第20話:城の入口にて
お読みいただきありがとうございます。
『食べるほど強くなる小人の俺は、巨人に支配された世界を物理でぶち壊す』
今回もよろしくお願いします。
草を踏む音がした。
一人分だった。軽い足音だ。小人の足音だ。だがミラが「知ってる」と言った。リトはスリングを手に取った。ミラとルカは左右に散った。
人影が見えた。
草地の端から出てきた。小人だった。手に何も持っていなかった。腰にも何もなかった。武器がなかった。両手を開いて見せながら歩いてきた。
リトは顔を見た。
第14話で向き合った追跡者だった。
三人は警戒を解かなかった。
追跡者が止まった。リトとの距離が五メートルになったところで立ち止まった。
「武器はない」と追跡者は言った。「話がある」
「話すことは何もない」とリトは言った。「次に会ったら容赦しないと言った」
「覚えてる」と追跡者は言った。「だから来た」
リトは黙った。
追跡者が続けた。「あの後、考えた。お前に言われた言葉が、頭から離れなかった」
「どの言葉だ」
「『殺さない。でも次に会ったら容赦しない』」追跡者は一度止まった。「殺さなかった理由を、ずっと考えてた。熱が足りなかったわけじゃないだろう。お前は余裕があった。なのになぜ殺さなかった」
リトは答えなかった。
「俺なりに考えた答えがある」と追跡者は言った。「お前は俺を裁かなかった。俺がこの社会で生き延ぶために選んだ道を、お前は否定しなかった。違うか」
リトはその言葉を聞いた。
「違わない」とリトは言った。
追跡者が少し息を吐いた。「お前たちが東の城に向かっているなら、俺は知っていることを全部教える」
「なぜ」
追跡者が黙った。数秒あった。
「俺の兄が、五年前にあの城に送られた」と言った。「帰ってこない」
名前を聞いた。
セイ、と言った。
リトはセイを見た。第14話で短剣を二本吊っていた追跡者だ。今は何も持っていない。焼印が手首にある。大領主の印と同じ形の焼印だ。
「情報を全部話せ」とリトは言った。「代わりに俺たちがあの城に入る。入れたら、兄を探す。それが取引だ」
セイが「探すだけでいいのか」と言った。
「見つけたら連れ出す。見つからなければ分からない」
セイが少し考えた。「分かった」と言った。
セイが話し始めた。
地下水路の図を地面に描いた。川から入って最初の分岐を右に行く。左は城の西側に繋がっていて守備が厚い。右を行けば東棟の地下に出る。水路の幅は狭い場所で一メートルほどだ。大人の人間は通れない。小人なら通れる。
守備の交代は夜明け前の一刻と昼過ぎの一刻だ。交代の直前が最も手薄になる。
「大領主は城の奥に何を持っている」とリトは聞いた。
セイが少し口を閉じた。「文書庫がある」
「文書庫」
「城の最奥にある。大領主が鍵をかけている。中に何があるかは分からない。だが——」セイが続けた。「あそこには焼印に関する記録があると聞いた」
リトは黙って聞いた。
「お前たちの両親がなぜあの人間に追われていたのか。小人という種族が一千年どう扱われてきたのか。全部、あの城の文書庫に眠っているという話だ。俺が聞いたのはそこまでだ。本当かどうかは分からない」
リトは何も言わなかった。
父母を取り戻すことだけを考えていた。それだけのために城に入ると思っていた。だがその先に、別の何かがあるかもしれない。
自分が何者かを知ることができるかもしれない。
父母がなぜ追われていたのかを知ることができるかもしれない。
小人がなぜ焼印を持つのかを。なぜ首輪をはめられるのかを。なぜ奴隷になるのかを。一千年分の答えが、あの城の中にあるかもしれない。
リトは地面のセイが描いた水路の図を見た。
「案内しろ」とリトは言った。
四人は夜の川沿いを歩いた。
川の音がした。水が石を踏む音だ。草地が続いていた。虫の声があった。遠くで何かの鳴き声がした。魔物かもしれなかった。
リトは歩きながらスリングを確かめた。革紐の感触を指で辿った。父が作った結び目が三つある。一つ目。二つ目。三つ目。
食べろよ。
父の声が聞こえた気がした。
ちゃんと、食べろよ。
あの夜の声だった。廃屋の床に伏せたまま、父が言った最後の言葉だった。命令じゃなかった。祈りに近い言葉だった。
腹の奥の熱が、今夜は特別に強い気がした。
食べたからではなかった。それだけではなかった。
リトは前を向いた。
城が見えた。
木々の間から、石造りの壁が見えた。高かった。大きかった。灰色の城壁が夜空の中に立っていた。灯りが見えた。城壁の上に、松明が並んでいた。
ミラが「守備が見える。城壁の上に四人」と言った。
「動いているか」とリトは聞いた。
「ゆっくり歩いてる。交代前だ」
セイが川岸に膝をついた。水面を指差した。「ここだ」と言った。葦の陰に、暗い入口が見えた。水路の入口だった。川の水面下に開いていた。水の中にあった。
「次の守備交代まで、あと一刻だ」とセイは言った。
リトは川を見た。
暗かった。水面が夜空を反射していた。底は見えなかった。冷たいのは分かっていた。さっきも入った。あの冷たさが水路の中ずっと続く。暗い中を、どのくらい泳ぐか分からない。熱が切れる可能性がある。
だが腹の奥の熱は消えなかった。
「食え」とリトは四人に言った。「入る前に食えるだけ食う」
干し肉を出した。四人で食べた。ルカが黙々と食べた。ミラが水を飲んだ。セイが干し肉を受け取って、少し躊躇ってから食べた。
食べ終わった。
リトはスリングを腰に固定した。袋を背中に縛った。水に濡れても外れないように縛った。
川を見た。
暗い。冷たい。
腹の奥の熱は、消えない。
「行く」と言った。
川に入った。
お読みいただきありがとうございました。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いします。




