第2話
工場の仕事は毎日ほぼ同じ時間に終わる。
その日も十七時半の電車に乗り、一駅先の地元駅へ向かう。
到着は十七時四十分頃。
あの日、私が雨宿りをしていたのは十八時過ぎだった。
だから翌日から私は少しだけ駅に残るようになった。
十八時を過ぎても。
時にはもう少し遅くまで。
何を待っているのか、自分でもよく分からなかった。
もちろん会える保証なんてない。
それでも、もしかしたらと思ってしまう。
そんな日々が続いた。
母はすぐに気付いた。
「最近帰るの遅いね。何かあった?」
「ううん。別に」
私がそう答えると、母は苦笑した。
「あの傘を返そうと思ってるのね」
図星だった。
「でも、もういいんじゃない?」
母は続ける。
「その人も返さなくていいって言ったんでしょ?」
それは同僚にも言われた言葉だった。
確かにその通りだ。
もし私が母や同僚の立場なら、きっと同じことを言う。
でも――。
あの時の空気は、私にしか分からない。
それに。
あの人がこの町の人ではなさそうだったことも気になっていた。
小さな町だ。
知らない顔がいるだけで目立つ。
なのに、あの人だけは誰とも結び付かなかった。
だから余計に気になった。
そうして毎日傘を持ち歩くようになって、一か月が過ぎた頃だった。
その日は雨だった。
私は自分の傘と、あの日の透明な傘。
二本の傘を持って電車を降りた。
改札へ向かいながら、何気なく駅前を見た。
そして。
息が止まりそうになった。
いた。
雨宿りをしている男性。
後ろ姿だった。
でも間違いない。
あの人だ。
「あっ……!」
私は思わず駆け出した。
改札を抜けようと定期券をタッチする。
しかし。
ピコン。
ピコン。
警告音が鳴った。
ゲートが開かない。
「え?」
慌てて定期券を見る。
昨日で期限が切れていた。
頭が真っ白になった。
駅員を呼ぶ。
説明する。
ほんの数分。
たったそれだけの時間だった。
だが、その数分が長かった。
ようやく顔を上げた時。
男性はタクシーに乗り込んでいた。
そしてそのまま走り去っていった。
「あ……」
私は立ち尽くした。
なんで。
なんで今なの。
やっと会えたのに。
私は悲しかった。
そして、自分に腹が立った。
たった一日。
定期券の期限に気付かなかっただけなのに。
私は肩を落としながら、雨の中を家へ向かった。




