたんなら取ってくりゃええじゃろ」
「ですよねえええええ」
怒楽と流水。
2人仲良く放物線を描いて、海の上に漂う舟に向かって15mほど投げ飛ばされた。
狙いが適当だったせいで2人とも海に落ちたが。
「───ッ!?」
赤鮫の手が天子に伸びる。
次は自分の番かと身体を小さくして身構えた。
「良く来た。ゆっくりしていくといい」
頭を撫でる赤鮫の手には、一時的に焦燥を落ち着けるに足る充分な優しさが詰まっていた。
「全くお前達は。あの程度で姿勢を崩すとは」
「「はい」」
「大体なんだ突然。事前に手紙も寄越さずに」
「「すみません」」
丸々と膨れ上がったたんこぶを携えて、2人はお茶を淹れる動作のついでで説教を受けた。
天子は1人席に着き、壁際でしおらしく正座をする2人を見る。
昔はよく見た光景ではあったが、流水はともかく怒楽があんなにも大人しくなるのは随分と久しぶりだった。
原因は勿論、2人の師匠である赤鮫だ。
ここ、淤岐ノ島に来るまでの間に叱られ、着いてからも叱られ、家に入る前にこってり絞られて搾りカスのようになってしまった。
「熱いぞ。気を付けて飲め」
「は、はい」
2人が叱られている様子を見ていた天子も、安全圏に居る自負があるとはいえ完全に委縮してしまっていた。
自分にも矛先が向くのではないかという不安からではなく、どう足掻いてもコントロール出来なかった2人があんなにもしおらしくなってしまう相手が目の前にいるのだという事実が要因となっていた。
心なしか、身体のサイズも小さく縮んでいるように見える。
さながらオブジェのようだった。
「元気にしておったか?」
「はい」
「そうかそうか」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
気まずい空気が流れる。
部屋の中にはお茶をすする音だけが響いた。
いつもはもう少し落ち着いてほしいと思う2人にすら、今は何か発言してほしいと天子は切に願った。
「今はどの辺りを拠点にしているんだ?」
「大阪、、ですかね。関西を色々と」
「固定の拠点は持たないのか」
「その、、、色々と、、」
「なるほどのぅ、、、」
赤鮫の視線が壁際の2人を捉えた。
言葉を濁した天子の努力は虚しく散った。
「力になってやれと伝えていたはずだが?」
「「すみません」」
「何か力になってやれた事はあるか?え?」
「追手を落ち着かせたり、、」
「追手から身を隠したり」
「その追手は誰のせいじゃ」
「「、、、すみません」」
2人のたんこぶはまるで子供が夢描く多段アイスクリームのように積み上がった。
もう少しで天井についてしまいそうだ。
「師匠として詫びよう。迷惑を掛けた」
「あ、いやっ。そんな!2人はいつも助けてもらっててっ」
「少なくとも、ここに居る間は腰を落ち着けるといい。身の安全と馬鹿弟子2人の監視は保障しよう」
「は、ははっ。ありがとう、ございます」
「お前達もいつまでそこで座っているんだ。早く席へ着け」
「「・・・・・・」」
2人は言葉を飲み込んだ。
言いたい事は全て顔に出ていたが。
「ところで赤鮫。この島、もう少し緑豊かじゃなかったですか?」
赤鮫が住む淤岐ノ島は、島というより巨大な岩に近い。
砂浜から離れた位置にぽつんと巨大な岩があり、その上に植物が自生している。
赤鮫の家は砂浜から見て反対側の岸壁の窪みに建てられていた。
「ここ最近神輿の手下どもがよく来るようになってな」
「それはまた突然ですね、、」
「噂じゃ淡路島に居を構えて国を興しとるらしい」
「、、、?」
神輿。
天子は赤子の頃の記憶まで遡ったが、その名前に聞き覚えは無かった。
だが、年長者の赤鮫のみならず2人ともが知っている様子だ。
少なくとも、あの場所を出てから出会った関係性ではない事は理解出来た。
「天子には話しておらんのか?」
「ええ。いずれ時が来ればとは思っていましたが」
「もういいんじゃねえか?話しても」
「そうじゃな。せっかくの機会じゃ。話しておこう」
「元々、ワシも馬鹿弟子2人も天子から生まれた存在でな。最も初めに生み出されたのが神輿じゃった」
数百年前。
天子から1つの伝承が分離した。
創造の力を持つその者の名は神輿。
「具合は?」
「悪くはない」
目を開けてすぐ、周囲を見回し肩を鳴らして伸びをする。
初めて自分の身体で世界に触れたとは思えないほど、神輿は落ち着いていた。
「名前は、、神輿。力は、、こうか?」
興味津々といった様子で自らの手の平を見つめると、頭の中にある感覚を頼りに力を行使した。
両の腕は猿の見た目になり、左の手の平には白い水、右の手の平には黒い油の塊が浮かび上がっている。
神輿はおもむろにそのふたつを近付け、イメージを具現化するように混ぜ合わせた。
初めはまだらで混ざり合う様子などなかった水と油が、神輿の手によって少しずつ混ざっていく。
別々の液体がひとつの灰色の液体に、灰色の液体が紙粘土のように。
色を変え、材質を変え。
次第にサイズまでが自在に変わっていった。
「こんなものか。まだ若干の差異はあるが」
神輿が両手で端を掴んで広げたのは一着の着物だった。
着物の元となったのは白い水と黒い油。
だが肌触りはしっとりと絹のようで、丁寧な仕事で作り込まれた綺麗な織り目が規則正しく並んでいた。
「良く似合ってる」
「必要か?」
「一着お願いしてもいい?」
「構わん。力を慣らす為だ」
慣れた手付きで着物を着た後、神輿は先程と同じ手順で水と油を練り合わせた。
その手付きに迷いは無く、一着目よりも早く、それでいてより洗練されたデザインの着物を作り上げた。
「、、、良い」
広げて見て、触って、裏返して見て。
天子の表情は想像の数段上だった着物を見る事で分かりやすくほころんだ。
「ありがとう、神輿。大事に着させてもらうよ」
「大した事ではない」
冷静に返す神輿は、落ち着かない様子で水と油を生成し、2本の扇子を誂えた。
扇子にはそれぞれの着物と同じ柄が描かれている。
「俺を分離したのは何か必要に駆られての事か?」
「必要、、うん。そうだね」
「何が必要だ」
「あ~、そういうわけではないんだ。何かをしてほしいわけではなくて」
口籠る天子の様子に、神輿はそれ以上何かを訊ねる事をやめた。
「それは?」
神輿の人格が分離されてから数十年。
空を流れる現世の川から一人の子供が降ってきた。
真下に構えていた天子が優しく受け止めており、子供にはひとつの怪我も無い。
だが、元々は川で溺れていた子供。
怪我こそなくとも水を大量に飲んでおり、生死の境を彷徨っている。
「話は後。この子が入れるくらいの桶とぬるま湯。あとは身体を拭く物と着る物をお願い」
神輿はそれ以上問答をする事もなく、言われた通りの準備をした。
十数年で力の使い方にすっかり慣れた神輿にとって、天子の注文は救命活動が始まる前に終えてしまうほど容易なものだった。
(なんと毒々しい色か、、)
灰色のこの世界で、振ってきた死にかけの子供は服も肌も髪も口も、多種多様な色を持っている。
あんなものに触れて大丈夫なのだろうか。
準備を終えて暇になった神輿は、今現在死にかけの子供より、毒に侵される可能性のある天子の心配をした。
あの胸を押す行動にはなんの意味があるのか。
口の中に息を吹き込む行動にはなんの意味があるのか。
例え意味があろうとも、頼まれたところで自分がするのは嫌だなと神輿は鼻で笑った。
「ごほっ、、、!がっ!おぇっ」
「よし、、!よし!!」
天子の献身により、子供は無事に息を吹き返した。
お風呂に入れ、服を着せ、温かい寝床で休ませた後、天子は子供に大蛇の力と名を与えた。
「何故育てる?あのような弱き者を」
広原にぽつりと座る神輿と天子。
2人の視線の先には木刀で素振りをする大蛇の姿があった。
拾われてから1年。
16歳になった大蛇は成長期故に急激に身体が成長しているとはいえ、神輿から見ればそこらの小枝と変わらないようなひ弱さをしていた。
振り下ろす木刀のなんと遅きことか。
支える足のなんと不安定なことか。
碌に火も起こせず1人で生きていく術を持たない大蛇を時間のほとんどを掛けて育てる天子の気持ちが、神輿には全く理解出来なかった。
「色々とね、理由があるんだ」
「立て続けに三途と赤鮫を分離したのもそれか?」
「ははっ。気付かれちゃった?」
神輿の時と同じように、ここ数か月で天子は2つの伝承を分離した。
名前は三途と赤鮫。
今は2人とも力を使いこなす為の修行に出ていた。
「は~~~。疲れた。休憩はまだ?」
「もう少し頑張ってみないか?」
「いやいや。もう100回も素振りしたよ?充分でしょ。へとへとでさ~」
「まあ、うん。そうだね。少し早いけど休憩にしようか」
命を助けてから1年。
毒々しい色をした現実世界の人間は、与えられた大蛇の力を2割も使いこなせていなかった。
初めこそ言われた通り真面目に修行をしていたが、天子が自分に強く出られない事を知るや否や要求ばかりをするようになった。
それでもまだ今日は修行の場に来ているだけ良かった。
サボる時はとことんサボり、逃走し、疲れたら帰って寝る。
そんな態度を取られても天子は軽く注意するに留め、大蛇の態度が横柄になるのを助長した。
様子を見かねていた神輿だったが、あえて直接的に提言する事もなくただただ心の中で呆れるに留めた。
何故あんなやつを。
何故言われるがままに。
思うところがありつつ天子にもどうしようもない理由があることを理解していたから。
(下手に出よって、、)
丁寧に丁寧に。
大蛇が修行を嫌になってしまわないように指導をして、少しでも嫌な顔をされると謝る天子の姿を見て、神輿は溜息が止まらなかった。
「そうじゃそうじゃ。上手く力を使いこなせておるの」
「くそっ!当たんねえええ!!赤鮫くたばれ!!!!」
「その程度ではあたらんわ。ほれ足」
「くそっ!!!」
2年。
一時的に戻ってきていた三途と赤鮫と修行させる計画が功を奏して、大蛇は真面目に修行に取り組むようになった。
真面目に、というよりいつも投げられたり殴られたりをしている赤鮫に一撃を入れる事に全神経を注いでるといった感じだが。
優しく丁寧に教えられるよりそのほうが性に合っていたのだろう。
激しく動きながらも大蛇は力をほとんど使いこなせるようになっていた。
赤鮫に一撃も入れられないのは単純な身体能力の差と動きが単純過ぎる事が理由だった。
「三途も見てねえで手伝いやがれッ!!」
「誰がババアじゃ」
「うああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
三途に投げ飛ばされた大蛇が地面と再会出来たのは10数回転した後だった。
「目が、、目が回る、、、」
10m以上は投げ飛ばされたというのに大した傷は無く、地面にひれ伏したままただひたすらに目を回していた。
烈火のごとき赤鮫への怒りはすっかり霧散してしまった様子だった。
「何をやっておるんだ。調子が出てきていたところだというのに」
「れでぃを侮辱した罪は重いのじゃ」
「何がレディじゃ。えげつない力を持っとる癖に」
「なんじゃ?燃やされたいのか?え?」
「ほっほっほ。怒るとシワが増えるぞ」
「、、消し炭も残してやらん」
大蛇が離脱して2人がやり合う。
ここ数か月、毎日のように同じ光景が繰り返されていた。
しばらく様子を見た後、いつもであれば歯止めが利かなくなってきたタイミングで天子が止めに入るのだが、今日は1人で瞑想をしに出掛けていてこの場に居ない。
(なんと面倒な事か)
必然的に暴走する2人を止める役目は神輿だった。
止めずに決着が付くまで眺めていてやろうか。
あまりの面倒くささに神輿は岩の上であぐらを掻きながらそう考えた。
「赤鮫!!!!!」
「三途!!!!!」
あまりにも激しい攻撃の応酬。
余波だけで近くに居た大蛇は吹き飛ばされてしまった。
神輿であれば止められる。
神輿であれば数秒で2人を昏倒させられる。
だが───
(ああ、面倒だ)
やる気が起きるかはまた別の話だった。
結局、より面倒な事態になる前に動くのだが。
さらに1年後、事件は起きた。
いつもと同じように3人が修行している時の事だった。
「くっくっくっ!!!はっはっは!!!!!もういい!!もう充分だ!!!」
「大蛇、、、。お主、、、」
爆音と土煙の後、片腕が吹き飛んだ三途と人の形を保ったままイタチのような見た目になった大蛇の姿が現れた。
身体の一部のみ変質して力を行使する普段のやり方ではなく、全身が変質する完全変態。
伝承本来の力を全て引き出す完全変態を、大蛇はいつの間にか会得していた。
「いち、に、さん、よん。全員勢揃いは流石に分が悪いか、、、ちっ」
完全変態を遂げた大蛇は全身が刃そのもの。
軽く振るえば地面が裂け、強く振るえば空間が歪む。
完全変態する事により目に見えないものも切れるようになっていた。
神輿が風切り音を鳴らしながら投げたいくつもの槍も、腕の一振りでただの残骸へと変わった。
「大蛇、、?どうした?なにか嫌な事があったか?そうだ、今日はもう修行をやめて」
「うるっせえんだよお前!!頼んでもねえのに勝手に助けて父親面しやがって!!!ジジイもババアもおめえも!!!!!朝から晩まで馬鹿みてえに修行修行ってよ!!!!!誰が強くなりたいって頼んだ!!!誰が生きたいって頼んだ!?!?!?!?!?!?、、、はあ、、、はあ。もう、、うんざりなんだよ」
一息で全てを吐き出すと大蛇は剣を持った右腕をスッとあげた。
そのままゆっくりと真下に振り下ろす。
剣先が触れた箇所からゆっくりと、一筋に空間が裂ける。
薄く裂けた空間の膜の向こうに、別の空間が見えた。
「ま、待って」
「・・・俺はもう何にも縛られない。好きに生きる」
空間の裂け目から大蛇が別の世界へ消える。
通ったそばから裂け目はファスナーを閉めるように閉じていった。
「ああ、、、、」
弱弱しく手を伸ばしたまま、天子はその場で崩れ落ちた。




