第7話:決着
左拳の帯電は続いているが、これもいつまで持つかわからない。発動条件も不明瞭であれば、この機を逃す理由はない。時雨の「痺れやがる」の発言を鑑みれば、猶更だ。
態勢を低くし、左拳を力強く握る。利き腕ではないことは悔やまれるが、今はそうも言っていられない。
真っ直ぐに時雨を見据える。狙いは一点。その鳩尾に渾身の一撃を突き刺すことだけに神経を注ごう。
「——————」
短く息を吐き、足裏へと力を籠める。
「クソっ! 足に力が入らねぇ!」
こちらの戦意を感じ取った時雨は恐らく光速移動を使おうとしたのだろう。だが、先ほどの一撃で全身に奔った電撃で思うようにいかなかった。
いける。
力強く床を蹴り上げる。
時雨とは大きく距離は離れていない。大股で数歩程度。決着は数秒あれば十分だ。
「舐めるなよ、餓鬼ッ!」
姿勢を低くし突っ込む俺を掴もうと、揺れる髪へと向かって手を伸ばす時雨。
瞬間、俺は身体を少し横へずらす。
「なっ——⁉」
時雨の手は空を掴む。
その間に俺の身体は時雨の懐へと潜り込んでいた。
左拳を全開の力で握り締め、下から突き上げるように、その鳩尾へ突き刺した。
喧嘩慣れしていない俺のような拳に破壊力は微塵もない。ただ、今持てる力と帯電している雷があれば問題ない。
「ガァハ⁉」
「おおおおおおおおおッ!」
火事場の馬鹿力によって、時雨の身体が僅かに浮く。俺はそのまま血濡れの右手で時雨の顔面を鷲摑みにし、一気に押し込んで態勢を崩す。そのまま後頭部を床へと叩きつける。
ダン——そんな鈍い音が場に響く。
「はあ、はあ、はあ……」
顔面を鷲摑みにしていた手を放し、動かなくなった時雨を見れば、白目を剥いて、口から泡を吹いている。微かに胸が上下に動いている様子から死んではいないだろう。
興奮と緊張による荒い呼吸を整えつつ、俺は海月とルミナが戦っている方へ叫ぶ。
「アンタの相方は俺が倒した! 殺す気はない! 気が変わらない内に立ち去れ!」
ルミナが動きを止める。同時に海月も俺の声を聞き、動きを止める。
「私に、アナタは情けを掛ける気ですか!」
「何を言っている?」
瞬間、ルミナの姿が俺の目の前に現れる。
(ッ————高速移動⁉)
時雨が使えるのなら、番であるイヴが使えるのも通りだった。
マズい。油断した。
ルミナが手を前に突き出せば、光が収束していく。
だが、その手がグワンと天井へ上げられる。
「ぷい!」
「海人のイヴですね⁉」
手に集まっていた光が霧散する。
俺は傍に落ちていたナイフを手に取り、そのままルミナの首筋に刃を当てる。
「二度は言わない。大人しく立ち去れ」
「……これは戦争だと言うのに、そんな甘い考えで勝ち抜くつもりですか?」
「俺は、そんな戦争に興味なんてねぇよ」
ルミナは一度目を閉じ、溜息を吐いた。
「————愚かな人。わかりました。アナタの意志を尊重し、大人しく立ち去りましょう」
その言葉を聞き、海月に視線を向ける。
「ぷい」
考えを察したのか、海月はルミナの手に絡めていた触手を解く。
「時雨って言ったか? 多分気絶しているだけだから、心配はいらない」
「……みたいですね」
ルミナは時雨を背負うと、キッと俺の顔を睨む。
「今回は素直にアナタの申し出に従います。ですが、その調子をこれからも続けるのなら、何処かで死ぬことになりますよ」
そう言い残すと共に、ルミナと背負われていた時雨の姿が消える。
「消えた?」
恐らく光に関する能力なのだろう。
人の気配が遠ざかっていることから、この場を去ったことは間違いない。
「っだはぁ……」
大きく息を吐いて、床に崩れ落ちるように座り込む。
やってられない——ただただ、そう思わざるを得ない。
遠くから聞こえるサイレンの音。きっと消防車か救急車だ。
あの二人によって人祓いがされていたとは言え、これだけ派手に壊れたりすれば、そうなるのも当たり前だ。
ふよふよと海月が近寄って来る。
「ぷい」
「おおう、海月。何だかんだ助かったよ」
「ぷいぷい」
誇らしそうな表情を浮かべた後、俺の頭の上に乗る海月。
遠くから数人の人が近づいて来る足音が聞こえてきた。
兎にも角にも、一端の危機を乗り越えることはできたが……謎も生まれた。
「なあ、海月は霊長になりたいのか?」
「ぷい?」
「ま、そうだよなぁ」
わかっていなさそうな声を上げる海月に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。




