異世界から来た男と洋食への第一歩
フライパンの中で、玉ねぎが少しずつ色を変えていく。
私は火加減を見ながら、ゆっくりとフライパンを動かした。
最初は大きく動かしすぎた。
今度は小さく。
玉ねぎが底を滑る。
じゅう、と音がする。
香りも少しずつ変わってきた。
「そうそう。そのくらいでいい。」
横から村上の声がする。
私は頷いた。
教えられた通りにする。
ただ、それだけだ。
だが、包丁とは違う難しさがある。
切るときは、自分の手で動きを決められる。
火を使う料理は違う。
火の強さ。
油の温度。
玉ねぎの状態。
それらを見ながら、動かさなければならない。
私はフライパンの中を観察する。
「……少し色が濃くなってきた。」
「そろそろいい。」
村上が答える。
「火を止めろ。」
私はコンロのつまみを回した。
青い炎が消える。
静かになった。
私はフライパンの中を覗き込む。
先ほどまで白かった玉ねぎは、すっかり柔らかな色になっていた。
「これで完成なのか?」
「ひとまずな。」
「ひとまず?」
「こいつは料理の途中で使うことも多い。」
「途中?」
村上は玉ねぎを木べらで少しすくった。
「こいつだけで食うこともあるが、肉と合わせたり、ソースにしたりする。」
「ソースにも?」
「ああ。」
私は玉ねぎを見る。
「ずいぶん使うのだな。」
「洋食屋じゃ重宝するぞ。」
村上はそう言って、フライパンを受け取った。
私はその言葉を聞いて、少し考えた。
「……先ほどのハンバーグにも?」
村上がこちらを見る。
「ああ。」
「使うのか。」
「使う。」
私は先ほど食べたハンバーグを思い出した。
肉の旨味。
香ばしい焼き目。
そして、あの濃い色のソース。
「ハンバーグにも、この玉ねぎが?」
「そうだ。」
私はフライパンを見る。
「では、あの料理の中にも……。」
「入ってる。」
私は黙った。
初めて食べたときには、肉の料理だと思っていた。
だが、実際には肉だけではない。
玉ねぎ。
火。
ソース。
いくつものものが組み合わさって、一つの料理になっている。
「……料理というのは、面白いな。」
村上は笑った。
「やっと分かってきたか。」
「まだ分からないことの方が多い。」
「そりゃそうだ。」
村上はフライパンを置いた。
「一日二日で分かってたまるか。」
私は頷いた。
その言葉に、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ――。
もっと知りたいと思った。
村上が調理台の上を片付け始める。
「今日はここまでにするか。」
「これだけなのか?」
「ああ。」
私は少し意外に思った。
だが、村上は笑う。
「最初から何でも詰め込んだって、身につかねぇよ。」
「一つずつ覚えりゃいい。」
私はまな板の上に残った玉ねぎを見る。
初めて見た野菜。
初めて切った。
初めて炒めた。
その一つだけで、知らないことがいくつもあった。
私は小さく息を吐く。
「……強いな。」
「またそれか。」
村上が笑う。
「いや。」
私は玉ねぎを見ながら答えた。
「この世界の料理が、だ。」
村上は一瞬だけ黙った。
そして、いつものように笑った。
「そうかい。」
厨房には、まだ炒めた玉ねぎの甘い香りが残っていた。
やっとです、やっと洋食修業が始まりそうです、この後ハンバークになるのか?ブイヨンへ行くのか?
ドミグラスソースへ行くのか?
多分知ってるのは村上さんだけです。
どんなことになるでしょうか?
それでは次のお話で。




