第7話
それから、私は少しずつ悠真さんと喫茶店で会うようになった。
喫茶店デート。
……いや、これをデートと呼ぶのかどうか、恋愛経験のない私には分からなかった。
職場でも、少しずつ変化があったらしい。
直接言うとセクハラだと受け取られる時代だからだろう。
男性社員は私に直接ではなく、三咲を通して言ってくる。
「最近、藤村さん明るくなったよね」
「髪型変えた?」
「服の雰囲気、大人っぽくなったよね」
三咲は、そのたびに笑いながら言う。
「私を忘れないでね」
もちろん冗談だ。
でも私は知っている。
三咲には同じ部署に彼氏がいることを。
職場ではほとんど話さない。
周りに気付かれないようにしている。
それでも、
「毎朝、同じ職場で顔を見られるだけで幸せ」
と、以前笑って話してくれた。
そんなものなんだ。
私は少しだけうらやましく思った。
秘密といえば、私にも一つあった。
悠真さんが住んでいるアパートを知っていることだ。
この町に一つしかないコンビニの裏手。
子どもの頃、友達が住んでいたアパートだった。
二部屋だけの小さな建物で、片方は空き部屋。
音楽の仕事をする悠真さんには、きっとちょうどいい場所なんだろう。
でも私は、そのことは黙っていた。
知っているとも言わず、知らないふりをしていた。
それでよかった。
そして、その日も私は喫茶店で待っていた。
「遅くなって、ごめんなさい」
悠真さんが少し急ぎ足で入ってくる。
「待ちました?」
「いいえ」
私は笑顔で首を振った。
不思議だった。
いつも遅れるのは私の方なのに、彼は必ず謝る。
そして、知り合って半年になるというのに、まだ敬語だった。
それも悠真さんらしかった。
でも、一つだけ困ったこともあった。
少しずつ会話が途切れるようになってきたのだ。
私はこれといった趣味がない。
悠真さんはゲームや音楽の話をしてくれる。
でも正直、私にはよく分からない。
それでも、
「聞いてくれるだけでうれしいです」
と悠真さんは言ってくれた。
私は、それだけで十分だった。
悠真さんは、母の体調も気に掛けてくれる。
会うたびに、
「お母さん、最近どうですか」
と聞いてくれる。
あの日、
「誠実な人ですね」
と言ってくれた悠真さんも、十分すぎるほど誠実な人だった。
ある日、彼が少し照れくさそうに言った。
「僕、車を買ったんです」
「そうなんですか」
「安い中古ですけど」
私は笑った。
この町では車があった方が便利なのは確かだった。
でも、次の言葉は予想外だった。
「栞さんと出掛ける時、お母さんを一人残していくのは心配でしょう?」
一瞬、言葉が出なかった。
「お母さんのために……ですか?」
「そういう意味でもあります」
彼は少し笑った。
「実は、僕の母もリウマチだったんです」
私は顔を上げた。
「ひどい時は、一人でトイレにも行けなくて。家族みんなで介護していました」
彼は静かに続ける。
「でも大学生の時、合併症で亡くなりました」
コーヒーカップを見つめながら、小さく笑う。
「母は『心配するから悠真には言わないで』って父や妹に頼んでいたみたいで……僕は何も知らなかったんです」
しばらく沈黙が流れた。
「だから、お母さんのことは他人事とは思えなくて」
私は胸が熱くなった。
この人の優しさは、生まれつきだけではない。
大切な人を思い、大切な人を失った経験が、この人をこんなにも優しい人にしたんだ。
それから一か月後。
母と私、そして悠真さん。
三人で初めて小さな旅に出掛けることになった。




