十話〖再会と別れ〗
三途と別れて数日。
天子達は大蛇を追って淡路島まで来ていた。
断崖絶壁を降り、身体が半分海に浸かった状態で淡路島から伸びる一本の橋を見ていた。
「これ以上は近付けなさそうだね、、、」
ここに来るまで、天子の力が無ければ確実に敵に見つかっていたと断言出来るほど、警備は厳重で淡路島の至るところに武装した兵力が配置されていた。
蛇の目が示す大蛇の居場所は視界に捉えた橋の先にある小島。
ここに来る途中で入手した地図には載っていなかった島だ。
「間違いなくあの城が神輿の居城でしょうね」
「趣味のわりぃ形してやがるぜ」
6車線分の幅と2kmほどの距離はありそうな大きな橋の先の小島の中央には、離れた距離からでも分かるくらい大きな城が建てられていた。
蛇の目もあそこに神輿が居ると指し示している。
「流石に伝承2人を相手取るのは無理だよね、、?」
「やめたほうがいいな」「やめておいたほうがいいですね」
好戦的な性格の2人が間髪を入れずに否定してきたことに天子は驚きを隠せなかった。
勝てる勝てないではなく戦いたいか戦いたくないかで考えるタイプの2人なのに。
「神輿は認めたくねえが別格だ。三途と赤鮫が協力して戦っても全力すら引き出せてなかった」
「勿論、そこに私達が加わったところで変化はないでしょうね」
「神輿はバケモンだ。大蛇なんかとは比べもんになんねえ」
流石に盛り過ぎだろうと天子は思った。
だが、2人の好戦的な性格を知ってるが故に完全に否定する事も出来なかった。
強くなったという自負のある自分でも、三途にはまだ勝てない。
数十回挑めばいつかは勝てるかもしれないがその程度だ。
そんな自分と同レベルの人物が2人居ても手も足も出ない相手。
正直、想像すら出来なかった。
「口惜しいですが帰りましょう。万が一全面戦争をするとなっても三途と出雲の戦力は最低でも必要です」
「そうだ、出雲さん!探してみ───うっ!」
「無理すんじゃねえよ。2~3日使いっぱなしだっただろ」
「ええ、そうですよ。先程見つけた洞穴で休んで、起きたら島根に戻りましょう。出雲が戻っているかもしれませんし」
こんなにも敵だらけの場所で蛇の目を開かずに大丈夫なのだろうか。
天子の胸中を不安が渦巻いたがどう頑張ろうとも刺すような頭痛がするばかりで蛇の目を開く事が出来ない。
必要な電気の回路が途中で焼き切れているような、そんな感覚があった。
抵抗は諦め道中で魚を取り、波で削れて出来た洞窟の上部の出っ張りで雑魚寝をした。
赤鮫の家や三途の家で温かい布団の上で寝られていた事を考えればお世辞にも寝心地が良いとは言えなかったが、天子は久しぶりに3人だけで過ごすこの時間を心地良く感じていた。
固く湿った感触も、子守歌にするには大き過ぎる波音も、心地よい気分の中ではそれほど嫌なものではなかった。
(三途さんも、出来れば出雲さんも合流して。そしたら何処か遠くへ離れて安全な場所で───)
ザザァーーン────
ザザアーーーーーーーーーン────────
並に揺蕩うように穏やかな顔で、天子は幸せな未来を思い描きながら眠りについた。
もう会う事の出来ない赤鮫も共に過ごす未来を。
「かああああっぺ!!!おえ。海で寝るもんじゃねえな」
「げほっ。ごほっ」
数時間潮風にさらされた3人の喉は荒れ荒みしわがれていた。
持ち歩いていた水を全てうがいに使っても拭い去れない程の違和感と痛みが喉に残る。
「力は、、ごほっ!どうですか、、げほっかはっ!!」
「まだ使えないみたい、、」
頭痛は喉の痛みにかき消される程度に収まったが、蛇の目を開こうとするとまだ何かに押さえつけられているような違和感を覚えて力を使う事が出来なかった。
だが、食料はあるが水がない。
蛇の目が開けなくとも動くしか選択肢は無かった。
「おえっ。まあ来た時の道戻れば何とかなるだろ。かあああっぺっ!!」
「そうですね。けほっ」
多少の不安は残りつつも時刻は朝9時。
自由に動ける警備の数は少ないだろうと踏んで3人は出立する事にした。
道中、神輿や大蛇の名が会話では上がるが実のところ3人はそこまで敵の存在を考えてはいなかった。
考えているのは綺麗な水の事。
飲んでも飲んでも乾く喉を早く潤したい一心で、海を出て住宅を出て、木で覆い隠された人気の無い公園に辿り着いた。
「生き返る~~~~~~~~~~~」
「次は私です」
「まだ飲んでるだろうが!」
たかが水道水。
されど水道水。
カラカラに乾いて傷付いた3人の喉に、日本であればどこの蛇口を捻っても出るであろう綺麗な水道水が染み渡った。
それは、どんな高級な水よりも有難く美味しかった。
怒楽、流水、そして周辺の警戒をしていた天子の順番で喉を潤す。
一巡すればまた潤して、トイレがしたくなればその辺りですましてまた飲む。
3人の喉の調子が少し悪い程度にまで戻り水道水のありがたみが薄まったのは四巡した頃だった。
「ここからだな、、」
公園を出た3人の視線の先にあるのは、片側が眼下に川、道路を挟んで反対側が断崖絶壁の1kmはある一本道。
引き返して山を越えるルートを行けばこの付近で敵と遭遇する可能性は下がるが、時間が掛かる分危険も増える。
短い時間で凝縮して終わらせるか、長い時間で薄めるか。その二択。
軽口を叩いてはいたが天子が力を使えないという不安がある中の敵地での移動は、相当な強度で3人の精神をすり減らしていた。
いつ回復するかも分からない天子の力頼りで遠回りをする精神力はもう既に持ち合わせていない。
「ふぅ~~、、、。こちらは大丈夫そうです」
「後ろも大丈夫」
急角度のカーブで死角がある度に前後左右を見張る。
先頭は流水、真ん中に怒楽、殿は天子だった。
「───ッ!?!?だい、、、じょうぶですね」
丁度少し気が緩んだタイミングで車が通る。
何事もなく、3人の事など見えていないかのように通り過ぎていった。
ドクン────ドクン────────
残り約300m。
全員の緊張が高まり、まるで身体の外から聞こえてくるように感じるほど心臓が大きく音を立てる。
どくんどくんどくん。
少しずつ少しずつ。
激しい運動もしていないのに音はどんどんと早くなって、最高速度に達した3人の心音は、車道を挟んで反対側を歩いている1人の人物を視界に捉えたと同時に同期した。
「自然に歩きましょう」
ちらりと見えた人物が敵だった場合、変に動いてしまえばバレる。
何も気にしていない様子で普通に歩いていれば、ただの鏡面世界の住人と思われるかもしれない。
一歩、また一歩。
自然に歩くとは?
会話はあったほうがいいんだろうか?
いっそのこと走り抜けてしまいたい。
短い時間の中で加速した思考が様々な思惑を交差させる。
少しずつ少しずつ。
距離が縮まってくる。
動きがあったのは、間を走る車が3人の視界を遮った瞬間だった。
「─────しゃがんで!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「失態。命令。継続」
「流水!!!!!」
「はい!!!!!!!!!!!」
氷の剣を構え直した敵に流水が触れようとする。
剣の腹で流水を弾き飛ばした敵は、続く怒楽の攻撃を反対側の歩道に跳ぶことで回避した。
「出雲、、、、さん?」
姿、声、性格。
その全てが違っていた。
ただ、氷の剣を使っている。
あの剣を扱う事が出来るのはただ1人。
出雲の力を持つ者だけだった。
「失敗しとるやんロボっち。しっかりしてもらわな」
「不服」
「どういう気持ちなんそれ」
「走って!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
断崖絶壁の一部に足を掛けて出雲に話し掛けた一人の男。
その手に握られていたのは草薙剣。
大蛇しか扱う事の出来ない剣だった。
出雲も大蛇も姿が変わっている。
それは、味方が1人減り、赤鮫が負わせた手傷も消えた事を意味していた。
(あの人はやばい、、、!!!!)
力の使い方が上手くなった今、全快であれば大蛇から怪我を負わされる事なく勝てる自信が天子にはあった。
だが、新しい大蛇が持つあの雰囲気。
醸し出される風格は、伸びかけていた天子の鼻をへし折るには充分過ぎるほどだった。
「そんな必死に逃げんといてぇや~。ちょっとくらい遊ぼ?な?な?」
全速力で走る3人に何食わぬ顔で断崖絶壁を走って着いて来る大蛇。
その少し後ろにはいつの間にか氷の剣を2本持った出雲と、さらに少し離れた位置には武器を持った鏡面世界の住人が数人着いて来ていた。
「流水!!!」
「このスピードでは無理です!!!」
完全変態すれば繊細なコントロールをする必要もなく、広範囲に感情を流す水を展開する事が出来る。
だが、動きを止めていない状態では十中八九伝承2人には避けられてしまうだろうと流水は推測した。
完全変態が解けた後は動きが鈍る。
今より追い込まれてしまう事は明白だった。
「話、聞かん、かいっ!」
「止まって!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「やっと止まってくれたなあ。おおきにおおきに」
ドオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン─────────────!!!!!!!!!!
切り取られた道路が下を流れる川に崩れ落ちる。
出来た隙間に車が吸い込まれていった。
「あららあ。運無いなあ」
「自粛」
「いやおそっ」
呆気に取られている内に正面に2人の伝承。
背後はぞろぞろと集結している数十人の鏡面世界の住人。
退路は断たれていた。
「3数えたら俺に捕まれ」
大蛇との力量差を感じ取った怒楽が呟く。
大きな体は天子の姿を敵の伝承から隠していた。
「3」
「こっちは2人だけで戦うから」
「2」
「そんな身構えんといてや」
「1」
「「─────ッ!!」」
「帳を───天岩戸」
怒楽を中心に半径1kmが完全な闇に覆われた。
敵も味方も道も、何もかもが見えなくなった。
闇の中で視覚を失わないのは完全変態した怒楽のみだった。
「なんやこれ。右も左もなんも見えへんなあ」
目を凝らしたり水を掻き分けるように手を動かしたり。
視界を奪われた大蛇は無防備だった。
(今なら勝てるんじゃねえか、、、?)
ふと、怒楽の頭をそんな考えが過った。
「見ぃつけた」
少しずつ大蛇達から離れながら、ちらりと振り返るついでに戦うビジョンを描いて拳を握った。
ただそれだけだった。
それだけで、大蛇の嗅覚は3人を捉えた。
「現せ───────天叢雲剣」
サアアアァァァァァァァァァァァァ────────────。
「・・・・・・・・・・・・は?」
完全変態した大蛇が剣を一振り。
切れ目が入った闇は完全では無くなり、差し込んだ光によって消失した。
「邪魔やわあ、君」
「がはっ、、!」
「「怒楽!!!!!!!!!!!!!」」
3人と大蛇の距離は僅か10mしか離れていなかった。
伝承にとって10mなどものの距離ではない。
完全変態を解いた大蛇は一閃、僅か一歩で距離を詰めて怒楽の胸を貫いた。
「おっとっと。なんやその手には触れられたらあかん気がするなあ」
引き抜かれた剣。
止まらない出血。
にじり寄って来る敵達。
視界に映る全てが絶望で彩られていた。
「怒楽、、、怒楽、、、、」
「天子!」
「怒楽、、、なんで、、、。血、止まらない、、、」
「天子!!!!!!!!」
3人で戦っても勝ち目は薄い。
ただでさえ希薄な勝ち目だったというのに1人は赤鮫の力を使っても復帰出来ない程の重傷を負い、1人は戦意を失い欠けている。
「天子!あま───────こ?」
「お前、、、か。お前が僕の家族を、、、、」
「警戒。戦闘」
「なんややる気になってくれたんか~?」
ゆらりゆらゆら。
血塗れになった手で短剣を抜いた天子は、上半身をだらりと下げてゆらゆらと左右に揺れながら大蛇に近付いた。
出雲が盾になるべく前に出たが、舌なめずりをした大蛇によって下げられた。
「邪魔すんなでくの坊」
刃は水平、刃先は天子に、しゃがみこんで深くまで持ち手を引いた状態で大蛇はタイミングを見計らった。
確実に優勢になれるタイミングを。
「お前があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「やばいやばいやばいやばい!!!!!!」
一歩で距離を詰めて飛び掛かり、至るところに攻撃を受けて血を流す天子。
その目には少しの怯えもなく、一瞬で大蛇の懐に入った。
今にも破裂してしまいそうな程の頭痛を無視して開いた蛇の目からはどろりと濁った血が流れている。
「死ねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
剣の鍔に短剣を引っ掛けられ体勢を崩した大蛇。
喉元には天子のトドメの突きが迫っていた。
10cm、5cm、1cm。
残るは薄皮一枚の距離だった。
グサッ────。
「ぐっ、、、。無念」
貫いたのは大蛇ではなく出雲の喉元だった。
「はあ、、、はあ、、、。ギリギリやったでほんま、、、」
守ろうと近付いてきた出雲は首根っこを捕まれて肉の盾とされた。
あと僅か。
あと僅かで怒楽の仇を取る事が出来たのに、、、。
大蛇は既に距離を取り体勢を整えている。
それに比べ天子は満身創痍で、蛇の目もいつまで開けるか分からない。
勝ちの目は完全に失われていた。
「天子!その他大勢は片付けました。加勢します」
大勢の敵達は流水により戦意を喪失させられ、武器を捨てて退却していた。
残るは大蛇のみ。
勝ちの目が僅かに見えた。
それでも、ほんの僅かだったが。
「万が一にもこの力が渡ったら怒るやろなあ、、、。悔しいけど、今日のところはここまでやな」
「逃がすか!!!!」
「天子!!!!」
2人を視界に捉えたまま後ろ向きで断崖絶壁を登る大蛇。
追い掛けようとした天子を流水が止めた。
距離を置いた状態での戦いならいざしらず、加速ゼロの状態で羽交い絞めにしてしまえばまだ流水に分がある。
「大蛇!!!!大蛇!!!!!!!!!!!!!!!」
羽交い絞めにされながらも天子は叫び続けた。
決して蛇の目は閉じず、短剣も手放さずに。
「あ¨ま゛ご、、」
「「怒楽!!!!!!」」
僅かに。
本当に僅かに。
怒楽は力尽きていなかった。
「助かった。これで少しは話せるな」
頭痛という形で、これ以上力を使うなとガンガン警鐘が鳴る。
そんなのは知った事じゃないと、天子はくらくらしながら赤鮫の力を使った。
力を使っている最中に何かに阻まれるような違和感があった。
それでも力づくで使った。
得られた成果は、見た目は塞がった傷と悪化する顔色だった。
「死なない、、よね?」
「がっはっは。どう見たって死ぬだろ」
「なん、、、で、、」
怒楽の態度はどう見ても今から死ぬ人のそれでは無かった。
どうしてそんなに余裕そうなのか。
どうして赤鮫の力を使ったのに助からないのか。
聞きたい事がぐるぐると巡り過ぎて、天子は言葉が出なかった。
「時間がねえ。よく聞けよ天子」
現実を認めたくない天子はいやいやと首を横に振った。
「俺の力と出雲の力も手に入れただろ?あとは大蛇の野郎をぶっ飛ばして力を奪えば神輿も倒せんだろ」
指折り数えながら、反対の手で下を向いてピクリとも動かず聞いているかどうかも分からない天子の頭を乱暴に撫でる。
怒楽の力はいらない。まだ貰うつもりもない。
そう伝えようとしているのに、天子には弱々しく手を払いのける事しか出来なかった。
払いのけるのに、僅かな力も必要なかった。
「時間だな、そろそろ」
怒楽の身体が端から透けていく。
ほろほろと崩れ、破片は空へと登っていった。
「流水。天子の事、頼むぜ」
「当たり前です」
何かを堪えるように、流水は顔を逸らした。
「天子」
「・・・」
「元気でな」
頭に乗せられた手の感触が消える。
ハッとして天子は顔を上げて怒楽を見た。
そこには、もう既に止めようがないほど消えた怒楽の残影があった。
「怒楽!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
血の混じった涙を流しながらの天子の叫びに、半透明の怒楽が微笑んだような気がした。
「てら、、、、、す?」
さっきまで確かに、そこに怒楽の身体があった。
顔を、身体を、足を。
まだどこかに残っているんじゃないかと確かめるように、もう何もない空間に触れる。
勿論、天子の手には空気以外の何も触れなかった。
サアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ───────。
早足で空を覆った雲から雨が降り注ぐ。
濡れる事など気にも留めない天子は怒楽の輪郭をなぞり続けた。
「天子。移動しましょう。風邪を引きます」
「、、、うん。でも流水。怒楽が」
「怒楽はもう、、、」
天子が首を傾げる。
いつもキラキラと輝いていた目は、空と同じように濁った色をしていた。
だがまだ完全に光が失われてはいない。
それが怒楽の死を受け入れてないからなのか、流水がまだ生きて側にいるからなのか。
心が生き残る瀬戸際の天子に対してそんな事を確認する術は無かった。




