第30話:父が話す夜
お読みいただきありがとうございます。
『食べるほど強くなる小人の俺は、巨人に支配された世界を物理でぶち壊す』
今回もよろしくお願いします。
その夜の野営地は、大きな岩が三方を囲む窪地だった。
風が遮られて、焚き火の煙が上に真っ直ぐ伸びる。煙の量は少なくしたが、完全に消すよりも細く真っ直ぐ上げた方が遠くからは見つかりにくい。セイがそう言った。追跡者として動いていた頃の知識だ。
夕食は高圧縮干し肉を一個ずつ。ルカだけ二個だが、それはルカが昼の移動中に一番重い荷物を持ち続けたからで、誰も文句を言わなかった。ミラが乾燥した葉を煎じて湯を作った。味はほとんどないが、温かいものが体を通ることには意味がある。
食事が終わって、ルカが先に眠った。
セイが文書庫の本を膝に置いて、火の光で図版のページを見ていた。字は読めないが、図の形だけを追っている。それが何かの手がかりになると信じているのか、それとも手を動かしていないと落ち着かないだけなのか、リトには判断できなかった。
ミラが焚き火の近くで膝を抱えていた。
父が岩に背中を預けて目を閉じていた。眠っているわけではないとリトには分かった。呼吸が浅すぎる。
母がその隣で、父の手の甲に自分の手を重ねていた。
リトは焚き火の向こうから、その二人を見ていた。
口を開いたのは父だった。
目を閉じたまま、前置きなしに、話し始めた。
「俺たちがあの森に隠れていた理由は」と父が言った。「お前に知られたくないものがあったからじゃない」
リトは動かなかった。
「俺たち自身が、知らなかったからだ」
焚き火が鳴った。セイが本から顔を上げた。ミラが父を見た。
父が目を開けた。火を見た。
「八年間、あの木の上にいたのは、隠れていたからだ。それは本当のことだ。だが何から隠れていたのかを、俺は正確には分かっていなかった」
「追跡者から」とリトが言った。
「そうだ」と父が答えた。「だが追跡者が俺たちを探していた理由を、俺は知らなかった。今も、完全には知らない」
リトは待った。
父が続けた。
「お前が生まれる前のことだ」
父の声が変わった。記憶を引き出すときの、少し遠い声になった。
「俺と母さんは、南の城壁の街にいた。今いる東の城より規模が小さい街で、小人の数も少なかった。俺たちは街の外れで暮らしていた。焼印は持っていたが、追跡される理由は何もなかった。そのはずだった」
「そのはずだった、というのは」
「ある日、大領主の使者が来た」と父が言った。「使者は俺たちの焼印を確認して、書類に何かを記録して、去った。それだけだ。その三日後に追跡者が来た」
リトは父の首元を見た。焼印が服の下にある。
「使者が来たから追跡者が来た」
「そうだとしか考えられない」
「なぜ」
父が一度、息を吸った。
「俺たちの焼印の記号が、他の小人と形が違うからだ」
その言葉が、岩に囲まれた窪地の空気に溶けていった。
セイが本を閉じた。ミラが膝から手を離した。
リトは自分の首元に触れた。服の上から、焼印の場所を指で押さえた。形は見えない。だが確かにそこにある、刻まれた記号の凹凸が、服越しに感じられる。
「違うというのは」とリトが言った。「どう違う」
「俺には説明できない」と父が言った。「文字が読めないから、記録に何と書かれているかも分からない。ただ、使者が来たとき、俺の焼印を見た瞬間の顔が——普通じゃなかった」
「普通じゃない」
「驚いていた。それから急いで書類に書いた。手が少し震えていた」
母が口を開いた。初めてだった。
「私も同じだった」と母が言った。「使者は私の焼印も確認した。同じ反応をした。驚いて、書いて、去った」
「二人とも同じ記号だったということか」
「そうだと思う」と母が言った。「確認する方法がなかったから分からないけど」
リトは昨日のことを思い出した。気絶した追跡者の首の焼印と、父の地図の記号が、根っこで繋がっていた。
「地図の記号と」とリトが言った。「俺たちの焼印は繋がってるのか」
父が少し間を置いた。
「繋がっていると思う」と父が言った。「ただ、それがどういう意味なのかを、俺は知らない」
知らない、という言葉がリトには意外だった。
父は何かを知っていて、それを話さないのだと思っていた。八年間、ツリーハウスで隠れながら、地図を持ち続けて、何かを知りながら黙っていたのだと。
だが違った。
父も、知らなかった。
「地図はどこで」とリトが聞いた。
「追跡者から逃げながら移動していたとき、廃屋で見つけた」と父が言った。「床板の下に隠されていた。誰が隠したのかは分からない。だがそこに、俺たちの焼印と同じ根を持つ記号が三か所に書かれていた。それだけが手がかりだった」
「それだけで八年間」
「それだけで八年間だ」
父の声に何かが混じっていた。後悔でも、開き直りでもない。ただ、事実を事実として言う、疲れたような正確さがあった。
「なぜ記号の場所に向かわなかった」とリトが聞いた。責めているわけではなかった。ただ聞きたかった。
「お前が生まれた」と父が言った。
それだけだった。
それだけで答えになっていた。
ミラが湯を少し温め直して、父と母の椀に注いだ。
父が受け取った。
「一つだけ分かっていることがある」と父が言った。「大領主は——俺たちの焼印の記号の意味を、知っている」
「知っている、と思うのか」
「使者が驚いたあとで、書類に書いた。それが大領主に届いた。だから追跡者が来た。大領主が動いたということは、大領主は意味を知っていて、その意味が重要だったということだ」
リトは考えた。
大領主は第3章で「来ると思っていた」と言った。城に侵入したリトたちを追わなかった。本を投げ渡した。六年前からリトの来訪を知っていた。
全部繋がる。
大領主はリトたちの焼印の記号の意味を知っていて、だからリトを待っていた。待ちながら、道を開けていた。
「大領主に直接聞けば分かるのか」とリトが言った。
「分からない」と父が言った。「大領主が答えるかどうか、俺には判断できない。ただ——」
父がリトを見た。
「お前が大領主の城に入って、出てきた。大領主はお前を追わなかった。そのことは、俺には理解できない」
「俺も分からない」
「だからまだ、簡単に動けないと思っている」
父が椀の湯を一口飲んだ。
「記号のある場所に向かうのが正しいのかどうか、俺には分からない。ただ、このまま知らないままでいることはもっと間違っている気がする」
「だから地図を広げた」
「だから地図を広げた」
しばらく誰も話さなかった。
セイが「一つ聞いていいか」と言った。
父がセイを見た。
「焼印の記号が違う小人は、お前たちの他に会ったことがあるか」
父が少し考えた。
「一人」と父が言った。「追跡者から逃げていた頃に、廃屋で一緒になった老人がいた。その人の焼印を見たとき、俺の焼印と同じ形だと思った。でもその人はそれから二日後に、別の追跡者に連れていかれた」
「どこへ」
「分からない」
セイが黙った。何かを考えている顔だった。
リトにはセイが何を考えているか分かった。同じことを考えているからだ。
別の形の焼印を持つ小人が、大領主に探されている。それは父母だけではないかもしれない。東の城より遠い場所に、同じ記号がある。そこに何があるかを、父も知らない。大領主は知っている。
ならば次にすることは一つしかない。
「北の山脈を越える」とリトが言った。
誰への言葉でもなかった。ただ、確認だった。
「越える」と父が言った。
母が父の手に、もう一度手を重ねた。
その夜、リトは眠るまでの間、自分の首元に触れていた。
服の上から、焼印の場所を押さえた。形は分からない。だが父が言った言葉が頭の中で繰り返された。
俺たちの焼印の記号が、他の小人と形が違う。
なぜ違うのかは、父も分からない。
大領主は知っている。
リトは目を閉じた。
焚き火が小さくなっていった。岩に囲まれた窪地の中で、六人分の呼吸の音だけがあった。
お読みいただきありがとうございました。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いします。




