第31話:遠くの光、最初の答え
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『食べるほど強くなる小人の俺は、巨人に支配された世界を物理でぶち壊す』
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稜線に出たのは、山道に入って五日目の夕方だった。
木が途切れて、視界が一気に開けた。
北の山脈の主稜線ではない。その手前にある、低い尾根の上だ。足元から先は下り斜面になっていて、その向こうにまた山が続いている。山脈本体まではまだ三日はかかる。ただ、ここまで来ると遮るものがなくなって、東西南北の方角がはっきり分かる。
リトは立ち止まった。
後ろから全員が上がってきた。ルカが肩で息をしている。今日は登りが多かった。ミラが額の汗を拭いた。セイが周囲を確認した。父が足首をかばいながら上がってきて、母が後ろから支えた。
全員が稜線に出た。
風が来た。
山の風は冷たく、湿気を含んでいた。北から来ている。山脈の向こうから吹き下ろしてきている風だ。リトは顔をそちらに向けた。
夕陽が西に落ちかけていた。空が橙から紫に変わり始めていた。
リトは神耳を開いた。風の音、遠くの木々のざわめき、鳥が塒に帰る羽音。南の方角に、川の音がかすかにある。敵の気配はない。
閉じた。
ルカが「ここで夜営するか」と言った。
「もう少し待つ」とリトが言った。
「何を」
「暗くなるまで」
ルカが首を傾けた。理由を聞こうとして、リトの視線の方向を追った。
東の方角。
稜線から見下ろすと、山の斜面が連なって、その先に広い樹海が広がっている。城塞を出てから歩いてきた方角の、さらに先だ。東の城はもう見えない。距離がありすぎる。
ただ。
「前にここから何かが見えると思っていた」とリトは言った。
空が完全に暗くなるまで一時間かかった。
その間に、ミラが稜線の陰に小さな焚き火を作った。風上側に岩を並べて、炎が稜線の向こうから見えないようにした。高圧縮干し肉を一個ずつ、湯と一緒に流し込んだ。
食事が終わっても、リトは稜線に立ったままだった。
東の方角を見ていた。
空の星が増えた。雲がない夜で、星の光だけで輪郭が分かるくらいには明るかった。樹海の黒い塊が、星空の下に広がっている。
父がリトの隣に来た。
「あそこに何かあると思っているのか」
「第3章を出るとき」とリトが言った。「川岸から東の方角の山の稜線に、白い光が見えた。一瞬だった。でも確かに見えた」
「白い光」
「植物が光るのかと思った。でも」
リトは目を細めた。
ある。
東の方角の樹海の、端に近い場所に——点のような、しかし確かな光がある。白い。星の光とは違う、揺れる光だ。
「ある」
父が同じ方向を見た。
「……見える」
ルカが飛んできた。ルカの視力は良い。樹海の端の光をすぐに見つけた。
「あれか」
「あれだ」
「動いてるか」
リトは目を凝らした。位置は変わっていない。ただ、揺れている。炎のように揺れている。
「位置は変わらない。ただ揺れてる」
ルカが腕を組んだ。
「植物が光るなら揺れない」
「そうだ」
ミラが来た。セイが来た。最後に母が来た。六人が稜線に立って、東の方角の一点を見た。
「火だ」とセイが言った。
全員が同時に気づいていたと思うが、最初に言葉にしたのはセイだった。追跡者として、野営地の発見に慣れているからかもしれない。
「炎の揺れ方をしてる。大きさからして焚き火だと思う。かなり小さくしてあるから遠くからは見えにくい。でも稜線に出て見下ろす角度からだと見える」
「植物じゃない」とリトが言った。
「植物じゃない」
「人がいる」
「人がいる」
その言葉が稜線の風の中に出た。
誰かが火を焚いている。東の方角の樹海の中で、小さく、目立たないように、しかし確かに火を焚いている。
「追跡者か」とルカが言った。
「野営なら消さない理由がない」とセイが言った。「追跡者は夜間は焚き火をしない。体温管理は防寒具で賄う。炎は位置の発覚に繋がるから」
「じゃあ追跡者じゃない」
「可能性は低い」
「逃げてる誰かか」とミラが言った。
セイが少し考えた。
「逃げてるなら、もっと深い場所に入る。あの位置は樹海の端に近い。森の中にいるが、移動できる場所を確保している。長くあそこにいる人間だと思う」
リトは東の光を見続けていた。
揺れている。消えない。
「行くのか」とルカが言った。
リトに聞いていた。
リトは光から目を離して、ルカを見た。
「行く」
間を置かなかった。
ルカが「だと思った」と言った。不満ではなかった。確認だった。ルカはリトが「行く」と言うと思っていて、それを確認したかっただけだ。
「遠回りになるか」とミラが言った。
「一日、二日はかかる」とリトが言った。「来た道を少し戻って、東へ向かう。樹海の端まで出て、炎の位置を正確に探す」
「北の山脈への到達が遅くなる」
「遅くなる」
ミラが少し考えた。それから「分かった」と言った。ミラが「分かった」と言うとき、反対しないということだ。理由を聞かないのは、リトが説明しなくてもミラには分かるからだ。
父が「何を期待している」と聞いた。
リトは答えを選んだ。
「何かが分かるかもしれない」という答えは正確だが薄い。「行かないと後悔する気がする」という答えは本当だが説明になっていない。
「焼印の記号が地図と繋がっているなら」とリトは言った。「あの光の近くにいる人間は、その繋がりの中にいるかもしれない。来た道を戻るより、あっちに答えがある可能性がある」
「可能性だ」と父が言った。
「可能性だ」
父が少し黙った。
「……まあ、お前が決めるなら」と父が言った。
それは八年前には言わなかった言葉だと、リトは思った。八年前、父はリトに何も決めさせなかった。決めさせる必要がないように、全部先に決めていた。今は違う。
「ありがとう」と言うのは違う気がして、リトは言わなかった。
セイが「一つ確認したい」と言った。
「何だ」
「炎が見えた場所、ここから距離的にどのくらいか分かるか」
「目視だと判断しにくいが」とリトが言った。「稜線の高さと樹海の端の位置から逆算すると——二十キロ前後だと思う」
「ならその距離を歩いて近づいて、また同じ場所から炎が見えるかどうか確認する方法はあるか」
リトは考えた。
「炎の位置を今ここから正確に記録する。岩の形や木の稜線上の輪郭と炎の位置関係を頭に入れておく。樹海に入ったら方位を保ちながら進む」
「神耳で人の気配は捕捉できるか」
「近づけば」
「どのくらいの距離から」
「静かな環境なら五十メートル。森の中の音が多い状況では三十メートルを切ってから」
セイが頷いた。
「なら行けると思う」
リトはセイを見た。セイは今、追跡者だった頃の思考で話していた。感情ではなく経路の問題として考えている。リトにはそれがありがたかった。
その夜は稜線の陰で眠った。
眠る前に、リトはもう一度東の光を確認した。
まだある。揺れている。消えていない。
誰かがそこにいる。
焚き火を絶やさない理由がある誰かが、樹海の端で、長い時間をかけてそこにいる。
リトは方位を頭に刻んだ。岩の稜線の形と光の位置関係を、目を閉じても再現できるように記憶した。
それから横になった。
風が稜線を越えて来た。冷たい。北の山脈の向こうから来ている風だ。
リトは目を閉じた。
明日、来た道を戻る。東へ向かう。
光の元へ行く。
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