異世界から来た男とじゃがいも1
店先の掃除を終え、私は箒を壁際へ戻した。
「終わったか。」
村上が暖簾の向こうから声を掛ける。
「ああ。」
私は店の中へ戻った。
厨房には朝の空気とは違う熱が満ちている。
昨日、肉料理にかかっていたデミグラスソースが大きな鍋で静かに湯気を立て、別の鍋では何かが煮込まれていた。
包丁が何本も整然と並び、まな板には朝露を思わせる水滴が残っている。
私は思わずその光景を見回した。
ここは料理人の戦場だ。
「……手伝わせてほしい。」
村上は包丁を置き、こちらを向いた。
「そう言うと思ってた。」
そう言って調理台の下から、土の付いた丸い根菜をいくつか取り出した。
私は一つ手に取る。
「……カルドか。」
「カルド?」
「私のいた国では、そう呼んでいた。」
「へぇ。」
村上は笑う。
「こっちじゃ、じゃがいもだ。」
「じゃがいも……。」
私はその名を口の中で繰り返した。
「まずは、これを洗ってくれ。」
私は頷き、じゃがいもを持って流し台へ向かう。
昨日教わった通り、水の出る口をひねると勢いよく水が流れ出した。
便利だ。
しかし、土は思ったほど落ちない。
私はじゃがいもを見つめる。
……ならば。
指先へ、ごく自然に魔力を集める。
水魔法。
続けて浄化魔法。
ザルドアでは誰もが使う生活魔法だ。
農家でも。
宿屋でも。
料理人でも。
これで終わる。
その瞬間だった。
「おっと。」
穏やかな声が掛かる。
私ははっとして魔力を散らした。
村上が笑いながらこちらへ歩いてくる。
「また魔法か。」
「……すまない。癖で。」
「分かってる。」
村上は怒ることなく笑った。
「でもな。」
そう言って、たわしを私へ差し出す。
「今日は、こっちでやってみよう。」
私はたわしを受け取った。
見慣れた道具だ。
「こちらにも、たわしはあるのだな。」
「昔からあるぞ。」
私は小さく頷く。
そうか。
道具は同じでも、使い方が違うのかもしれない。
村上はじゃがいもを一つ持ち上げ、水を流しながらたわしを動かした。
ごし、ごし、と土が落ちていく。
「機械ならもっと早く洗えるところもあるんだろうがな。」
そう言って笑う。
「うちは昔ながらだ。」
私はその手元をじっと見つめた。
一個一個。
丁寧に擦っている。
「魔法なら、一瞬だ。」
思わず口をついて出る。
村上は頷いた。
「そうなんだろうな。」
否定はしない。
笑い飛ばしもしない。
ただ静かに続けた。
「でも、この世界には魔法がない。」
私は黙って聞く。
「だから、この世界の料理人は手でやる。」
村上は洗い終えたじゃがいもを私へ返した。
「やってみな。」
私はたわしを動かす。
ごし、ごし、と土が落ちる。
思っていたより時間が掛かる。
だが、土が落ちるにつれ、小さな傷や芽が目に入った。
私は指で確かめる。
魔法なら、ここまで見ていただろうか。
いや。
見えていても、気に留めていなかったかもしれない。
村上は私の手元を見ながら、静かに言った。
「料理ってのはな。」
私は顔を上げる。
「手間を減らしゃいいってもんじゃねぇ。」
その言葉を聞きながら、私はもう一度じゃがいもへ視線を落とした。
たわしを動かすたび、土が落ち、この世界の食材が姿を現していく。
私は小さく頷いた。
「……なるほど。」
「何か分かったか。」
「こちらの料理人は、食材に触れて覚えるのだな。」
村上は満足そうに笑う。
「そういうことだ。」
私は二つ目のじゃがいもを手に取った。
今度は、魔法に手を伸ばさない。
まずは、この世界のやり方を覚えよう。
それが、この店で料理を学ぶということなのだろう。
やっとレオンが料理のことに触れられました、とはいってもじゃがいも洗っただけですが。
それでは次のお話で
追記
じゃがいもの話が長くなったので次のお話もジャガイモです
それに伴いタイトルに「1」を追加しました
どこまでじゃがいもと戦うんだレオン?
もしかしてじゃがいもって魔王より強いんじゃないのか?w




