一話〖現実世界と鏡面世界〗
「言われた通り気絶をさせはしたが、こやつらをどうするつもりじゃ?」
「外の世界に連れ出してやってほしい」
「天子、お主は?」
「残るよ。こんな私でもまだ出来る事はある」
穏やかな川のせせらぎを背に、天子は決意の籠った目で赤鮫に微笑んでみせた。
伸ばされた手は、赤鮫に抱えられた天子の頭を優しく撫でている。
「おとう、、、さん、、」
「早く。天子が目覚める前に」
ここを出てしまえば二度と帰ってこられない。
そう理解しているからこそ、言葉と表情が大きく矛盾していた。
赤鮫の背後には鳥居がある。
今にも崩れ落ちそうな決意を汲み取り、赤鮫は何も言わずに振り返って鳥居を潜った。
「願わくば、、、神輿の助けになってあげてくれ」
天子がぽそりと呟く。
鳥居の向こう。
全く別の世界へ踏み入れていた赤鮫には、当然届くはずもなかった。
細い細い。
後悔にも似た願いの声は。
~~~7年後~~~
「2人とも!こっち!!」
「おうよ!!」
「わかりました!」
建物の隙間を縦横無尽。
時に民家の屋根を超え、時にビルの隙間を縫うように走る。
先頭を行く天子は10歳とは思えない脚力で同行者の2人を引き連れる。
「流水!!前の集団の怒りを鎮めて!!」
「お安い御用ですよ、、、っと」
流水と呼ばれた細身で眼鏡のいかにもエリートサラリーマンといった出で立ちの男が天子の前に飛び出す。
前方から襲い掛かってくる集団に向けられた手は蛙そのもので、手の平から少し離れた位置に形成された水の塊は少しずつ大きくなっていた。
『挟み撃ちだ!もう逃げられねえぞてめえら!!今日という今日は、、!!!!』
「まあまあ。これで少し落ち着いてください」
流水の手の前に形成された水球が細かく分かれ、水鉄砲のように進路を塞ぐ集団の眉間に命中した。
『いたっ、、、くない?あれ?』
『なんかもういい気がしてきたな』
『そうだな。こんなところまで追ってくるほどのものじゃないよな』
進路を塞いでいた集団は、先程までの怒り狂った様子がまるで幻だったかのように大人しくなり、手に持っていた武器を地面に投げ捨てた。
気勢を削がれるという言葉がそのままぴたりと当てはまる様子だ。
だが相変わらずその場に留まり、進路を塞いでいる。
唐突な感情の変化に脳の処理が追い付いていなかった。
「飛び越えるよ2人とも!」
「おう!!」
「分かりました!」
塞がれているなら利用してしまえばいい。
後ろから猛追されながら飛び上がった3人は、ビルの壁を蹴り、前方の集団の頭や肩を踏み台にして包囲網を抜けた。
『おい!なにすん────あれ?』
踏み台にされて再燃した怒りは、再度流水の能力を受ける事により霧散した。
『なにやってんだお前ら!!早く追いかけろよ!!』
『まあまあ。そんなに怒らなくても』
『くっそ!!回り道だ回り道!!!』
後方の集団より前方の集団のほうが数が多い。
前方の集団さえ無効化してしまえば追手の勢いは弱まる。
勿論、天子はそんな結末を想定して2人を誘導していた、、、、わけではなく。
全ては天子の能力に従った結果の産物に過ぎない。
自分の望む道、場所を示してくれる能力。
蛇の目に変わった天子の目には一本の光の筋が見えていた。
光の筋は前方の集団の頭を飛び越え、その先まで伸びている。
流水の力を使ったのは能力に指し示された結果ではなく、あくまで天子の機転だった。
結果、前方の集団を超えた後は光の筋が複数に増えていた。
天子の機転が可能性を広げたのだ。
『居たぞ!!あそこだ!!』
光の筋の終着点はまだ見えない。
追手と距離はかなり離れているが、完全に引き離せてはいなかった。
「あそこの道路を右に!その後雑木林に入るよ!!」
2人には聞こえるが追手には聞こえない声量で天子は叫んだ。
狙っていたわけではなく結果的にそうなっただけだが。
ここまで少なくとも1kmは走ってきている。
体力が尋常では無いと言ってもまだ10歳の子供。
能力を使用しながら2人を誘導して走り続けるのは中々に大変な事だった。
「こ、ここで、、はあ、、はあ、、」
「おうよ。俺の出番だな」
怒楽の手がもぐらの手に変わる。
その瞬間。
しゃがんで身を寄せ合った3人をすっぽりと覆ってしまう岩が、雑木林の開けた場所に現れた。
周囲には似たような見た目とサイズをした岩が散見される。
見分ける事は出来ないだろう。
『くそっ!見失った!!おい!あっちの道も見るぞ!』
『俺はこっちに行く!』
外観も触感もただの岩。
だが内側は空洞になっており、外の景色が丸見えだった。
「撒いたか、、?」
「はあ、、はあ、、、もう少し、、このままで、、」
「だらしねえな天子は」
「誰のせいで、、こうなったと、、」
「がっはっは!ちいせぇ事は気にすんな!デカくなれねえぞ!」
「いたっ!痛いよもうっ!」
岩の中にいる間は音も匂いも全て遮断される。
気にせず声を出したところで誰かが反応して探索に戻ってくる事は無かった。
怒楽の能力は姿を隠す岩を生み出す事。
岩には人の興味を逸らす効果もあり、例え道路のど真ん中にこの岩が出現したとしても、追手はしばらくの間気にも留めず関係のないところを探すだろう。
ガードレールの陰、側溝の中、電柱の裏。
道路の中心には景色にそぐわない岩があるというのに。
だがそれでも岩がある事には気付かれている。
違和感を察知して包囲網を敷かれてしまえば逃げ切れなくなってしまうかもしれない。
天子の能力は、そんな未来の危険性すら回避をしてこの雑木林を選んだのだ。
「はあ~~~疲れた、、」
「がはは!もう少しばかり追手が増えても問題無さそうだな!」
「問題大ありです。少しは謹んでください」
「細けえなおめえは!もう少し遊び心ってもんをな!」
「流水の言う通りだよ。誘導するのも大変なんだから」
「俺の能力で隠れれば万能だだろうが」
「そんなに高性能では無いでしょうあなたの能力は」
「あ!?しょっべえ水出すだけのお前が何を言ってやがんだ」
「聞き捨てなりませんね今の発言は、、」
「あ~~!もう!さっきのやつらが戻ってきたらどうするの!少しは大人しくしててよ。ほら、仲直りの握手」
「嫌だね。握手なんかしたら能力を使われるかもしんねえ」
「おや?しょっべえ水を恐れているのですか?ふふふ」
「てめえ!!」
「もう!!いい加減にして!」
流水は感情を流す水を手から生み出す能力を持っている。
直接触れれば自身に対する敵意のみ流したり、自身に対する好意のみ流したり細かく定める事が出来るが、先程のように直接ではない場合は喜怒哀楽のどれかを大雑把に流す事しか出来ない。
「本当に能力使おうとしてたの?」
「どうでしょうね。ふふふ」
怒楽に聞こえないように天子が問う。
怪しく微笑む流水は確実に何かを企んでいそうだった。
「あいっかわらず。よくそんな毒々しいもの食えるな」
「僕からすればそっちのほうが変なんだけどね、、」
追手の声が完全に聞こえなくなった後、3人は怒楽の岩の中で奪ってきた食料を食べ進めた。
追われていたのは食料を奪ったから、、ではなく抵抗出来ないのをいい事に散々揶揄ったからなのだが、おそらく多少は食料を奪った事も怒りを買う要因になっただろう。
目の前のごちそうは、怒りを買うには充分過ぎるほど豪勢だった。
「首飾りの効果が衣服以外にも表れてくれればいいのですが」
「仕方ないよこればっかりは」
天子が着けている首飾り。
この首飾りには天子本人と衣服を灰色に見せる効果があった。
決して逃亡する為のものではなく、人も物も景色も、全て灰色のこの世界に馴染むためだ。
この世界の名前は〝鏡面世界〟
現実と対になっている世界。
現実世界の人間が移動する、食事をする、運動をする。
鏡面世界の住人はそれを模倣するように全く同じ場所、タイミングで同じ動きをする。
さながら鏡を挟んだ内と外。
故に鏡面世界。
現実世界に行動を縛られた住人達の住む世界。
そんな住人達にも自由な時間があった。
それは、現実世界での自分が寝ている時間。
寝ている間は思考も行動も全て自由。
先程までの追手は全て、現実世界での自分が就寝中の者達で構成されていた。
動けない間でも意識はある為、怒楽が行ったあれやこれやが怒りを買って追いかけられる破目になったのだ。
(う~ん。周りと違うと少しだけ毒々しく見えてきたような、、、)
鏡面世界で唯一色が付いている存在。
それが天子だった。
現実世界と同じように肌の色、髪の色、目の色。
見た目に様々な色があり、触れたものにも色が付く。
食器を介しているとはいえ、そこに盛られた料理まで触れていると認識されて色が付いてしまっていた。
全てが灰色の世界では、天子の触れるもの全てが目立ってしまう要因となる。
色があるというただそれだけの事が、天子を異質な存在たらしめていた。
「ごめんね、いつも。隠れて食べる事になって」
「気にする事ありませんよ。この馬鹿が敵を作っているのも隠れなくてはならない大きな要因ですから」
「あぁ!?!?」
「もう!」
「けっ。まあいいぜ。俺も気にしてねえしな。その代わり、いつもの頼むぜ」
「うん」
食器が全て灰色に戻る。
目を大きく見開いた天子は蛇の目になり、望みの場所を探した。
「う~~~ん。いくつかあるけど、あっちのほうが安全そうだね」
天子の見える光の筋は、太く、はっきりしているほど辿り着く事が容易で、より望みに沿っている。
逆の場合は言うまでもなく不安定な道のりだ。
今回天子が選んだのは太く真っすぐな光の筋。
望んだのは安全に快適に朝を迎えられる場所。
3人、、主に怒楽は多くの敵を作りながらも、天子の力のおかげで日々を安全にやり過ごしてきた。
「いつも助かります」
「ううん、これくらい」
辿り着いたのはビル群を縫うように進んだ先の空き家。
リフォームをした後なのか、外観と違って中は現代的で綺麗な見た目をしていた。
「随分と綺麗な空き家だな」
「快適に過ごせる場所を望んだからね」
「そんな細かな指定も出来るようになったのですか?」
「うん。毎日使ってたらちょっと上達したみたい」
「がっはっは!俺のおかげだな!!」
「方法は良くないけどね」
外から、少し明るい灰色の朝日が差し込んでくる。
都会に位置するこの街の住人達は、そろそろ自由が利かなくなってくるだろう。
また一人また一人と、現実世界の自分の位置へと強制的に戻されていった。
「眠れないのですか?」
灰色の住人が活発に動き出す朝。
天子は1人、ベランダで外を眺めていた。
「うん、ちょっとね。起こしちゃった?」
「いえ。私も上手く寝付けなくて」
欄干に腕を置き体重を預ける天子に流水が並んだ。
景色を楽しむと言うにはあまりにも寂しい、建物ばかりの街並みが視界に広がった。
高さや幅が少しずつ違う建物達の僅かな隙間から、薄っすらと朝陽が差している。
「天子の事を考えていたのですか?」
「うん、、、」
天子の力には先代の持ち主が居た。
それは、川を流れていた天子を救った人物であり、この世界での父のような存在だった。
(ぼく、、、しぬのかな、、、)
よく考えればおかしな話。
でも、僕ははっきりとこれが自分の赤ちゃんの頃の思い出だと理解出来た。
お母さんのお腹の中から僕は、とても眩しくてキラキラした世界に飛び出した。
みんなが祝ってくれて、お母さんは沢山泣いて。
なんだか凄くむず痒かったのを覚えている。
でも、家には僕の事を嫌いな男の人が居た。
家に帰って3人で過ごした時間は本当に短かったと思う。
だって、僕がお母さんに川に捨てられたのは生まれてから3か月くらい経った頃のはずだから。
自分1人の事もどうにも出来ない中で必死にもがきながら、お母さんの謝る声が頭の中で何度も響いた。
「ごめんね、、ごめんね、、、」
謝るなら助けてよ、と思ったのは鏡面世界で助けられて意識を取り戻してからだった。
それまではただ必死に、なんの力も無い手足をバタバタ動かす事しか出来なかったから。
冷たくて暗くて煩くて。
結果的に助かったとしても母親を母親と思わなくなるのに充分な環境と経験だった。
10歳になった今でも、あの時の事は頻繁に夢に見る。
それでも僕が自暴自棄にならないのは、鏡面世界で本当の親に出会えたからだと思う。
鏡面世界に流れ着いた僕は、流水が父上と呼ぶ天子に助けられた。
当時0歳。
でも何故かはっきり覚えている。
「確認するが赤子を育てた経験は?」
「無い、、」
「そうだろうな」
天子と別に、しわがれた声が聞こえる。
声の主は多分赤鮫と呼ばれていた人物だと思う。
この時の僕はまた水の中に戻るのが嫌で泣き喚くのに必死だったから定かではない。
初めに助けてくれた天子に「捨てないで!」と泣いて縋る事しか出来なかった。
(まあ、赤子だったから想いは伝わってなかったと思うけど、、)
それでも何か琴線に触れたのか、天子は僕を育てる事に決めた。
あの場所には食べ物も飲み物も無かったけど、それでもお腹が空く事は無かったから空腹でぐずったりという事も無かった。
だからなんというか。
自分で言うのもなんだと思うけど、子育てにしては楽なほうだったんじゃないかと思う。
食べる必要が無いから勿論おむつを替える必要も無い。
睡眠は必要だから、悪夢を見てぐずる僕をあやすのは大変そうだったけど。
1歳を越えたくらいの頃。
僕は天子から力を受け取り、天子の名前もその時に貰った。
その時くらいだったと思う。
僕の中での親が現実世界の親から天子に代わったのは。
まともな子育てを経験した事の無い僕でも分かるくらい、天子は僕に愛情を注いでくれていた。
打算的なものの無い、無償の愛情。
親として認識してからもしばらくはむず痒かったけど、でも生まれてからほぼ初めての安心を感じた。
最初から天子が親だったら良かったのにと思うくらいに。
でも、持て余してしまうくらいの幸せはそう長くは続かなかった。
2歳の頃から天子と関わる事が少なくなったから。
当時世話をしてくれていた、、というか一緒に遊んでいた怒楽と流水は、多分天子は体調が良くないんだろうと教えてくれたけど、本当のところは分からない様子だった。
会うのは一か月に1回くらい。
せっかく幸せだったのに、せっかく大好きになってたのに。
僕の中のわがままは日に日に膨らんでいったけど、2人が遊んでくれたからなんとか耐える事が出来た。
たまに赤鮫のおじいちゃんも遊んでくれたし。
でもやっぱり。
みんな大好きだけど僕にとって天子は特別だった。
「お父さん、、明日は会えないの、、?」
3歳になる直前。
寂しさが限界を迎えた僕は身体が辛そうな天子に、ついにわがままを言ってしまった。
今日が終わればまた一か月以上会えない。
それがどうしても嫌で、夜寝る時に大泣きしてしまった。
その時特別寂しかったわけではないと思う。
ただ、積み重なっただけ。
絶対に会えないと分かっているのに。
その時の天子の表情は今でも覚えている。
申し訳ないような、泣く直前のような、何かを言い出しそうな。
3歳の僕には分からない色んなものを抱えた顔をしていた。
あくまで、今思い返せば、、だけど。
その時は拾ってもらった時みたいに泣くのに必死でそれどころじゃなかったと思う。
(多分、凄く迷惑だっただろうなあ、、)
1日中僕のわがままに付き合って疲れているところに大泣きをされて、叶えられないわがままを言われて。
僕が泣き疲れて寝るまで背中をさすってくれていた手には、どれだけの愛情が込められていたんだろう。
「胸を貸してやろう」
翌日。
怒楽と流水の訓練の場に赤鮫が現れた。
いつも隅っこで遊びながら凄いな~と思っていた2人の戦闘訓練。
でもそんな2人をものともせず、赤鮫は次々と攻撃を捌いて反撃までしている。
動きは辛うじてしか見えない。
「ぐっ!!じじいいいい!!!」
「誰がじじいじゃ」
大きく振りかぶった怒楽の懐に赤鮫が入り込み掌底を合わせた。
怒楽の勢いが掌底の一点に集中し、大きな身体は音を立てながら後ろに倒れ込んだ。
「このッ、、馬鹿がッ!1人で突っ込むなんて、、!!」
「まだお前のほうがマシじゃな」
防戦一方の流水の防御が空いた隙を見逃さず、引き絞られた赤鮫の拳はうねりを上げながら腹部に打ち込まれた。
聞いただけでぞっとするような音が届く。
(いたそ~、、、)
石を積んで遊んでいた手は完全に止まり、2人が気絶する様子をじっと見る。
何度か3人で訓練をしているのは見たけど、ここまで一方的に短い時間で制圧されるのを見たのは初めてだった。
多分、今までは赤鮫が手加減をしていたんだろう。
まだまだ余力がありそうだけど。
「お主も掛かってくるか?」
赤鮫の提案は首がもげそうになるくらいブンブンと横に振る事で固辞した。
近付く事すら出来ないと思う。
「そうか」
「え?あえっ?」
「すまんな」
赤鮫が後ろに回り、首に衝撃を感じて意識を手放す。
ここまで一瞬の出来事だった。
多分気絶させられたんだろうなとは理解しているけど、実際に見て認識出来たものではない。
消えゆく意識の中で見たのは、申し訳なさそうな赤鮫の顔だった。
天子と離れてから1年。
僕らは赤鮫と一緒に生活をした。
2人は環境が変わった事を気にも留めてない様子だったけど、僕は1年間ずっと、天子と引き離した赤鮫の事が好きになれなかった。
出来るだけ話し掛けられないように2人の訓練に混ぜてもらうようになったし、ご飯を作ったり掃除をしたり、不器用な2人を連れても問題無いくらいに生活力を身に着けようと必死に頑張った。
その結果赤鮫が居なくても問題無いくらい生活力は上がったし、何故か他の3歳児とは比べ物にならないくらい頑強な身体は戦闘訓練で学んだものをスポンジのように吸収した。
大人相手に、、とまではいかないけど、10歳上くらいまでの相手であれば問題なく倒せていた。
どこから連れてきてるんだろうと思っていた組手の相手は、多分周辺を歩いていた人を誘拐してきていたんだろうと思う。
鏡面世界の事を何も知らない僕は、優しい人達が居るんだなあ程度にしか思ってなかったけど。
「覚えていますか?赤鮫の下を離れた日の事を」
「うん」
決して良い別れではなかったと思う。
ある日の訓練で2人は赤鮫に一撃を入れる事に成功した。
その後すぐにボロボロにやられてたけど、それでも初めて反撃に成功した。
次の日の事だった。
荷物をまとめて赤鮫の下を離れる事になったのは。
免許皆伝だとかやらなければならない事があるとか色々と言っていたが、少なからず僕との距離が縮まらない事もひとつの理由としてあったのだと思う。
別れ際に見せた何か言いたげな表情もきっと、そういった事柄が起因となっているんだろう。
「怒楽はどうか分かりませんが、あの日私は赤鮫に念を押されましてね」
「ねん?」
「はい。天子の事をよろしく頼むと」
「全部から目を逸らして、ずっと距離を置いてたのに」
「そういったものでは推し量れないのですよ、きっと。赤鮫の気持ちも天子の気持ちも」
「わかんないや、、」
「そうですね、、。でも出来れば、今度は目を見て話してあげてください」
話す時はいつも、伏し目がちだった。
何度か目を合わせる事はあったけど、少なくとも親から引き離して困らせてやろうなんていう悪人の目はしていなかったと思う。
バンッ───!
「わっ!?」
「気になるんなら会いに行けばいいだろ」
背中に受けた衝撃で驚いて振り返ると、そこには先程までいびきを掻いて寝ていた怒楽が居た。
大きな手でお腹をぼりぼりと掻きながら、大きな欠伸をしている。
「赤鮫なら天子の事も何か知ってるかもしれねえしな」
「一緒に暮らしてる時はそんな素振り一度も、、」
「そりゃあ、、、」
「なに?」
「ん?あ~いや~~、、まあ、な?」
「ええ。そうですね」
2人で目を合わせて何か分かった風な空気を出している。
仲間外れの気分だ。
「教えて」
「そのな?なんていうか、、あの頃のお前に言っても聞かなかっただろ?多分」
「そんなことない」
「私も珍しく怒楽に賛同します。珍しく」
「けっ。2回も言いやがって」
あの時の自分がもし元の場所に戻れる手掛かりを聞いていたら、、、。
多分、1日中その事ばかり考えて、その事ばかり質問していただろう。
訓練もせず、家事もせず、自分の事ばかり考えて。
見切り発車で手段を探して家出をしていたかもしれない。
きちんと想像してみれば、2人の意見もなるほどなと思える。
「今の僕だったらどう?」
「いけんじゃねえか?」
「そうですね。何か巻き込まれたとしても何とかなると思いますし」
「俺の力があればな」
「ええ。私の力があれば」
そうか。
出来る事ばかりが増えて自分自身は何も変わっていないと思っていたけど、身近な2人から見て分かるくらいに何か変化をしているんだ。
「ありがとう2人とも」
いつものように小競り合いをしていた2人が手を止めた。
「2人が居てくれたからだと思う」
何が、とは言わなかった。
多分伝わってると思うから。
伝わっ、、、てるよね?
固まって何も動かなくなった2人を見て不安になった。
「ええ、その、、ね?まあまあ」
「おう、、そうだな?うん、そういう事だな」
「ど、どうしたの、、」
「あ~~いや?なんも無いぞ、なんも、な!」
「え、ええ。そうですね。なにも」
初めて知った。
2人は、直球で褒められるのに弱いらしい。




