第11話:吐くまで食う
第1章最終話です。
リトたちの逃避行は、一つの区切りを迎えます。
よろしくお願いします。
街を出た。
夜の裏通りを、三人で走った。石畳の継ぎ目を縫って、荷車の陰をすり抜けて、人気のない路地を選んで進んだ。俺が先頭で神耳を張る。ミラがルカの手を引く。追ってくる足音はなかった。
城門の搬入口——荷物の出し入れに使う小さな扉が、夜中は内側から掛け金一本で閉まっているだけだった。俺が隙間から掛け金を外した。三人で外に出た。
城壁の外は、草の匂いがした。
森とは違う匂いだ。乾いていた。広かった。見上げると、星が多かった。街の中では見えなかった星が、ここからは見えた。
城壁から十分ほど歩いたところに、廃小屋があった。
農具でも置いていたのか、石造りの小さな建物で、屋根に穴が開いていた。でも風は防げた。三人で中に入った。
「食料を出せ」
俺は言った。
ミラが背嚢を下ろした。乾し肉と、干し果物と、硬いパンが出てきた。
「全部か」
「全部」
俺はそれを受け取った。
「食べる。全部」
ミラが俺を見た。「あたしたちの分は」
「後で狩る。俺が取ってくる。今夜は全部食う」
ミラは少し黙った。ルカを見た。ルカが頷いた。
俺は食べ始めた。
乾し肉から先に食べた。硬かった。森で仕留めた獣の肉を乾かしたものじゃない。市場で買ったもので、獣臭さが薄い。でも噛むたびに、腹の奥に熱が灯った。
小さく。弱く。でも確かに。
また一切れ。また一切れ。
熱が増えていく。指先に感覚が戻ってくる。さっきまで遠かった足先が、また自分のものになってくる。
父さんの顔が浮かんだ。
引かれながら、笑っていた。
なぜ笑えるんだ、と思った。引きずられながら、腕を掴まれながら、それでも俺に向かって笑っていた。悲しそうじゃなかった。怖そうでもなかった。何かを成し遂げた人間みたいに、笑っていた。
あの笑いが何だったのか、まだ分からない。
ただ、言葉だけが残っていた。
食べろよ。ちゃんと、食べろよ。
俺は噛んだ。飲み込んだ。また食べた。
吐き気が来た。悲しいのか、悔しいのか、怒っているのか、分からなかった。全部が一度に来ていた。全部をまとめて、食べた。胃が痛くなってきた。それでも食べた。
熱が増える。体の奥で火が育つ。
「父さんが笑ってた」
気がついたら、声に出していた。
「引かれながら、笑ってた」
ミラが俺を見た。
「どんな笑い方だった」
「分からない。見たことのない笑い方だった。怖くない。悲しくない。もっと——何か、別の」
「終わったから、かもしれない」とミラが言った。
俺はミラを見た。
「ずっと逃げてたんでしょ。八年間。子供を守りながら、ずっと逃げてた。それが終わった。捕まったけど、子供は逃げた。そういう顔じゃないの」
俺は答えなかった。
そうかもしれなかった。そうじゃないかもしれなかった。でも——父さんが最後に笑ったのは、俺が地図を抜き取るのを見た後だった。止めなかった後だった。
渡したんだ。
笑いながら、渡したんだ。
俺はパンを口に入れた。硬かった。噛み砕いた。熱が増えた。
食べ続けた。熱が増えた。三人で出発の準備をした。ミラが水袋の残りを確認した。ルカが荷物の重みを確かめた。俺は地図を広げて、東へのルートを頭に入れた。
山がある。川がある。街がいくつかある。赤い丸まで、どれだけかかるか分からない。でも方向は分かる。
準備が終わった。
夜明けが近かった。空の端が、少しだけ白くなり始めていた。
俺は出口に向かいながら、一度だけ振り返った。
廃小屋の割れた屋根の隙間から、星が見えた。北の方角だ。大樹のある方角だ。
大樹は見えない。当然だ。遠すぎる。でも、あそこに家があった。屋根がなくなった家が、まだそこにあった。
父さんが手作りしてくれたスリングを、腰で確かめた。
食べろよ。ちゃんと、食べろよ。
分かってる。
食べた。まだ足りない。もっと食わないといけない。東へ行くなら、もっと強くならないといけない。
俺は東を向いた。
「物理で、ぶち壊しに行く」
ミラとルカが、俺を見た。
何も言わなかった。でも二人とも、頷いた。
城壁沿いの道を、夜明けの光の中で歩いた。
街道に出る手前で、俺の耳が気配を拾った。
立ち止まった。
城壁の陰に、誰かがいた。
小柄だった。小人だった。
ガストだった。
壁にもたれて、腕を組んでいた。俺たちを見ていた。追ってこなかった。叫ばなかった。ただ、そこにいた。
目が合った。
ガストが何かを言った。
声は届かなかった。でも唇が動くのが見えた。
三十センチの俺には、その距離でも唇の形が読み取れた。
——死ぬなよ。
俺はガストを見た。一秒だけ。
それから前を向いた。
三人で、東へ向かって歩き始めた。
第1章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ここまでで、リトが置かれた状況と、この世界の理不尽さが見えてきたと思います。
そして次章からは、奪われたものを取り戻すための旅が始まります。
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第2章もよろしくお願いします。




