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異世界から来た男と車

朝食を終え、私は食器を流しへ運んだ。


「置いといていい」


村上が手を止めずに言う。


「後でまとめて洗う」


「私が洗おう」


「その前に仕事がある」


仕事。

その言葉に思わず背筋が伸びた。


「表、掃いてきてくれ」


「表?」


「店の前だ」


私は頷く。

店の前を掃除するくらいなら造作もない。

料理人も冒険者も、寝床や仕事場を綺麗に保つのは基本だった。


村上は店の隅から箒と塵取りを取り出す。

それを見た私は少し安心した。

見覚えのある道具だった。

箒も塵取りも、私の世界にもある。

形こそ多少違うが、使い方は変わらない。


「任せてくれ」


箒を受け取り、店の外へ出る。

朝の空気は少しひんやりとしていて気持ちがいい。

店の前には石畳が続き、その向こうには細い通り。

まだ人通りは少ないが、遠くでは店を開ける音や人の話し声が聞こえていた。

私は箒を動かす。


落ち葉を集める。


砂埃を寄せる。


塵取りですくう。


身体が自然に動く。


「……ふむ」


悪くない。


野営地の掃除も、厨房の掃除も何度もやってきた。

箒を扱うことに不安はなかった。

その様子を店の中から見ていた村上が、小さく笑う。


「お、上手いじゃねぇか」


私は少しだけ胸を張る。


「料理人は掃除も仕事だからな」


村上は包丁を動かす手を止めずに頷いた。


「そりゃ同じだ」


その一言に、私は少し嬉しくなった。

世界は違っても、料理人として大事にしていることは、同じなのかもしれない。


しばらく掃いていると、不思議なことに気付く。


昨日もこの店の前は綺麗だった、今もほとんど汚れていない。

それでも掃除をする。


私は店の中へ顔を向けた。


「一つ聞いてもいいか」


「なんだ」


「昨日も掃除をしただろう」


「ああ」


「今日はほとんど汚れていない」


村上は手を止め、こちらを見て笑った。


「だから掃除するんだ」


「……?」


「汚れてからやるんじゃねぇ。汚れる前から綺麗にしとくんだよ」


私は箒を持ったまま店先を見回した。


確かに綺麗だ、それでも毎朝掃く。


不思議な考え方だった。


その時だった。


遠くから昨日も聞いた、あの低く唸るような音が近付いてきた、私は反射的に顔を上げる。


角を曲がって現れたのは、鉄でできた大きな箱だった。


馬もいない。


牛もいない。


何も引いていない。


それなのに、自らの力で道を滑るように進んでくる。


私は思わず箒を握り直した。


「……なんだ、あれは」


「……!」


鉄の塊。


いや、箱だ。

窓のような透明な板が付き、黒い輪が四つ。


馬はいない。


牛もいない。


それなのに、滑るように石畳――いや、この黒い道の上を進んでくる。


私は思わず身構えた。


「あれは……」


魔物ではない。

生き物の気配がまるでない。

だが動いている。


魔力も感じない。


なのに動いている。


理解が追いつかない。


鉄の箱はゆっくりと目の前を通り過ぎた。

中には人が乗っている。

人が操っているようにも見える。


だが、それでも分からない。


「どういう仕組みだ……」


思わず呟く。


その声を聞いた村上が、厨房の窓から顔を出した。


「どうした?」


私は通りを指差した。


「あれだ」


「ああ」


村上は一目見ると、何でもないことのように答えた。


「車だ」


「くるま」


「乗り物だよ」


私は眉をひそめる。


「馬もいない」


「いないな」


「牛もいない」


「いない」


「では、誰が引いている?」


村上は少し考え、


「誰も引いてねぇ」


と笑った。


「……?」


ますます分からない。


「では、自ら動いているのか」


「そうだ」


私は黙って車を見送る。


音は次第に遠ざかり、やがて聞こえなくなった。


しばらく考え込んだあと、ぽつりと呟く。


「この世界は、不思議な箱がよく動くな」


村上は堪えきれずに吹き出した。


「ぶはははっ!」


「風呂もそうだが、お前、何でも不思議な箱になるな!」


「事実だろう」


私は真面目に答える。


風呂も箱。


料理を出す冷たい箱もある。


昨日見た店の会計の機械も箱だった。


そして今度は、走る箱。


「……箱の研究をしたら、この世界を理解できる気がしてきた」


「何だその研究は!」


村上の笑い声が、朝の商店街に響いた。

自動車のない世界から来たら、こっちの世界の自動車ってやばいですよね

なんせ見た目が鉄の箱なのに勝手に動いてますもんね

最近は操作しなくても動くものが出始めたし

レオンはレンタル電動キックボードを見たらどう思うのでしょうか?

それでは次のお話で

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