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イベリア子爵娼婦殺害事件

コンセプト 探偵が負け続ける話

 オークラム統合王国王都オークラム。

 その王宮、通称『花宮殿』の周囲にある官庁や諸侯の屋敷の中に広大な敷地を持つそれが存在していた。


 王室記念学園。


 またの名前を王都学園。

 王家血縁者および諸侯の師弟、彼らに推薦された者達が学ぶエリート校である。

 その警護は近衛騎士団の管轄であり、近衛騎士がこの学園に派遣されている。

 だが、宮廷雀達はここに派遣される騎士の事を別の名前で呼ぶ。


 学園騎士団の左遷騎士


と。



「で、今度は何をやらかしてくれたんだ?」


 王都学園の図書館の別棟。

 そこが近衛騎士団王都学園駐屯所の拠点である。

 その一室で俺は不機嫌極まりない報告を聞いていた。

 俺の不機嫌極まりない口調に、従士のブルーノが恐縮しながら報告する。

 とはいえ、落ち目の俺についているのであまり文句も言えないのだが。


「はっ。

 イベリア子爵のジェリーノ様なのですが、寮内に娼婦を呼んて楽しんでいたら娼婦が死んでしまったと」


 実によくあるトラブルである。

 ため息をつきながら、俺はイベリア子爵の資料を頼もうとしたらブルーノがテーブルの上にその資料を差し出してくれる。

 こういう気の利く所を俺は買っているが彼に言うつもりもない。


「イベリア子爵は西部諸侯か。

 迷宮入りは確定だな」


 王都オークラムを起点に、この国では東西南北にまとめ役となる有力諸侯を置いている。

 そして、西部諸侯のまとめ役であるベルタ公は、議会である王室法院議長を務め王室の信頼も厚い有力者だ。

 ついでに言うと、南部諸侯のまとめ役に成り上がった宰相ヘインワーズ侯と激しく権力争いを繰り広げている。


「向こうからの報告だったけ?

 ならば手打ちの案件は既に上がっているはずだが、そっちはどうだ?」


 俺の言葉にブルーノが手紙を差し出す。

 ベルタ公の紋章が彫られた手紙を開けると、音便に処理を頼むという政治的文章と共に、金貨1000枚分の証文が付属されていた。

 つまり、この範囲内で事件をもみ消してくれという訳だ。


「よし分かった。

 ブルーノ。

 とりあえず、現場を見てみるか」



 現場はとりあえず保存されているように見える。

 貴族たちが住む貴族寮は基本的に俺達の管轄外だったりする。

 彼らの部屋そのものが貴族の領地と認識されるからだ。

 その為、ここでの揉め事は貴族間の争いとして、本来ならば王室法院まで持っていく事になる。

 だが、子供の喧嘩が親の戦争に発展しかねない事から、『身分種族関係なく学生の自主的な自治に期待する』という王都学園内の不文律を利用して曖昧にする事になっている。

 本来ならば王立学園の警護を担当する俺達が出張るのは、第三者の証人としてと仲介者としてだ。


「近衛騎士団に属し王都学園の守護者、ランベルト・クリッティ騎士だ」


 俺の名乗りに貴族寮の使用人が道を開ける。

 同時に周囲からの視線が集まる。

 おおよそ、事件は知られていると思っていいだろう。

 ブルーノと共に現場に到着すると、イベリア子爵の使用人が残っていた。

 一通りの挨拶の後で、現場である寝室に踏み込む。

 そこには、主なきベッドの上に事切れていた裸の娼婦があられのない姿で晒されていた。

 首筋に絞められた跡。

 死因はこれだろう。


「で、ここの主様は何処に?」


 白々しいがこれも仕事だ。

 使用人も淡々と仕事をこなす。


「一昨日から体を壊して領地に戻っております」


 事件が発生したのは昨日夜。

 白々しいアリバイだが、これを前提にこの事件そのものを隠蔽しないといけない。


「死体が出る以上、事件そのものは表に出るぞ。

 娼館への保証は?」


「既に娼館主とは話がついており、この娼婦は身請けされた事になっております」


 貴族寮に出入りができるほどの教養がある娼婦、高級娼婦だろうにそれを身請けしたか。

 かなり裏で金が払われたのだろう。

 だが、これで話がだいぶ楽になった。

 魔法があるこの国においてトリックなんてものはいくらでも後からでっちあげられる。

 だからこそ、重要なのは辻褄合わせである。

 その辻褄合わせも、近衛騎士という身分がある程度可能にしてくれる。


「そうなれば、あとはこの死体をどうやって消すか……うるさいな」


 部屋の中にも届く大声に俺は顔をしかめる。

 面倒なことになりそうだと思いながら、俺はブルーノを走らせて様子を探る。

 帰ってきたブルーノからの報告に案の定と俺は頭を抱えることになる。


「この学園の生徒が、ここに娼婦が来たはずだと騒いでいます。

 どうも、帰ってこなかった事を心配した娼婦仲間から依頼されたとかで」




「大賢者モーフィアスの末弟子、ゼファン・ベルモッドだ。

 ここに高級娼婦のナタリアが居るはずなんだが?」


 銀髪褐色の瞳から出る敵意は迫害の裏返しで、色々いじめられたのだろう。きつめの眉と合わせて顔から出る警戒感を隠そうともしない。

 褐色の肌は南部の方多く、首あたり黒髪が簡素にまとめられている。


「近衛騎士団に属し王立学園の守護者、ランベルト・クリッティ騎士だ。

 貴族寮内の取り決めについては大賢者の末弟子殿が知らぬ訳では無いでしょうに」


 俺の顔を見たゼファンが一気に険しくなる。

 それはそうだ。

 俺の仕事の多くは、事件の隠蔽なのだから。


「殺したのか?

 ナタリアを!!」


「そんな女は居ない。

 お引き取り願おう」


 ブルーノに命じてゼファンの周囲を数名の兵士に囲ませてお引き取り願う。

 彼を連れて行く前に俺はブルーノの耳元で囁いた。


「おそらく、彼の耳に事件を囁いた誰かが居るはずだ。

 それを探ってこい」


 第一容疑者は政敵である南部諸侯のヘインワーズ侯

 第二容疑者は中立だが利害がぶつかっている東部諸侯のタリルカンド辺境伯

 第三容疑者にベルタ公の同盟者というか従属関係にあるアンセンシア大公家あたりだろうか。

 その誰かが頭が良くて正義感の強いのだろう彼を探偵役に指名した。

 そこまで考えて俺は頭を振って考えを打ち切る。

 権力抗争はもう懲り懲りで、俺がやる事は事件の隠蔽だからだ。

 事件現場のイベリア子爵の部屋に戻って死体と共に考えをまとめる。


「ジェリーノは一昨日からいない事になっている。

 ナタリアは昨日殺された。

 それで全ての関係は改ざんされるから、問題はこの死体をどうするか……か」


 おそらく、死体を運ぶ所をゼファンは見張っているだろう。

 で、発見されたら隠蔽の全ての筋書きが露見して厄介な事になる。

 そこまで考えて、案がひとつ浮かんでくる。

 使用人に部屋に誰も近づけさせないように命じて、俺はベルタ公の影響力下にある王都西騎士団の駐屯所に向かう事にした。




 数日後。

 近衛騎士団王都学園駐屯所の俺の部屋にゼファンの殺意すら浮かべる顔があった。


「ナタリアの死体は何処だ?」


「見つかっただろう。

 王都西部のスラムで」


 公式発表ではそうなっている。

 もっとも、何をしたのか分からないが、姿がわからないぐらいぐちゃぐちゃにされていたみたいだが。


「あれがナタリアな訳無いだろう!

 調べたが彼女が西のスラムに行く理由も動機もなかった!」


 予想通りの激高なのでついつい顔がほころんでしまう。

 こちらの罠にはまってくれたからだ。


「じゃあ、何でその死体がナタリアのものだと断定されたんだ?」


「それは、彼女が身に着けていた品と仲間の娼婦の証言……っ!!」


 感づいたらしい。

 王都西騎士団に頼んでいきだおれの女性死体を用意し、身元が分からないようにめちゃくちゃにしてイベリア子爵の部屋からナタリアの服や身の回りの品だけを持って行った。

 事件は、仕事に行ったナタリアが浮浪者に襲われて死亡という形で処理されるだろう。

 そして、仲間の娼婦がその死体をナタリアと証言したのは、彼女たちを買収したからである。

 結構な金額になったが与えられた予算を全て吐き出した上に、ベルタ公に頼んで身請けさせた上で、西部諸侯内で侍女として働ける事を伝えたら彼女たちは簡単に転んだ。

 今頃は制約の魔法を受けた上で、既に王都からは消えているだろう。

 で、全部の処理が終わった後で、石化させたナタリアの死体をばらして持ちだして、無縁墓地に埋葬する。

 これが今回の隠蔽の全てである。


「なあ。ゼファン。

 少し訪ねたいが、お前さんがここまで動く理由は何だ?」


 既におっさんと呼ばれる年になり、怒りに燃えるゼファンの顔がなんとなく眩しい。

 あんな顔を俺も昔はしていたのだろうか?


「俺の村は飢饉と病魔で滅んだ。

 貴族どもの無能と無策によってだ!

 だからこそ、俺はやつらが信用出来ないし、奴らに負けるわけにはいけないんだ!

 もちろん、あんたにもだ!!」


 彼の経歴はブルーノを通じて調べさせて既に知ってはいた。

 村の天才少年として大賢者モーフィアスに弟子入りして王都学園に来たが、その間に村が飢饉と病魔で滅んでしまったという。

 その時に一人の司祭と知り合って彼の復讐と暴走を諌めたらしいが、その司祭は別の街に出て行ったという。


「まあ、納得はしないだろうな。

 今から独り言を言うぞ」


 彼とて馬鹿ではないし、こんな馬鹿をここで潰したくもなかった。

 独り言という意味を察したゼファンが口を閉ざして俺の顔を睨みつける。


「とある貴族が病気で事件の前日から王都から領地に帰ったらしいが、最近は治安が悪くてな。

 盗賊団に襲われて全滅したという報告が、近衛騎士団届いている」


 ベルタ公とて馬鹿ではない。

 政敵に足を引っ張りかねない現状で、その失点対象をそのままにして置くわけがない。

 盗賊になっているが、手を下したのは間違いなくベルタ公が率いる西部諸侯だ。

 まあ、そういう報告をして生かしているという線も無い訳でないが、貴族としては死んだも同然だ。


「……」


「納得出来ないという顔だな。

 ところで、お前文字は書けるか?」


「?……当然だろう?」


 突拍子もない質問にゼファンが答えると、俺は一冊の本を投げつける。

 受け取ったゼファンは疑問に思いながら本をめくると混乱しつつ黙りこむ。


「何も書かれてないぞ」


「そりゃそうだ。

 何も書かれていない本だからな。

 だが、物語ならば嘘だから何を書いても良いはずだろう?」


 はっとした顔になるゼファンに俺は釘を刺す。

 何を書いてもいいが、それを読んだ人間の受け取り方もまた自由なはずだからだ。

 

「俺はこんな所にいる事もあって、学園図書館別館の管理責任者も名目上やっている。

 書き上げた小説は俺の所にもって来い。

 閉架棚に放り込んでやる」


「……あんたの事を信用していいのか?」


「信じるなよ。

 簡単に」


 俺はにやりと笑い、ゼファンは持っていた本を取り落とす。

 人は善意より悪意にこそ真実を見つけるものだとやっとこの歳になって分かってきた。


「お前が書いた小説は、何かあった時に諸侯に持ってゆくのさ。

 さぞ高く売れるだろうな。

 こうして、俺はここで生きながらえているという訳だ」


「……いいだろう。

 だが、何冊書いてもいいのだろう?」


「管理は厳重にしておけよ。

 読みたい人間はいっぱいだぞ。人気作家殿」


 もう一冊白紙の本を手渡してやるとゼファンは部屋を出て行った。

 それと入れ違いでブルーノが入ってくる。


「良いんですか?

 あれ?」


「悩めよ若者ってな。

 若者に道を示してやるのも大人の義務ってな。

 間違った道だが、それを知って進むのもまた本人の選択だよ」


 ブルーノを下げさせて、俺は机の中から一冊の本を取り出す。

 ゼファンに渡した本と同じ白紙の本には、最初の一ページに少しだけ文字が書かれている。


「……まあ、偉そうなことを言っているが、俺もまだまだなんだよなぁ……」


『我が忠義を捧げし王兄ダミアン・オークラム殿下に捧げる』


 現国王パイロン三世の兄にして、稀代の大悪人として歴史に記されているダミアン殿下。

 俺が忠義を捧げ、その敗亡の全てを書こうとして筆を止めて時は流れ、俺は学園騎士団の左遷騎士としてただ生きている。

 小説のネタに『学校騎士団』というのを思いつく。

 元ネタは大学の自治権がらみ。

 なろう系ファンタジー世界の場合、王子様や貴族様が同じ学校に行く訳でそこでのトラブルは親絡みで非常に政治的になる。

 今流行中のドアマット系婚約破棄なんかも絡める話。

 そんな校内自治を保証し王家や貴族と交渉しながら校内の自治を守る中間管理職な学校騎士団の胃の痛くなるような苦労話……うん。

 書いてみたが多分需要はないな。これ……


 なお、昨日宰相今日JK明日悪役令嬢 恋愛陰謀増々版http://ncode.syosetu.com/n0677cx/ でゼファンが外れたからこっちに持ってきたという裏事情もあったり。

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