異世界から来た男と皿洗い
「……世話になる」
私が頭を下げると、村上は「おう」とだけ返す。
それから、空になった皿を持ち上げた。
「んじゃまず、これ洗っとけ」
「分かった」
私は皿を受け取る。
……重い。
鉄板というのは、なかなかの重量武器らしい。
厨房へ入ると、そこには見たこともない設備が並んでいた。
銀色の流し台。
壁に埋め込まれた金属の管。
壁に並ぶ包丁。
そして——
「……!?」
私は目を見開いた。
青い炎が、鉄の台の上で燃えている。
「な、なんだこれは」
「ガスコンロだよ」
村上が当然のように答える。
「火魔法の道具化……?」
「また変なこと言ってるな」
私は恐る恐る炎へ手を近づけた。
魔力の流れを感じない。
魔石もない。
なのに、安定した火力。
「信じられん……」
「お前んとこ、どうやって火出してたんだ」
「火魔法を使うか、使えなければ火属性術師を雇う」
「不便すぎるだろ!!」
村上が豪快に笑った。
初めて聞く笑い声だった。
腹の底から響くような、大きな笑い。
つられて、私も少し笑ってしまう。
その時だった。
キュルキュルキュル……
壁の金具を村上が捻ると、水が勢いよく流れ出した。
「……っ!?」
私は反射的に半歩下がった。
「今度はなんだ!?」
「水道だ水道」
「壁から水が出たぞ!?」
「毎回そんな反応してたら疲れるぞお前!」
村上はまた笑う。
私は流れ続ける水を見つめたまま、呆然と呟いた。
「……この世界、生活魔法だけ異常発達してないか?」
「だから魔法じゃねぇって」
村上は呆れたように笑いながら、黄色い柔らかな塊を私へ放った。
「ほら、まずは洗え。話はそれからだ」
「……?」
受け取ったそれを、私はまじまじと見る。
軽い。
奇妙な感触だった。
石でも布でもない。
なのに、弾力がある。
「……なんだこれは」
「スポンジ」
「すぽんじ」
また知らない言葉だ。
「皿洗うやつだよ」
「これで?」
私は半信半疑のまま、鉄板へ押し当てた。
……柔らかい。
とても汚れが落ちる道具には思えなかった。
「ずいぶん頼りないな」
「見た目で判断すんな」
村上は笑いながら、透明な液体を鉄板へ垂らす。
「あと洗剤な」
「……薬品か?」
「まあそんなもんだ」
私が恐る恐る擦ると、
みるみる油が落ちていった。
「なっ……!?」
思わず手を止める。
「落ちた……」
「だから言ったろ」
「この柔らかさで、なぜ油に勝てる」
「知らん。そういうもんだ」
この世界、
本当に生活技術だけおかしい。
私は呆然としながら皿を洗い続けた。
しかし。
「む」
鉄板の焦げが少し残っている。
私は少し眉をひそめた。
「この程度なら」
指先へ、ほんの僅かに魔力を込める。
熱を集中させ、
焦げを浮かせて落とす。
いつものやり方だった。
——ボッ。
「あっ」
鉄板の端から、小さな火が上がった。
「おぉい!?」
村上が飛んできた。
私は慌てて魔力を切る。
火はすぐ消えたが、厨房に少し焦げ臭い匂いが広がる。
数秒。
静寂。
「…………」
「…………」
村上は黒くなった鉄板を見た。
私を見た。
もう一度鉄板を見た。
それから——
「ぶはははははっ!!」
厨房が揺れるほど豪快に笑った。
「皿洗いで火ぃ出すやつ初めて見たぞ!!」
「す、すまない……」
「いやぁ面白ぇなお前!」
村上は涙を拭いながら笑い続ける。
怒鳴られると思っていた。
だが違った。
「いいかレオン」
村上は笑いながらも、少しだけ真面目な声になる。
「料理ってのはな、手間を省きゃいいってもんじゃねぇ」
「……?」
「ちゃんと触って、音聞いて、匂いを見て、少しずつ覚えるんだ」
「匂いを……見る?」
「感じるって意味だ」
「なるほど」
「火で全部片付けようとすんな」
私は少しだけ考え、
それから静かに頷いた。
「……善処する」
「おう。あと店燃やすなよ」
「努力しよう」
「善処より下がったな!?」
また村上が笑う。
その笑い声を聞きながら、
私はもう一度、スポンジを手に取った。
……不思議だった。
皿を洗っているだけなのに。
なぜか、
嫌ではなかった。
風呂に入る話を書こうと思っていたのですが、皿洗いをするレオンと村上のやり取りが面白くて長くなってしまい、結局皿洗いだけで終わってしまいました
では次回のお話で




