第19話:下から攻める
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『食べるほど強くなる小人の俺は、巨人に支配された世界を物理でぶち壊す』
今回もよろしくお願いします。
川を見た。
城の東側を流れる川だ。幅は二十メートルほどある。流れは速くない。水面が緩やかに光を返していた。川岸に葦が生えていた。岸から見ると底が見えない場所がある。深い場所だ。
「ここから入る」とリトは言った。
ミラが川を見た。「どのくらい泳ぐの」
「地図の上では城まで三百メートル。水路に入ってからは分からない。老奴隷が言っていた通りなら、東棟の地下まで繋がっている」
「三百メートル」とルカが言った。「泳いで」
「問題はそこじゃない」とリトは言った。
問題は水の中で何もできないことだった。
陸上では空気を操作する。
空気を圧縮して前へ送り出すことで、石に速度を乗せる。真空の膜を展開することで、圧力差を作る。それが全ての基礎だ。
だが水の中では話が違う。
水は空気と違う。空気は軽い。圧縮できる。押し退けられる。だが水は重い。空気の八百倍の密度がある。空気を押し退けるのと同じ感覚で水を押し退けようとすれば、反力がそのまま返ってくる。
試してみなければ分からない。
リトは川に入った。
膝まで浸かった。腰まで浸かった。水が冷たかった。流れが足首に当たった。三十センチの体は流されやすい。踏ん張って、真空の膜を展開しようとした。
展開した瞬間、体が吹き飛ばされた。
水面に叩きつけられた。流れに乗って三メートル流された。葦に手が引っかかって止まった。
ルカが「大丈夫か」と岸から言った。
「もう一度やる」とリトは言った。
岸に戻って、また入った。今度は範囲を小さくした。膜を体の周囲だけに絞った。小さくすれば反力も小さくなるはずだった。
展開した。
弾かれた。
今度は二メートルだった。葦に戻った。
「だめだ」とリトは言った。岸に上がって座った。水が滴った。
なぜ弾かれるのかを考えた。
空気を押し退けられるのは、空気が圧縮できるからだ。押した分だけ逃げる。だから押し退けられる。水は違う。水は圧縮できない。押しても逃げない。押した力がそのまま返ってくる。
だから押し退けようとすれば弾かれる。
押し退けるのではなく、別の何かをしなければならない。
リトは水面を見た。
流れがあった。上流から下流へ向かう流れだ。流れがあるということは、水に動きがある。水は動ける。押し退けなくても、動かすことはできる。
流れは圧力差で生まれる。上流の方が水圧が高くて、下流の方が低い。その差が流れを作る。
圧力差を作ればいい。 押し退けるのではなく、差を作る。自分の周囲の水圧を均一に保ちながら、前方だけ圧力を下げる。後方との差が生まれれば、水が後ろから前へ動く。その流れに乗れば、体が前へ進む。
押すのではなく、引く。
「もう一度やる」とリトは言った。
川に入った。三度目だった。
腰まで浸かった。踏ん張った。
今度は押し退けようとしなかった。膜を展開しなかった。代わりに、前方の水圧だけを少し下げた。後方との差を作った。ほんの少しだけ、差を作った。
水が動いた。
体の周囲で、水がわずかに動いた。流れができた。小さい流れだった。川の流れとは別の、リトの周囲だけの流れだった。
体が前へ動いた。
一メートル、進んだ。
流れが消えた。熱が切れた。体が止まった。だが一メートル進んでいた。
「できた」とルカが叫んだ。
リトは岸に戻った。水から上がって、少し息をついた。体が冷えていた。手が震えていた。熱の消費量を確かめた。一メートルで、かなり使っていた。
「できるかもしれない」とリトは言った。「まだ十分の一も実用的じゃないけど」
「十分の一って、どういう意味だ」とルカが言った。
「城まで三百メートルある。今の効率だと、途中で熱が切れる」
「切れたら」
「溺れる」
ルカが黙った。
「練習する」とリトは言った。「時間がある分だけ」
三人で川に入った。
ルカが最初の一歩で沈んだ。
顔まで水に浸かって、両手をばたばたさせた。川底に足がついた。立ち上がった。水が顎の高さにあった。八十五センチのルカに、この川は深すぎた。
「泳げないのか」とリトは言った。
「泳いだことがない」とルカは言った。顔に水草がついていた。
ミラが川に入った。スムーズに入った。腕を動かして水面に浮いた。泳げた。だが進むのが遅かった。力が弱いから、腕で水を掻いても速度が出なかった。
リトは泳げた。泳ぎ方は知っていた。だが三十センチの体は流されやすい。川の流れが少し速くなると、そちらへ持っていかれた。
「整理する」とリトは言った。岸に三人で上がった。
「俺は水中で推進力を作れる。だが流されやすい。ミラは泳げるが非力だ。ルカは泳げない」
「致命的じゃないか俺」とルカが言った。
「ルカはミラに引いてもらう。俺が先に進んで流れを作る。その流れにミラとルカが乗る」
「ミラが俺を引いて、俺たちがリトの流れに乗る」とミラが確認した。
「そういうことだ。ただし——」
リトは川を見た。水路の中は川よりも狭いはずだ。流れが作りやすい。だが暗い。底が見えない。距離が長い。
「水路の中で熱が切れたら、全員が危ない」
三人は黙った。
「だから食いながら行く」とリトは言った。「川に入る前に限界まで食う。水路の途中でも食える分は食う。水中でどこまで効くかは分からないが、やるだけやる」
ルカが「俺が食う量は」と言った。
「持てるだけ全部だ」
「また全部か」
「また全部だ」
ルカが干し肉を取り出した。食べ始めた。ミラも食べた。リトも食べた。三人で川岸に座って、黙って食べた。
作戦の最終確認をしていたときだった。
ミラが手を止めた。
索敵の目になっていた。遠くを見る、焦点が定まらない目だ。
「どうした」とリトは言った。
「気配がある」とミラは言った。「一人だ。近づいてくる」
「人間か」
「違う。小人だ」ミラが少し黙った。「でも——」
「でも」
「知ってる足音だ」
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