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1章1話

初っ端からクライマックス

「えー、ぜっと。A、Z。変わった名前、だな」

「言ったな。少年。そういう君はなんて名前だ?」

「……フル」

 名前を言い切る直前で龕灯が二人の顔を照らした。

「こら! そこの二人! 何をしてる?」

 見回りに来ていた夜警の男の怒声に、フルールは顔を青ざめる。彼にとって警吏は自分の仕事を邪魔する敵であり、見つかれば牢屋行きだからだ。この状況、言い逃れができない。

「やべ……」

「ふむ。逮捕されるな」

 怯えも動揺もなく腕を組んで事実を述べながら、AZはゆったりと夜警の男の方へ歩いていく。ここが墓地だと忘れさせるほどのAZの佇まいと麗しき顔立ちに少年と男が見惚れる中、AZはとんでもないことを言い出した。

「そこの夜警。私達を出口まで案内した後、今ここで見たものを全て忘れろ」

「は、おま、何言って!」

「ーー分かった」

「え?」

 夜警の男の目が茫洋とし、フルールとAZにはぐれないように、と言って出口まで案内していく。当然のようについて行くAZに、フルールは慌てて走り出し、彼女の隣を歩いて行く。

「ここが出口だ。さあ、うちに帰りたまえ」

「ありがとう。おまわりさん」

「…………どうも」

 AZは淡々と、フルールは腑に落ちないトーンで返し、出口の門をくぐる。

 夜警の男の視界から二人が見えなくなった瞬間、男の目に光が戻った。

「わ、わしは、何を……?」

 額を押さえ、ぼんやりと周囲を見回す。さっき墓地に入ったような気がしたが、見回りの一環で入ったのだろう。近頃墓荒らしとか多発してるからな。男は一人納得した。

 その様子を後ろでチラッと見たフルールは隣の女の方を見て尋ねる。

「お前、なにをしたんだ?」

「さてな。さあ、君の妹がいる場所は?」

 こちらを見向きもしないAZに、答えは返ってこなさそうだと感じたフルールは一つため息を吐き、「こっちだ」と案内した。

 十数分後、下町の裏路地に入ってきたフルールはAZを薄汚れた一角にあるアジトへと案内する。煤けたレンガ壁が並び、建設されたばかりの排水溝やから腐臭が漂う裏路地に、AZは「大英帝国の光もここまで強くなったのか」と鼻で笑った。

「キレイな空もおひさまの光も見たことねえけどな、っと」

 萎れて枯れた三つ葉のクローバーの花冠が立てかけられた扉をフルールは強く押して開く。

「ただいま、リリィ」

 藁のベッドに横たわっていた少女は兄の声を聞いて目に光を宿し、緩慢に顔を上げた。

「おかえり、お兄ちゃ……ごほっ、ごほっ!」

「リリィ!」

 フルールは妹の傍らに駆け寄り、熱い額に手を当てる。リリィの体は雪も溶かせると思わせるほどに熱く、息が異様に荒い。

 部屋に入ったAZはリリィを一目見た瞬間、真紅の瞳を細めた。

「これは……そういうことか。ローゼンクロイツの連中め……」

「なんか知ってんのか?!」

 AZはリリィの側に膝をつき、二枚の薄い毛布をめくり、ブラウスのボタンを胸元まで外して露出させる。

「おい! リリィに何して!」

「隠しても無駄だ。晒せ」

 幼き少女の胸元、鎖骨の間に指を置いたAZは三度強く叩いた。

 瞬間、ピシッバキィン、という音がし、リリィの病を隠していた魔術が壊れ、白日の元に晒された。

 リリィの胸元にはーー薔薇十字の紋章とヘブライ文字とクリフォトの逆さ樹を組み合わせた紋章が赤黒く刻まれていた。

 見たこともないソレが妹の身体にずっとあったことにフルールが息を呑む中、AZは僅かに柳眉を寄せて息を吐いた。

「なるほど、分派か……ローゼンクロイツも落ちぶれたものだな。そこまでして神に近づきたいのか」

「どういうことだよ! 説明しろよ!」

「結論から言う。このままいけば君の妹は完治するが、代わりに君の妹としての人格は消えて奴隷になる」

「は……?」

 信じられない言葉を、信じたくない現実を突きつけた魔女は淡々と事実を告げる。

「私がこの呪いを壊せば、君の妹は妹のままでいられるが、代わりに君の妹は死ぬ」

 耐え切れなくなったフルールはAZの肩を強く掴んだ。

「ふざ、けんなよ! あんた魔女なんだろう! なんとかしろよ!」

 小さくうめきながら、細い指で自分の手を掴むリリィが死ぬなんて耐えられない。仮に生きられても、妹が奴隷になるのも耐えられない。

「魔女にも得手不得手というものがある。私は壊すのは得意だが、治すのは苦手だ。故に専門家を頼る。」

「専門家?」

 AZは指を鳴らす。床の影から黒い蜘蛛が這い出し、素早く動き出す。八本の脚が床板を這い、壁を駆け上がる。この蜘蛛たちはAZの目であり、耳であり、足でありーーいわゆる使い魔だ。

「奴の力を貸してもらう」

 AZは使い魔たる蜘蛛に囁く。使い魔たちは一斉に動き、窓から夜の街へ消えていく。

「イルミナティのアデプタスメイジャー、神の御座に最も近き者。吊された男(ハングドマン)の力を、な」

「…………」

 もうわけがわからない。起きている出来事がフルールの常識や理解の範疇を超えている。ローゼンクロイツだの分派だのイルミナティだのアデプタスメイジャーだの神の御座だの、何が何だか分からない。死体を医者に渡してリリィやリリィと同じように苦しんでる仲間を治す薬を作ってもらうつもりが、女は不死身だわ魔女と名乗るわそれっぽいことをしてるわで、何がどうしてこうなった、と叫んでやりたい。叫んでやりたいが。

「おに、いちゃん。わたし、どれいに、なりたく、ない……」

「リリィ……」

 リリィが、泣いている。三つ下の、まだ十二歳の、妹が、兄にしがみついている。

「わたしのまま、いきて、しにたいよぉ……」

(ああ。そうだ。俺はお前を、ほかの奴らも、助けるために、墓掘りをしたんだ。そしてAZっていう変な奴を掘り当てた。だから)

 フルールはリリィを抱きしめる。体温を分け与えるように、まだ感じる生きた温もりを逃がさないように。

「……大丈夫だ。この魔女さんの知り合いはお前を救ってくれるから、な?」

「ああ。その子が治った暁にはロンバルディア産のワインを貢いでもらおうか少年」

 くつくつ、と笑いながら右手を差し出すAZに、フルールは顔を赤くした。

「なんだその手はー! それに俺は少年じゃねえ! 俺はフルールだ! よく覚えとけ!」

「そうか。よろしくな、フルール泥棒少年」

「ぐぬぬ……!」

 見たことのない兄の顔に驚いたのは一瞬で、リリィはすぐに微笑んだ。

「ふふっ」

 その微笑みは枯れかけの花とは思えないほどに瑞々しかった。

次回、吊された男問診の巻!

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