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茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
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第95話 「雪道を渡る橇と、途切れた雑穀の道」

 ――道が閉じたなら、荷の運び方を変える――


 丹波から届いた雑穀は、共同蔵へ運び込まれた。

 だが、荷車を引いてきた男の言葉が、炊事場に重く残った。


「北の道が崩れかけとる。次の荷は、いつ届くか分からへん」


 宗白そうはくは地図を広げた。


 丹波や北山から下京しもぎょうへ続く道は、炭、材木、雑穀を運ぶ大切な地上の流れだ。


 雪解けの水で斜面が緩み、車輪のわだちが泥へ沈んでいる。このまま荷車を通せば、道そのものが崩れる恐れがあった。


「近江からの荷は、水運で運べる」


 弥七やしちが道筋を指でなぞった。


「せやけど、丹波と北山の荷を全部、湖や川へ回すことはできん。道を捨てれば、山の村も困る」


 青龍せいりゅうが腕を組む。


「流れが止まったなら、別の流れを作ればいい」


 勾陳こうちんが低い声で答えた。


「勝手に道を付け替えるな。田畑にも、山にも、持ち主がいる」


「なら、今ある道を直す」


「地が耐えられる範囲でな」


 二柱は睨み合った。


 茶太郎は地図ではなく、荷車の車輪を見ていた。

 細い車輪には、乾いた泥が厚くこびりついている。


「車輪が沈むなら……もっと広い面で、荷物を支えられないかな」


 ◆車輪を使わない荷運び


 甚八じんぱちは、焼け残った太い板を二本並べた。


 先端を火と湯気で少しずつ曲げ、横木で繋ぐ。荷を載せる台には縄を張り、俵が滑り落ちないようにした。


そりやな」


 丹波の運び手が目を細める。


「雪の深い山では使うこともある。せやけど、都まで引くんか?」


「雪と泥の深い場所だけです」


 茶太郎は答えた。


「道の固いところでは荷車。沈むところでは、この橇に小分けして運ぶ」


 荷を一度に全て動かそうとせず、通れる重さに分ける。


 宗白は積み替え場所と、俵の数を帳面へ記した。


「誰がどこまで運んだか分からなくなれば、荷が消える。積み替えるたびに札を替えよう」


 太常たいじょうが頷く。


「俵の札と、運び手の札を組にしてください。片方だけでは蔵へ入れません」


 ◆道が動いた


 茶太郎たちは、北山へ近い崩れ道まで向かった。

 片側は山肌、反対側は浅い谷。雪解け水が道の中央を流れ、泥を削っていた。

 ナギが水の動きを読む。


「……みず……みちを、たべてる……」


 茶丸が地面へ前足を置いた。


『下の土まで緩んでいる。荷を通す前に、水を逃がせ』


 大人たちは道の山側へ浅い排水溝を掘った。

 水を一か所へ集めず、何本かに分けて安全な斜面へ流す。ぬかるみには枝を束ねた粗朶そだを敷き、その上へ小石と土を重ねた。


 勾陳は地盤の揺れを見ているだけで、土を固めはしない。


「右端へ寄るな。そこは支えが薄い」


 人々はその言葉を確かめながら、杭を打ち、縄を張った。


 最初の橇へ雑穀二俵を載せる。

 かん太と運び手たちが前から引き、甚八が後ろで縄を取る。


「いくぞ! せえの!」


 橇は動かなかった。


 さらに力を入れると、片方の板が泥へ食い込み、荷が傾いた。


「止めて!」


 茶太郎の声で皆が縄を緩める。


 一度に二俵では重すぎたのだ。


「半分にしよう」


「それやと、何度も往復せなあかんぞ」


「道を壊して全部失うよりいいよ」


 雑穀を小俵へ分け、一つずつ載せ直す。


 今度は橇の前だけでなく、左右にも縄を取りつけた。子どもたちは安全な平地で、空の橇を引く練習をした。


 京鈴きょうすずは板が割れかける音を聞き、ハチは縄の擦れる場所へ古布を巻いた。レオは一度に運べる重さと往復回数を記録する。


「……一回は少ない。でも……四回なら、二俵」


「その考え方でいこう」


 茶太郎が笑った。


 ◆道普請の麦味噌玉


 昼になると、働く者たちの息が上がった。


 茶太郎は大麦の粉へ味噌、刻んだ干し大根、炒った豆を混ぜ、小さな平たい団子にして焼いた。

 水分を少なくした《麦味噌玉》である。

 そのままでも食べられ、椀へ入れて湯を注げば、簡単な汁になる。


「うまっ! 噛んだら豆が出てくる!」


 こたろが叫ぶ。


「道の上では、鍋を持ち歩けへんからな」


 かん太は麦味噌玉を懐へ入れた。


 雪の中で働く者には、温かい湯と腹持ちのよい食べ物が必要だった。


 日が傾く頃、最初の小俵が崩れ道を越えた。


 歓声は上がらなかった。

 皆、まだ道の途中にいることを知っていたからだ。


 運び手は、荷札を宗白へ渡した。


「遅うても、運べる。これなら山の村も荷を出せる」


 宗白は荷札へ受取の印をつけた。


「速さより、次も通れることが大事や」


 青龍は少し不満そうに鼻を鳴らしたが、やがて頷いた。


「流れは、速ければよいわけではないか」


 勾陳も腕を組んだまま答える。


「地を失った流れは、長く続かぬ」


 茶太郎は、雪の道に残った橇の跡を見つめた。


 荷物は突然現れない。

 誰かが道を調べ、土を支え、重さを分け、何度も往復して初めて届く。


 その夜、下京では新しい噂が流れた。


「宇治の子は、道が止まったら荷を軽くして、何度でも運ぶらしい」


 閉ざされた道へ立ち向かうとは、力ずくで押し通ることではない。

 地の声を聞き、運べる形へ変え、諦めず往復することだった。


 翌朝。

 共同蔵へ届けられた小俵の底から、一枚の紙が見つかった。


 そこには丹波の村から、短い言葉が記されていた。

 ——雑穀は送る。代わりに、冬の仕事を教えてほしい。


 食料を受け取るだけでは、縁は長く続かない。


 今度は下京から、山の村へ返すものを作る番だった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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道が崩れかけているとき、大きな荷車を力ずくで通せば、道そのものを失うかもしれません。荷を小さく分け、橇で何度も往復する。速さではなく、道を残しながら運び続けるための選択です。


丹波から届いたのは、雑穀だけではありませんでした。「冬の仕事を教えてほしい」という願いに、今度は下京から何を返せるのか。次回は、草鞋を通じた仕事づくりです。


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『茶太郎がゆく』
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