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第8話

最初に母へこの話をした時、一番に聞かれたことがあった。


「その人と付き合ってるの?」


 私は答えられなかった。


 自分でも分からなかったからだ。


 付き合っているのか。


 まだ付き合っていないのか。


 その境界が私には分からなかった。


 でも、一つだけ思っていたことがある。


 悠真さんは慎重になっているのかもしれない。


 以前、付き合っていた彼女に裏切られたと言っていた。


 その傷は、まだ完全には癒えていないのだろう。


 だから今は、お互いをゆっくり知ろうとしている。


 私はそんな気がしていた。


 母には、そのことだけを話した。


「悠真さん、一度、彼女に裏切られたことがあるんだって」


 そして、お願いした。


「だから、明日はそういうこと聞かないでね」


 母は静かにうなずいた。


「分かった」


 そして迎えた当日。


 朝、悠真さんが車で迎えに来てくれた。


 相変わらず髪は少し寝ぐせが残っていた。


 でも、ちゃんと整えようとした形跡がある。


 それが悠真さんらしくて、私は少し笑ってしまった。


「おはようございます」


 悠真さんは母に丁寧に頭を下げた。


「今日はよろしくお願いします」


 玄関から車までのわずかな段差。


 悠真さんは母にゆっくり声を掛けながら歩幅を合わせてくれた。


「足元、大丈夫ですか」


「ありがとうございます」


 母は少し照れくさそうに笑った。


 私は母と一緒に後部座席へ乗った。


 本当は助手席へ座りたかった。


 でも、座れなかった。


 母から「付き合ってるの?」と聞かれた時、私は何も答えられなかった。


 だから、まだ助手席へ座るのは違う気がした。


 その方が悠真さんも気を遣わずに済む。


 そう思った。


 車が走り始めると、悠真さんは自然に母へ話しかけた。


「実は、僕の母はリウマチだったんです」


 その一言から、二人の会話が始まった。


 私は後ろの席で静かに聞いていた。


 少しだけ、うれしかった。


 母が自然に笑っている。


 悠真さんも穏やかに笑っている。


 でも、ふと思った。


 悠真さんは大学生の頃、お母さんを亡くしている。


 母が今くらいの年齢だった頃のことだ。


 そう考えると胸が少し痛くなった。


 私も父を失っている。


 亡くなったわけではない。


 でも、小学六年生の時、父は別の女性を作って家を出て行った。


 その少し前、町で父を見かけたことがある。


 隣には、一人の女性がいた。


 たぶん、あの人だったのだろう。


 その日から私は、男の人と接することが少し苦手になった。


 母もきっと同じだった。


 だから今も、悠真さんをどこかで見極めようとしている。


 娘を任せられる人なのか。


 そんな思いが、母の表情から少しだけ伝わってきた。


 車は静かに町を離れ、私たち三人を乗せて秋芳洞へ向かっていた。


 ここから秋芳洞までは車で約一時間。


 高速道路を使えば、意外と近い。


 悠真さんは母が朝に弱いことを知っていて、出発時間を午前十時半にしてくれた。


 秋芳洞をゆっくり見学し、午後の早いうちに帰る。


 そんな無理のない予定を立ててくれていた。


 本当に至れり尽くせりだった。


 私はふと思った。


 ――あの日の透明な傘がなければ、悠真さんとは出会っていなかった。


 本当に不思議だ。


 その日は母の体調もとても良かった。


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