第3話:クラスメイト
ゲッソリとした顔で教室に足を踏み入れると、普段とはあまりにも違う様子に航が声を掛けてきた。
「おはよう、集。えーっと……何て言うか疲れてない?」
その問いに溜息交じりで頷く。
疲れている、と言うよりは現在進行形で胃が痛い。
理由は簡単。今、背負っているリュックの中に海月が入っているからだ。
家に置いていくワケにもいかず、苦肉の策としてリュックに入れて連れて行くことを選んだのだが、当然のように海月は嫌がった。
それはそうだ。誰が好き好んで狭いリュックに入りたがると言うのか。
しかし、こんな生物が世間に知られれば、騒ぎになるのは目に見えている。下手に視線を集めるワケにもいかない。そんな事情もあり、何とか海月を説き伏せリュックに入れ、今に至っている。
「それよりもリュックに何を入れてるのさ? 随分と膨らんでない?」
「…………気のせいだろ」
「いや、それに動いているような気が……」
「………………気のせいだ」
「いやいや、絶対に動いてるよな⁉」
わかっている。
今も背中越しに海月がガンガン動いているだろうことは伝わっている。
「うぉ⁉ 凄い動いてるぞ!」
いよいよ中にいる海月が耐え切れなくなったのだろう。
と、リュックのチャックを突き破って、一本の触手が姿を現す。
「集⁉ 何を連れて来たんだ⁉」
航がギョッとしながら、飛び跳ねるように離れる。
そんな様子を遠目で見ていたクラスメイトたちも、恐れ半分、興味半分といった様子でこちらを眺めている。
そうこうしている内に、リュックの中から海月が顔を突き出した。
「ぷい」
途端に教室内へ沈黙が訪れた。
額に手を当てながら、海月が顔を出しているリュックを机の上に置く。
すると、海月がリュックから飛び出し、周囲をふよふよとクラゲのように回り始める。
「……集?」
「正直、俺もよくわかっていないんだが……懐かれたんだよ」
のそり、と海月が頭の上に乗る。昨日の今日で定位置となっており、どうやら一番のお気に入りの様子だ。
さて、そんな摩訶不思議生物を目撃してしまったクラスメイトの反応は——、
「可愛い!」
ひとりの女子生徒の声と共に、クラスメイトたちが周囲に集まって来る。
待て。
君たちはこんな未知の生物を「可愛い」の一言で済ませてしまうのか?
そんな内心突っ込みを他所に、海月は女子たちに頭を撫でられていた。
「ねえねえ、この子って何なの?」
「わからん。偶々見つけた卵から孵ったんだよ」
「そうなんだ。見た目は人っぽいよね?」
「まあ、そうだな」
「ちなみに女の子?」
「…………わからんけど、たぶんそうかも?」
そう答えると、どうしてか女子から一斉に殺意の籠った視線を向けられた。
「流石に女の子にタオル一枚はいただけないかな?」
その言葉に周囲の女子たちが大きく頷いている。
「は、はあ……」
「とにかく、この子が普通じゃないことは直ぐにわかる。先生に見つかると面倒だろうから、私も手伝うよ。勿論、みんなもね」
彼女がそう言うと、この場にいるクラスメイトたちが大きく頷いた。
「どうしてって顔をしているね?」
それはそうだ。
海月のことはみんなには関係のない話。手伝う理由は何ひとつとしてないはずだ。
そのことを口にしてみると、彼女は「やれやれ」と言った具合に首を振った。
「絆守君は結構みんなから感謝されているんだよ? きっと気にも留めてないんだろうけど、絆守君のお人好しには私を含めて助けられているからね」
そうは言われても心当たりが微塵もない。
と、航が肩に手を置く。
「ま、集の超が付くほどのお人好し感が功を奏したな?」
「俺ってそんなにお人好しなのか?」
「困っている奴がいたら、さり気なく助けに入るような奴を、お人好しと言わなくてなんて言うんだろうな?」
くっくく、と笑い声を殺しながら航は言う。
頭上の海月は触手を動かしながら、他の女子と楽しそうに遊んでいる。
「とにかく、ようやく絆守君を助ける機会が訪れたんだから、みんなで協力させてもらうからね?」
彼女——京はそう言って、こちらへ向かってウインクする。
何はともあれ、思った以上にすんなりとクラスメイトに海月は受け入れられた。
そして、今日の放課後に海月の洋服を買うことになった。




