第16話:森の番人
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『食べるほど強くなる小人の俺は、巨人に支配された世界を物理でぶち壊す』
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夜明けの光の中で、それが見えた。
森の端から街道に向かって、ゆっくり動いていた。高さは一メートル半ほどある。幅はそれ以上だ。甲羅が全体を覆っていた。灰色の、岩のような甲羅だった。岩のようなではなく、岩だった。表面に苔が生えていた。割れ目がある。だがその割れ目も岩の割れ目と変わらなかった。
頭が見えた。首を伸ばしたとき、亀の頭が甲羅の前端から出てきた。目が小さかった。鼻孔が広かった。息を吐くたびに、低い音がした。
「岩甲亀だ」とリトは言った。
「知ってるのか」とルカが言った。
「名前だけ。甲羅が完全に岩化している。普通の魔物じゃない」
「でかい」
「でかい」
ミラが「迂回できないの」と言った。
リトは地図を広げた。岩甲亀がいる森は街道に沿って続いている。南へ迂回すれば森を避けられるが、地図の上で指を動かすと、二日分の遠回りになる。二日は長い。食料の消費が増える。それだけではない。父母がどの城にいるかは分かっている。だがいつまでそこにいるかは分からない。動かされる前に着かなければならない。
「戦う」とリトは言った。
ルカが「勝てるのか」と言った。
「やってみる」
まずリトが一人で試した。
岩甲亀は森の端で止まっていた。街道を見ていた。頭を引っ込めていた。甲羅だけが見えている状態だった。
リトはスリングに石を込めた。熱を乗せた。射線を読んだ。甲羅の表面、中心より少し右に継ぎ目がある。継ぎ目は岩よりわずかに薄いはずだ。そこを狙った。
放った。
石が甲羅に当たった瞬間、弾き返された。
乾いた音がして、石が斜め後方へ飛んだ。甲羅に傷一つついていなかった。
リトは継ぎ目を見た。継ぎ目は確かにあった。だが近づいてよく見ると、継ぎ目の中まで岩化していた。表面だけでなく、深さまで岩になっている。鎧熊の装甲は継ぎ目の内側が柔らかかった。だからそこを撃てた。この岩甲亀は違う。どこを撃っても岩を撃つのと変わらない。
一度目の失敗だった。
リトは戻って二人に言った。「狙撃は効かない。甲羅全体が岩だ」
ルカが「俺が叩くのはどうだ」と言った。
ルカが前に出た。
岩甲亀に近づいた。五メートル。三メートル。岩甲亀が頭を引っ込めた。甲羅だけになった。
ルカが甲羅を殴った。
鈍い音がした。ルカの顔が歪んだ。拳を開いて閉じた。もう一度殴った。また鈍い音がした。甲羅は動かなかった。傷がつかなかった。
ルカが全力で殴り続けた。十回、二十回。音は大きくなったが、甲羅は変わらなかった。ルカの拳の皮が剥けて血が滲んだ。
岩甲亀が頭を出した。ルカを見た。首を伸ばして噛みつこうとした。ルカが後ろへ飛んだ。歯が空を噛んだ。
ルカが戻ってきた。「硬い。全然届かない」
「衝撃が内部まで届いていない」とリトは言った。「お前の体重では、岩の外側で止まっている」
「じゃあどうする」
リトは岩甲亀を見た。甲羅を見た。岩の表面を見た。
二度目の失敗だった。
三人で座った。
岩甲亀は森の端で動かなくなっていた。警戒しているのか、ただ休んでいるのかは分からなかった。
「岩を割るには」とリトは言った。「外から力をかけるだけでは足りない。内側から崩す必要がある」
「内側から」とミラが言った。
「継ぎ目を撃てれば内側に衝撃を送れる。だが継ぎ目まで岩化している。問題はそこだ」
ルカが「割れ目を作れれば」と言った。「一センチでも割れ目ができれば、そこからいけるんじゃないか」
「割れ目を作るには、今のお前の力では足りない」
「今の力では、ということは」
リトはルカを見た。
食べながら戦ったことは、一度もなかった。食べて熱を溜める時間は、戦闘の前か後だった。戦いながら補給するという発想が、なかった。
「できるか分からない」とリトは言った。「試したことがない」
「やってみる」とルカは言った。
ルカが岩甲亀に向かった。
近づきながら、干し肉を口に放り込んだ。噛みながら走った。飲み込んだ。甲羅を殴った。
一発目。変わらなかった。
また干し肉を口に入れた。噛んだ。飲み込んだ。殴った。
二発目。変わらなかった。拳の感触が少し違った気がした。少しだけ、沈んだ気がした。気のせいかもしれなかった。
ルカが振り返った。「もう一枚くれ」
ミラが干し肉を投げた。ルカが空中で口に入れた。噛みながら甲羅に向き直った。腕を引いた。全部を込めた。
殴った。
ズ、という音がした。
ルカの拳が一センチ、甲羅に沈んだ。
細い亀裂が走った。継ぎ目ではなく、表面の中央だった。岩が割れた音がした。
「今だ」とリトは言った。
スリングを回した。
石ではなかった。熱だけを圧縮した。真空の塊を作った。継ぎ目を狙うのではない。亀裂の中心に向けた。亀裂は一センチしかない。だがそこだけ、岩ではない。そこだけ、内側に繋がっている。
放った。
真空弾が亀裂に吸い込まれた。
ズン、と鳴った。
甲羅の内側で、何かが崩れる音がした。岩甲亀が動きを止めた。頭が半分出たまま、固まった。前足が一歩踏み出したまま、止まった。
そのまま、倒れた。
横倒しになった巨体が地面を揺らした。草が波打った。
静かになった。
三人は近づいた。
岩甲亀は動かなかった。息がなかった。
ルカが拳を見た。皮が剥けて血が乾いていた。「できた」と言った。
「できた」とリトは言った。
ミラが甲羅を見た。亀裂から内側が覗いていた。甲羅の裏は岩ではなかった。薄い灰色の、硬い皮膚だった。
リトは亀裂に近づいた。内側を見た。
何かが刻まれていた。
甲羅の裏面に、記号があった。小さかったが、はっきりしていた。人の手で刻んだものだった。獣が自分でつけた傷ではない。道具で刻んだ跡だ。
リトは記号を見た。
見たことがある形だった。
どこで見たか、すぐに分かった。
焼印と、同じ形だった。
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