第15話:密度と体積
お読みいただきありがとうございます。
『食べるほど強くなる小人の俺は、巨人に支配された世界を物理でぶち壊す』
今回もよろしくお願いします。
その夜、ルカは食べ続けた。
干し肉を一枚食べた。もう一枚食べた。水を飲んだ。また食べた。リトが「まだ食えるか」と聞くたびに、ルカは「食える」と言った。五枚目を食べ終わったとき、ルカが「なんで俺はこんなに食ってるんだ」と言った。
「聞きたいことがある」とリトは言った。「食べた後、何か感じるか」
ルカが考えた。「熱い」
「腹が」
「腹じゃない。腕が」
リトは黙った。
腕が、と言った。腹の奥ではなく、腕が。
リトの場合、熱は腹の奥に溜まる。それが全身に広がって、圧力になって、石に乗る。体の中心から外へ向かう流れだ。だがルカは腕が熱いと言った。末端が先に熱くなっている。流れが違う。
「もう少し食え」とリトは言った。
「まだ食うのか」
「食える分だけ」
ルカが六枚目を食べ始めた。
リトは自分のことを整理した。
三十センチという体積は、蓄えられる熱量が少ない。一度に溜められる量に限界がある。だがその少ない熱量が、三十センチという小さな体積の中に詰まっている。圧縮されている。その圧縮された密度が、石一発に乗るときの威力になる。
少ない熱量を、狭い空間に押し込んでいるから強い。
ルカは八十五センチある。
体積が違う。リトの二十倍以上の体積がある。溜められる熱量の上限が、桁違いに大きい。だがその熱量は広い空間に分散している。取り出すのに時間がかかる。蓄積量は多いが、密度は低い。
俺は速射型だ。少ない量を素早く出す。
ルカは大容量型だ。大量に溜めて、ゆっくり出す。
「聞け」とリトはルカに言った。
ルカが顔を上げた。口に干し肉が入ったままだった。
「お前と俺は仕組みが違う。俺の場合、三十センチという小ささが密度を作る。体積が小さければ小さいほど、エネルギーが圧縮されて威力が上がる。だが溜められる量は体積に比例する。俺は少ししか溜められない」
ルカが飲み込んだ。「俺は」
「お前は俺より遥かに多く溜められる。だが取り出すのに時間がかかる。速射はできない。でも溜め続ければ、俺には出せない力が出る」
ルカがしばらく黙った。「信じていいのか、それ」
「明日の朝に分かる」
夜中、ルカが「眠れない」と言った。
「全身が熱い。手に力が入りすぎて、草を握ったら抜けた」
「それでいい」とリトは言った。
「よくない。気持ち悪い」
「慣れる」
「慣れるのか」
リトは答えなかった。自分が初めて熱を感じた夜のことを思った。あの夜も眠れなかった。腹の奥が燃えているようで、じっとしていられなかった。父が隣にいて、「それが普通だ」と言った。普通かどうかは分からなかったが、父がそう言ったから信じた。
「眠れなくていい。横になってろ」とリトは言った。
ルカが草の上に横になった。しばらくごそごそしていた。やがて動かなくなった。眠ったわけではなかった。ただ静かになった。
翌朝、ルカが走った。
最初の一歩で分かった。
音が違った。足が地面を踏む音が、昨日と違う。一歩一歩が重かった。重いというより、深かった。踏み込むたびに草がへこんだ。土が少し掘れた。
ルカが走り終えて戻ってきた。息が上がっていた。目が少し驚いていた。
「速かった」とミラが言った。
「速いというより」とルカは言った。「重い。なんか、全然違う」
「できてる」とリトは言った。
ルカが自分の手を見た。開いて、閉じた。また開いた。昨日と同じ手だった。同じ手のはずだった。
「俺、これで何ができる」とルカは言った。
「まだ分からない」とリトは言った。「だが使い方は考える」ルカはしばらく自分の手を見ていた。それから、ゆっくり握った。
ミラが「じゃあ私は」と言ったのは、その朝のことだった。
干し肉を取って、食べた。三枚食べた。「これでいいか」と聞いた。リトは「もう少し」と言った。ミラがもう二枚食べた。
翌朝、ミラが「何も変わらない」と言った。
腕が熱いこともない。走っても昨日と同じだ。体が重くなった気もしない。
リトは黙っていた。
変わっていないわけではなかった。
ミラの呼吸に、わずかなノイズが混じっていた。ほんの少しだ。音というより、乱れに近い。リトの神耳が拾わなければ分からない程度だった。
「もう一日食え」とリトは言った。
ミラが「意味あるの」と言った。
「ある」
ミラは黙って食べた。
翌日もノイズがあった。
翌々日も、あった。
少しずつ大きくなっていた。ノイズの質が変わっていた。乱れではなくなっていた。何かを拾おうとしている音に変わっていた。
三日目の朝、草地を歩いていたとき、ミラが突然止まった。
「前に三人いる」とミラは言った。「荷馬車が一台。街道の曲がり角に止まってる」
リトは前を見た。
街道の曲がり角はまだ見えなかった。草地の向こう、三百メートル以上先にあるはずの場所だ。
「見えるのか」とリトは言った。
「見えるというか——」ミラが少し黙った。「分かる。そこにあるのが分かる」
「三人の動きは」
「止まってる。荷馬車の周りに立ってる」
リトは地図を確認した。曲がり角の先に、迂回できる獣道がある。
「回る」とリトは言った。「ミラ、動きが変わったら教えろ」
三人は草地を南へ折れた。曲がり角から遠ざかるように動いた。ミラが歩きながら「まだ止まってる」と言った。「一人動いた。荷馬車の前に出た」と言った。「また止まった」と言った。
三百メートル先の動きを、ミラが読んでいた。
獣道を抜けて、曲がり角の先へ出た。荷馬車は見えなかった。後ろに消えていた。
リトはミラを見た。
昨日まで、索敵はリトの神耳だけに頼っていた。リトが拾えなければ、何も分からなかった。だがミラは違う方向で拾っている。リトの神耳が深く一点を聞くとすれば、ミラは広く面を感知する。索敵の範囲が、倍以上になった。
「お前は索敵担当だ」とリトは言った。
ミラが「索敵担当」と繰り返した。
「遠くを広く見る。俺が深く聞く。二重になる」
ミラが少し黙った。それから「分かった」と言った。昨日まで「何も変わらない」と言っていた声と、少し違った。
夕方、三人は草地に座って干し肉を食べた。
ルカが「俺たち、なんかチームっぽくなってきたな」と言った。
リトは「最初からチームだ」と言った。
ルカが「最初からって、城下町を出た日からか」と言った。
「そうだ」
「あの日、俺たちまだ名前も知らなかったぞ」
「それでもチームだ」
ルカが笑った。声を出さない笑い方だった。ミラも少し笑った。
リトは笑わなかったが、悪い気はしなかった。
夜になった。
ミラが索敵を続けながら、ふと黙った。
「どうした」とリトが言った。
「音がする」とミラは言った。「遠い。街道じゃない、森の方から」
「荷馬車か」
「違う。似てるけど、重さが違う。それと——」ミラが少し間を置いた。「息遣いがする。生き物の」
リトは東を見た。暗くて何も見えなかった。
「引きずってるのか」
「何かを、引きずるような音がする」
リトはその音を拾おうとした。ミラが拾えているなら、集中すれば届くかもしれない。
届かなかった。ミラの広域感知が先に捉えていた。
「方角は」
「東。森の中だ」
東だった。進む方向に、何かがいる。
夜明け前、ミラが「見えた」と言った。
街道を外れた森の端に、岩のような何かが動いていた。
岩は動かない。だがそれは動いていた。ゆっくりと、重く、地面を踏みしめながら進んでいた。
リトは目を細めた。
岩ではなかった。
お読みいただきありがとうございました。
面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
次回もよろしくお願いします。




