十一話〖技と罠〗
「うわあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
サアアアァァァァァァァァァァァァ────────。
戦闘があった場所から少し離れた位置のボロボロの空き家。
怒楽の死を認めた天子の泣き声と、無常な雨の音が響いた。
近くには落ちていないがごろごろと、遠くの空で雷も鳴っている。
この雨が私の力のように感情を流してくれたら、、、。
流水は蔦が這った窓から外を眺めてそう思った。
何度も何度も感情を流してしまえば、それに慣れてしまえば、心は壊れてしまう。
辛く悲しい天子の今の気持ちも、流してしまえば楽になるが、楽を覚えてしまえばもう戻れない。
今後、誰かを失ってしまう事が無いとも言い切れない。
(私は何とか生き延びなければ、、、)
ずっと共に過ごしてきた2人が居なくなった時の天子の心の損失は計り知れないだろう。
小競り合いはいくつもあったが、3人共が全員を家族だと思って過ごしてきた。
最後の1人になるのは誰だって嫌だ。
「ふぅ、、、、」
気を抜けば涙が出てしまいそうになるのは流水も同じだった。
天子の頼れる相手を奪ってしまってはいけないという気持ちと、泣く姿を見られて怒楽にドヤされたくないという気持ちで何とか踏み止まれていた。
それでも10秒に1回。
いや、もしかするともっと短い間隔で。
全力で悲しみを表に出す天子につられそうになっていた。
(絶対に泣いてやるもんですか)
2人で組手をした時に、思い切り岩に頭をぶつけて泣きそうになった流水を見て必死で笑いを堪えていた時の怒楽の顔を雨雲に貼り付けた。
そうすると少しずつ、涙の満ち引きが穏やかになっていった。
悲しみが徐々に怒りに変わってくる。
怒りに変わると、これまでに掛けられた迷惑が次々と脳裏に過ってきた。
先程までの悲しみに暮れる良い話の雰囲気が一転、忘れられなかった怒りに塗り替えられた。
「天子、そろそろ泣き止みましょう」
「だって、、、」
「託されたのでしょう!!!!!」
赤鮫から優しく穏やかな気持ちを。
怒楽からは折れない心を。
2人から大事なものを託された天子が何も出来ずにただただ泣き喚いてることが、流水は一番許せなかった。
そこには少し、生前の怒楽にされたあれこれが混ざっているかもしれないが。
「無駄にしたいのですか!?」
天子が敵に捕まってしまえば、赤鮫と怒楽、ついでに出雲の力が奪われてしまう。
大事に大事にみんなが天子を育てた時間も、向き合った想いも、受け継いだ力も。
全て敵の手に渡ってしまう。
そうならないようにするためには一刻も早い天子の復調とここからの退避が急務だった。
「雨が弱まったら出発します。あなたを抱えてでも」
本当は今すぐに出発したかった。
だが、流水の心は冷徹になりきれなかった。
悲しむ時間も必要な事を、誰よりも理解していたから。
「、、、ごめん。行こう」
雨が弱まるのにそう時間は掛からなかった。
僅か十数分。
悲しみを必死に噛み締める流水の後ろ姿が、天子の復調の手助けをした。
無理矢理行使したからかしばらく力は使えそうにない。
それでも同じところに留まるよりはマシなように思えた。
『居たぞ!あそこだ!!!』
ほんの少し移動しただけであっけなく希望は崩れ去った。
武装した敵達がぞろぞろと徒党を組んで追いかけて来る。
「走ろう!」
「はい!」
見える範囲には大蛇は居ない。
だがもし近くに居て連絡がいってしまったら、、、。
流石にもう一度神懸った力の使い方を出来たりはしないだろうなと天子は理解していた。
出来る事は大蛇にも神輿にも出逢わないように逃げるだけ。
敵地で逃げる事しか出来ない不甲斐なさを、2人は物陰で息を殺しながら噛み締めた。
『居たぞおおおおお!!!!!』
ゆっくり腰を落ち着ける事も出来ない。
天子の力が回復して落ち着いて安全な場所で休む事が出来たのは、丸二日寝ずに移動した後の事だった。
「漸くここまで来ましたね、、、」
視界の奥、数km先には明石海峡大橋が見える。
渡れば本土に辿り着き、そこからは電車を乗り継いで三途に会いに行く予定をしていた。
だがしかし唯一の逃げ道とも言える明石海峡大橋に誰も配備されていないわけはなく、、、、
「うじゃうじゃいるね」
「まあそうなるでしょうね」
より良く見えるようにと近付いて見た明石海峡大橋には、神輿の居城があった小島に次ぐ兵力が配備されていた。
道中何度か戦った敵達が持っていた銃を、全員が装備している。
「どうしますか?」
「大丈夫。もう使えるから」
万が一にも見つからないように、2人は低く腰を落とした。
敵が1人、また1人と2人の横を通っていく。
ガシャンガシャン──。
重厚な装備の音が緊張を掻き立てた。
だが2人は見つかるどころか危うい場面もなく、すんなりと敵陣を通り抜ける。
待ち構えていた100は下らない兵力をすり抜けて橋に到達した。
あとは渡り切れば、、、敵の包囲網を抜けられる。
(何度見ても慣れませんね、、、)
2人の姿を隠しているのは怒楽の力。
完全変態を無しでは大きな岩を出現させてそこへ隠れるといった力の使い方が関の山だった怒楽とは比べ物にならないほど、天子は力を使い熟していた。
天子と天子が触れているものを周囲の風景に擬態させる。
今は姿勢を低くする事もやめ、周囲の景色に溶け込みながら悠然と車の横を歩いていた。
(怒楽がいかに大雑把だったかが分かりますね)
動きを制限されない。
それでいて敵に気付かれるのではないかという怖さが微塵もない。
合理的で無駄のなく繊細な天子の力の使い方に感動すら覚えた。
この力があればもしかすると、、、。
誰にも見つからずに神輿の下へ辿り着けるかもしれない。
触れてしまえば勝利が揺るがない出雲の力は手中にあり、三途も仲間に加わってくれれば一層安泰だろう。
いかに神輿の戦闘能力が高かろうと意識の外から近付いて不可避の一撃で終わらせてしまえば関係はない。
(唯一の懸念点は大蛇ですか、、)
完全に油断しきっているところをついたにもかかわらず天子の一撃は届かなった。
それに、怒楽の帳をも切り裂いたあの剣、、、。
今は誰にも見つかっていない天子の擬態も、もしかすると大蛇には効かない可能性がある。
見破られてしまえば敵陣の真っただ中で2人の伝承と、数えるのも面倒な兵力を相手にしなくてはいけなくなる。
勝算を計算するのも馬鹿馬鹿しくなるほどの負け戦となる事は明白だった。
出雲を倒した時のような奇跡はそうそう起こらない。
仲間が減った今、石橋は叩いて渡るべきだというのが流水の考えだった。
まずは大蛇。
その次に敵戦力を削いで手薄になったところで神輿を叩く。
それが一番良い流れだろうと考えていた。
(そう上手くいくとは思えませんが)
乗り越えなければならない障害はいくつもある。
襲ってくると思っていた大蛇は結局あれから一度も姿を見せなかった。
天子は力を取り戻してからずっと安全圏を割り出し続けているから大蛇の場所は把握していないが、おそらく神輿のところで待ち構えているのだろうと推測を立てている。
勝てると誤認して突入してきたところを一気に叩く。
その準備を進めているのだろうと。
敵に誤算があるとすれば天子の力の使い方が数日前とは比べ物にならないほど上達しているという事。
三途という戦力がある事。
戦力を誤認して油断してくれていれば万が一もあるかもしれないと、誰にも気付かれる事なく橋を渡り切る事が出来た天子の手腕を見て流水は思うのだった。
『全然こねえよな~』
『もう死んじまったんじゃねえの?』
『見つからずにここまで来れるわけねえもんな(笑)』
橋の終着点、高速バスの乗り口の物陰に隠れて天子は力を解いた。
周囲には検問でもするかのように十数人の武装した集団が居る。
反対側の車線のバス停も同じような様子だった。
「敵の戦力ってさ、減らしておいたほうがいいよね」
「それはまあ、、、」
嫌な予感がした。
だが流水の口をついたのは、先程まで頭の中をぐるぐると巡っていた考えに従った返答だった。
「ここに隠れてて」
流水の反応は見ずに、天子は談笑する5人の敵をじっと見つめた。
普通の目で見て周囲を警戒して、安全だと分かってから蛇の目を開く。
敵全員に触れて氷の剣に変えるというミッションは今の天子には簡単過ぎて、光の筋はいくつもの選択肢を提示した。
勝ち筋を探るのは必要ないだろうと判断した天子は、即座に敵の位置の補足に力を割き、キツネの尾を生やして凍てついた手を構えて飛び出した。
『敵────』
『居た───』
『やめ───』
まずは5人。
一番近くに居た集団はまともな声を上げるまでもなく氷の剣に変えられた。
『なんだ?』
追加で3人。
烏合の衆のようで意外と統率されている。
どの人員も必ず3人以上のグループで動いていた。
(そのほうが都合がいい)
9、10、11。
あっという間に氷の剣を量産する。
────ガシャン。
漸く、初めに変えた氷の剣が着地した。
1人目に触れてから11人目を氷の剣に変えるまでの時間は僅か3秒。
狭い範囲であるとはいえ、圧倒的な速度だった。
(12、、、13、、、14、、、、15)
片側のバス停に15人。
両車線のバス停を合わせると30人の人員がこの場所に配置されていた。
片方を片付けた天子は姿を隠しながら近付き、もう15人もあっという間に制圧してしまった。
「おまたせ」
「もう、、ですか?」
「うん。便利だね出雲さんの力」
敵影はもう近辺には無い。
それを一番理解しているはずの天子が臨戦態勢を解いていなかった。
怒楽を失った時の怒りが、人を葬るというタガが外れた事によりふつふつと湧いてくる。
こんなにも簡単なのに。
今はこんなにも力があるのに。
(あの時の自分は何も出来なかった)
窮鼠猫を噛む。
起死回生の一撃を放った天子の功績はあの場の誰とも比べるべくもなく大きい。
それでも天子自身は許す事が出来なかった。
怒楽が刺される前にあの力を発揮出来ていれば、、、。
その考えを拭い去る事が出来なかったから。
「天子!!」
「・・?」
「もう、もう充分です。先を急ぎましょう」
心の靄を晴らす事の出来ないまま、更なる敵を蛇の目で捉えた天子を流水は必死の思いで止めた。
暴れ始めてしまえばもう流水1人では止める事が出来ない。
そう理解しているからこそ必死で縋りついた。
(もう私の手は届かなくなるかもしれませんね、、)
僅かに動いただけの天子の膂力に重心が崩され、流水は自分の出番の終わりが近づいている事を悟った。
いくつもの伝承を身に宿す天子は、単体の伝承よりも上手く力を使い熟す。
流水がこのまま力を使い続けるよりも、早々に天子に引き継いで力の習熟を急いでもらったほうがいいことは明白だった。
怒楽を失って悲しみに暮れる天子の姿が鮮明に脳裏に焼き付いている流水には、そんな提案をする事など出来ないのだが。
『その顔───』
『捕まえ───』
道中。
幾度も戦闘になりそうになったが、その度に流水が敵を認知して構えるまでの間で天子が飛び出して敵を氷の剣に変えた。
敵が見ていたのは1枚の手配書。
そこには2人の身体的特徴が書かれ、写真が貼られていた。
「あれ、、、、」
淤岐ノ島 へ向かう電車の中。
まず最初に天子が気付いた。
「これは、、」
間髪を入れずに流水も気付く。
雑に貼り付けられた1枚の紙に。
よくよく見回してみると同じ紙が車内にいくつも貼ってあった。
「助けに行かないと、、、」
〝大罪人の確保に成功〟
その文言と共に載せられていた写真は三途のものだった。
捕らえられている場所は奇しくも今から向かう淤能碁呂島。
「絶対に罠です」
流水はそう断言した。
鏡面世界の住人の誰かに対して発信するなら、〝自由を手に入れるチャンス〟〝力が欲しい人募集〟等々気の引く文言が載せられているだろう。
だが書いてあったのは大罪人を捕らえたという事だけ。
流水にとってはもう一人の師匠のような存在。
天子にとっては母や祖母のような存在。
そんな2人であれば三途を大罪人呼ばわりする事を許せないだろう。
そう言わんばかりの煽り文句だ。
文言を見て飛び込んできた2人を確保すれば伝承を全て手中に収める事が出来る。
煽り文句と写真。
僅かな情報で確実に心を揺さぶる撒き餌だった。
「でも、、、!!!」
淤能碁呂島の最寄り駅から数駅離れた駅で2人は降りた。
最寄り駅には確実に敵が張っているだろうという理由と、今の状態の天子を連れて行ってはいけないという流水の考えからだった。
「これは確実に三途さんで私達を引き付ける罠です。先程降りた駅にももしかしたら居たかもしれませんが、最寄り駅から淤岐ノ島 までは確実に相当数の兵力を配置しているでしょう」
駅から使い慣れていない怒楽の力をずっと使い続けるのは現実的ではない。
4種の伝承をその身に宿す天子だが、一番疲労が少なく使えるのはやはり天子から受け継いだ力だった。
淤岐ノ島 は周囲を海に囲われている。
バレずに上陸して三途を救出して島を離れて安全な場所まで退避するとなれば、その間ずっと怒楽の力を使い続けなくてはならないだろう。
近辺までは天子の力で近付いて、救出は怒楽の力で行う。
少なくともそれが、全面戦争よりは安全で確実な手段のように思えた。
「敵陣のど真ん中で力を使えなくなれば、三途さんを助けられないどころか私達も無事では済みません。今あの島は、凝縮された淡路島のようになっているのですから」
2人共泳ぎは得意ではない。
船無しでも砂浜までは辿り着けるだろうが、泳ぎながら敵の目を避けて遠くに上陸する余裕は無い。
万が一淤岐ノ島 で見つかって島ごと爆破されてしまえば助かる見込みは無い。
「正直に話してください。遠回りをして、救出してから安全圏に逃げ切って2割の力を残せるくらいの余力が今、あなたにありますか?」
流水が天子の目をじっと見つめた。
ここで嘘をつかれれば救出どころではなく全員の命が危ない。
天子の事も三途の事も大事に想っているからこそ、無鉄砲に付き合う気は無かった。
「2時間くらい休めば、、、何とかなると思う」
辿り着いて助けて、2時間前だったら助けられたのに、、。
そんな状況になったら。
頭の中をぐるぐると考えが巡った。
何度も何度も目が泳いで流水の視線から外れようとした天子だったが、最後はしっかりと目を見て答えた。
怒楽の時のように敵陣での無力感に圧し潰されるのはもうこりごりだったから。
「では休みましょう。その前に───」
急務は安全圏の確保と大蛇の所在地確認。
2時間休めばなんとかなるというのは大蛇が居ない設定での話だ。
大蛇が待ち構えているなら、出来得る限り全快に近付けたほうがいい。
「居ない、、ですか?」
「うん。方角的には、、、神輿と同じ場所だね」
流水の予想は良い意味で外れた。
ここに来るまでの道中襲ってこなかった大蛇は、三途の監視にもつかず暢気に本拠地で休んでいる。
(敵地で全快ではない私達が居たのに、、、?)
伝承を手に入れるには絶好の機会だった。
三途に釣られてやってきた2人を捕まえるよりも、鏡面世界の住人且つ神輿が興した国の住人達が多く居る淡路島で攻めに出たほうが確実性は高い。
それに、大蛇は大した手傷を負っていない。
負っていたとしても天子の一撃が掠ったくらいだろう。
何故、何故、何故。
疑問符がいくつも流水の頭に浮かぶ。
遠く離れた位置に敵の伝承は2人共居る。
とてつもない安心材料なはずのそれは、原因が不明な事により得体の知れない不安材料になった。
「確実性を取って3時間休みましょう。自由に動ける鏡面世界の住人も減るでしょうから」
時刻は6時。
まだまだ活発に動いてる住人は多く、街は賑わっている。
作戦の決行は3時間後。
充分な休息を取って見張りも減った安全な時間帯に。
少しの間逡巡した天子だったが、同じように大蛇が配置されていない事に不安を覚えていたからか素直に首を縦に振った。
「なんだ?お前」
私の僅か後に天子から分離した怒楽の第一声がそれだった。
私の事を頭からつま先までじろじろと見て、睨みつけながらそう言ってきた。
ああ、こいつとは仲良く出来ないだろうなと思った。
「しばらくは2人で組手をしてもらうよ」
天子の言葉は非情で、同時期に分離したという理由だけで組手をさせられる事になった。
毎日毎日。
朝から始まり疲れて動けなくなるまで。
最初は猪突猛進タイプの怒楽をいなして投げ飛ばしてを繰り返して勝利を収めていたのに、疲労が溜まってくる時間になると体力の多い怒楽が優勢に立ち、毎日の勝敗はほぼ互角な状態が続いていた。
「今日も俺の勝ち越しだな」
「私の勝ちだ」
「ああ¨!?」
組手と呼ぶにはあまりにも荒々しい。
欲望のままに殴りかかって来る相手を苛立ちのままに投げ捨てる。
こんな事なら先に分離した赤鮫や三途に稽古をつけてもらったほうがいいと常々思っていた。
「流水ちゃんって言うのね?♡よろしくね♡♡」
師匠の選択を間違ってしまったかもしれない。
何度も気持ちよく怒楽を投げていた私が、何度も宙を舞った。
こんなことならカウンターだけでない攻めの方法も知っておくべきだった。
「ふむ。力が足らんな。あまりにも」
赤鮫と三途、2人の下で交互に修行をした。
三途のところではひたすらに接触の多い組手。
赤鮫のところではひたすらに筋力と体力を上げるトレーニング。
おかげ様で、、と言うべきかそのせいでと言うべきか。
怒楽と2人で組手をしている時よりは圧倒的に強く成長する事が出来た。
初めこそいつか倒してやると思っていた赤鮫や三途に対しても敬いの心が生まれて師匠と呼ぶようになり、何度も負けて角が取れた分精神面も成長したのかもしれない。
三途からは師匠呼びを断られてしまったけど。
「もう一本だ」
「はい!!」
この頃からかもしれない。
敬語で話すようになったのは。
厳しい訓練を繰り返しても実力が離れない怒楽を見て、心のどこかで共に歩んでいく2人で1人のような感覚を覚えていた。
2人で1人なら、すぐに熱くなる猪突猛進タイプの怒楽とは正反対の、いつでも冷静沈着な守り主体のタイプでいようと、心のどこかで無意識に思っていたのかもしれない。
それから少しして天子と過ごすようになってから、無意識が意識に変わっていったような気がする。
「明日、ここを発て」
高天原を出て1年と少し。
天子が寝静まった後に赤鮫は私達にそう言った。
昨日漸く一撃を入れる事に成功したけど、それでもたったの一撃。
免許皆伝には程遠く、訓練の途中で敵を多く作ってきた私達が幼い天子を守り切れる自信は正直なところ無かった。
「このままここで暮らしていては、あの子はいつまでも殻に籠る事になる」
「そうか?」
何も分かっていないのは怒楽だけだろう。
こういう時、やはり正反対の性質を求めておいて良かったなと感じる。
「残るのであれば明日から組手の数を倍にするが」
「荷物まとめろ流水」
結局、天子の意見を聞く事なく淤岐ノ島 を発つ事になった。
定住先は無く慣れ親しんだ高天原でも無い。
キレやすく暴走しやすい怒楽とまだ幼く守らなくてはならない天子。
せめて前々から言ってくれていれば、、、。
寝る前にまとめ終えた荷物を見て深々と溜息をついたのだった。
「夢、、、か」
時刻は8:30。
作戦の決行まではまだ時間がある。
天子の案内で寂れた商店街の一角で休んでいたが絶妙な時間に目が覚めてしまった。
「夢なんてものは久しく見ていませんでしたが、、、」
何かしらの防衛本能が作戦の決行を拒絶しているのかもしれない。
もしくは、、、。
認めたくはないですがあの頃のように不安を抱いているのかもしれない。
4人が3人になり、3人が2人になった。
天子は今では私など敵わないくらいの実力を身に着けている。
それでもまだ心は若く、怒楽の良くない部分も受け継いでいる気がする。
「頼れる存在ではあると思うんですが、、」
気持ちよさそうに眠る天子の姿は頼りがいのある戦力にはどうしても見えない。
あの頃の、守ってあげなくてはならない幼子のまま。
「私が怒楽の分まで、、」
願わくば、いつまでも保護者の立ち位置で居られるように。




