第5話:霊長後継戦争
「さて、俺としても同族を殺すのは忍びねぇ。だからよ、取引しねぇか?」
男はそう告げると、こちらの手を引っ張って無理矢理立ち上がらせる。
「時雨……敵に塩を送るつもりですか?」
「おいおい、そう睨むなよ、ルミナ。幾ら敵とは言え、俺としては同族殺しは気分が悪いんだぜ? それに何も知らねぇ餓鬼を問答無用にブチ殺すのは、ちょっと違うなって思い立ったんだ」
先ほどまで殺意マシマシに、こちらへナイフを突き立てようとしていた者とは思えない発言だ。
時雨と呼ばれた男の言葉に納得してない様子ではあるが、ルミナと呼ばれた女は引き下がる。
「さて、ルミナの一発でそれなりにパニックだろうし? 適当に人祓いをしたお陰で人気もねぇ。さて、単刀直入に聞くが、お前のイヴは何処にいる?」
そう問われたが、短く息を吐いて口を閉ざす。
すると、時雨は眉を顰め、首を傾げる。
「自分の命が掛かっている割に口は割らないとは、昨今の餓鬼にしては随分と肝が据わってんな。いや、それとも俺の言葉の意味がわかっていない可能性もあんのか?」
それは事実としてある。
ここまでの短い時間の間で、『霊長候補』、『アダム』、『イヴ』という言葉が使われている。そして、時雨の言っているイヴが話の流れから海月であることは、容易に想像できた。同時に素直に話せば、海月の命が危ないことは嫌でもわかる。
確かに自分自身の命は惜しい。だが、他人を売ってまで助かろうとするほどに、落ちぶれたつもりはない。
そんな考えが時雨へ向ける視線に出ていたのか、奴は「へえ?」と感嘆の声を溢した。
「目は口程に物を言うとは言ったもんだ。コイツは絶対に口を割らなそうだ」
「……ならば生かす理由もないのでは?」
「ま、確かにそうだな。だが、何も知らずに殺されちまうのは、あまりにも可哀そうだと思わないか?」
時雨はそう言って、こちらへ不敵な笑みを浮かべて言う。
「冥途の土産に話してやるぜ?」
ルミナは呆れたように首を横に振る。
こちらとしても話を聞けるのならありがたい限りではある。その間に今を乗り切る方法を考えよう。
「俺たち現生人は地球の霊長として文明を築いてきた。だが、時が経つに連れ、残念ながら現生人は堕落した。結果、地球の意志は現生人の文明存続を断念し、新たな霊長を立てることを決定した」
乗り切る方法を考えようとしたが、時雨の話す内容を聞き流すことができなかった。しかし、あまりにもオカルトが過ぎる。その話しぶりだと、人類の滅亡が決まったと言っているようなものではないか。
こちらの表情で察したのか、時雨が「くっくく……」と笑い声を溢す。
「ビビったか? 俺はこの話を聞いた時、心底ビビったね。だが、同時に心が躍ったぜ? 何故なら、俺が次世代を担う霊長のアダムに選ばれたからだ」
そう言って時雨はルミナへ目を向ける。
「次世代の霊長候補、森人の光森族。お前も拾ったんじゃねぇか? 気味のワリィ卵をよ?」
「……それが、何だって言うんだ?」
「何だって? その卵から生まれた奴が霊長候補。で、その卵を手にした奴は生まれた霊長候補とパスが繋がれる。俺とルミナのようにな?」
そう言って瞬間、時雨の姿が消えた——と、思えば、いつの間にか後ろに立っている。
「光速移動って俺は言ってんだが、スゲェだろ? 霊長候補の番になった奴は、相手の能力の一部を有することができるんだぜ」
ルミナの放った閃光が、恐らく彼女の能力だ。そして、その能力の一部を時雨が得た結果、自慢している光速移動なのだろう。
話している事が真実であるならば、海月の能力に即した何かを得ている可能性がある。そして、その能力こそ、この場を乗り切る鍵となるはずだ。
だが、海月の能力は何なんだ?
「で、そんな能力を駆使して番となった奴らで殺し合う。そして、最後まで生き残った番が次世代の霊長となる。至ってシンプルなルールだろ?」
「……勝敗は番の——アダム、またはイヴのどちらかが死亡した場合って感じか?」
「おお、察しが良いな。そうだぜ? だから、俺はお前を生かすために、イヴを差し出してほしいんだ」
死なないだけなら話は非常に簡単だ。
それこそ、素直に海月を差し出せば良い。
だが、
「断る」
答えは決まっている。
その答えを聞いた時雨は困ったように眉を顰め、「やれやれ」と口にしながら首を横に振る。
「ま、お前の目を見れば、そうなるとは思っていたさ。仕方ねぇ、俺としてもルミナを霊長にさせてんだ。恨むなら霊長後継戦争のルールを恨んでくれ」
時雨がナイフを構える。
奴の光速移動を用いられると避けることは間違いなくできない。何よりもルミナも此方に攻撃しようと構えている。逃げ道は——ない。
奥歯を噛む。
此処で終わる? ふざけろ!
しかし、対抗手段がない。
その時だった。
青白い稲妻が、時雨とルミナへと迸った。
時雨とルミナは即座に飛び退き、その稲妻の出所へと視線を向ける。
俺もその出所へと目を向けた。
「っ————⁉」
どうして。
そんな出てきそうな言葉を飲み込んで、その視線の先にいる者の名を呼んだ。
「海月⁉」
「ぷい!」
名を読んだ声に呼応するように、海月が元気良く返事をした。




