第96話 「雑穀一俵と、百足の草鞋」
――受け取った食料を、冬の手仕事で返す――
丹波の村から届いた紙には、こう記されていた。
——雑穀は送る。代わりに、冬の仕事を教えてほしい。
「銭が欲しいんやないのか?」
甚八が首を傾げる。
宗白は、雑穀を運んできた男へ尋ねた。
「村では、何が足りておられます?」
「仕事や」
男は擦り切れた草鞋を見せた。
「雪で畑へ出られん。炭も道が崩れれば運べん。春まで食いつなぐには、家の中で作れて、都へ持っていける品が要る」
茶太郎は、男の草鞋を見つめた。
爪先の縄は切れ、踵も薄くなっている。橇を引いて崩れ道を越えるうち、片道だけで一足を使い潰したという。
「だったら、次の荷を運べる草鞋を作ろう」
「草鞋なら、村でも昔から作っとるぞ」
「うん。でも、どこが切れたか、どうしたら長持ちするかを、みんなで記録するんだ」
食料を受け取った下京が返すのは、完成品ではない。
作り方を確かめるための知恵と、使った者の声だった。
◆百足のような縄
数日後、茶太郎たちは丹波の山村を訪れた。
雪に閉ざされた家々の軒下には、乾いた藁が積まれている。老人、女、子どもたちが囲炉裏を囲み、藁を打って柔らかくしていた。
村の老婆が、素早く縄を綯う。
「都の子に、草鞋作りを教わる日が来るとはな」
「作り方は、ぼくらが教えてもらいます」
茶太郎は頭を下げた。
「ぼくらは、どの草鞋が長持ちしたかを調べたいんです」
その言葉に、老婆の表情が少し和らいだ。
ハチは藁縄を前に座った。
「ぼくも……やっていい?」
「まずは三本、同じ太さに綯うてみ」
教えられた通りに始めたが、縄は途中で太くなったり細くなったりした。
何度直しても、形が揃わない。
「ぼく、向いてへんのかな」
俯くハチの隣で、京鈴が縄を指で弾いた。
「細いところだけ……音が高い」
ハチも耳を澄ませた。
張った縄を軽く弾くと、太い部分は低く、細い部分は高く響く。
「音が変わる前に、藁を足せばええんや」
ハチはもう一度綯い始めた。
今度の縄は、最後までほぼ同じ太さになった。
それを幾本も並べると、床の上を長い百足が這っているように見えた。
「百足の足みたいや〜!」
こたろが叫び、縄へ足を取られて転んだ。
「踏む前に言え!」
かん太の声が家中へ響いた。
◆同じ草鞋が合うとは限らない
茶太郎たちは、甚八が作った三つの木型を取り出した。
子ども用、小さめの大人用、大きめの大人用。
木型に合わせて編めば、同じ大きさの草鞋を続けて作れる。
レオが一足ごとに木札を結んだ。
「……小、一。中、二。大、一……」
最初の十足が完成すると、荷運び人たちが雪道で試した。
だが、戻ってきた男の一人は足を引きずっていた。
「大きさは合う。けど、鼻緒が指へ食い込む」
別の男は、爪先が横へずれている。
「わしは足の甲が高いんや。同じ長さでも、この紐ではきつい」
木型で揃えれば、それで完成だと思っていた。
だが、人の足は三種類には分けられない。
茶太郎は、赤くなった男の足へ頭を下げた。
「ごめんなさい。同じ大きさなら、誰にでも合うと思ってた」
老婆は鼻を鳴らした。
「道具は人が使うもんや。人を型へ押し込んでどうする」
ハチは男の草鞋をほどき、鼻緒を長く編み直した。
「ここを結び直せるようにしたら、足に合わせられる」
さらに、足裏が先に擦り切れる場所だけ、交換できる短い縄を重ねた。
雪道用には踵を深く包み、滑りやすい場所には裏側へ横縄を増やす。
完成品を一つに揃えるのではない。
土台だけを揃え、最後は履く者に合わせる。
◆こたろの耐久試験
「次はぼくが試す〜!」
こたろは新しい草鞋を履き、雪道を走り出した。
「走るな!」
全員の声が重なった。
案の定、こたろは坂の途中で滑った。
だが草鞋は脱げず、横縄も切れていない。
「痛くない〜! でも転んだ〜!」
かん太が雪まみれのこたろを抱き起こす。
「草鞋やなくて、お前の歩き方の問題や」
京鈴は戻ってきた草鞋を一足ずつ弾き、緩んだ縄の音を聞いた。レオは歩いた道と距離を木札へ記す。
ハチは切れた場所を見つけると、黙々と結び直した。
いつしか村人たちは、ハチの周囲へ草鞋を置くようになっていた。
「この子に渡せば、次は切れにくうなる」
老婆に言われ、ハチは驚いた顔をした。
「ぼくに?」
「お前は切れた縄を、失敗やと思うとらん。次の作り方を教える印やと思うとる」
ハチは直した草鞋を両手で抱えた。
家も本当の名も失った少年に、初めて「これを任せたい」と言われる仕事ができた。
◆食料と足を結ぶ約束
六合は、村人と宗白の間に六色の組紐を置いた。
「雑穀一俵に、草鞋何足と決めつけてはいけません。年によって収穫も、必要な手間も変わります」
太常が帳面を開く。
「まず今回は、雑穀一俵に対し、草鞋三十足、荷縄十束、小俵五枚。材料と食料の価値ではなく、双方が冬を越せる量から始めます」
「足りなければ、次に話し合う」
宗白が続けた。
「多すぎても、減らす。約束は人を縛るためやなく、来年も交換するためのもんや」
村人たちは頷いた。
作られた草鞋と荷縄は、雑穀を運んできた橇へ積み込まれた。
下京へ戻れば、町の荷運び人が実際に使う。その記録は再び丹波へ返され、次の草鞋作りに生かされる。
荷を見送る前、茶太郎は麦味噌玉を湯へ溶き、村人たちへ配った。
雑穀の団子と干し茸を入れた、濃い味噌汁だった。
「これ、村の雑穀で作ったんか」
「はい。もらったものを、おいしく食べる方法も一緒に返したかったから」
老婆は汁をすすり、静かに笑った。
「ほな、次は茸を多めに送ったる」
食べ物が料理となり、料理が新しい品を呼ぶ。
そうして縁は、一度きりの施しではなく、往復する道へ変わっていった。
下京へ向かう橇の上には、百足の足のように並んだ草鞋が揺れていた。
茶太郎はその荷を見送りながら言った。
「食べ物をもらった村へ、次の荷を運ぶ足を返せたね」
隣でハチが、自分の指を見つめていた。
藁を綯った指は赤く、ところどころ皮が剥けている。
それでも少年は、初めて誇らしそうに笑った。
「次は、もっと切れへん縄を作る」
その決意はやがて、茶太郎が成長した先で、各地の食材と厨房を結ぶ確かな技へ育っていくことになる。
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食料を受け取るだけでは、山村との関係は一度きりの施しになります。そこで下京は、冬の家内仕事と、次の荷を運ぶための草鞋を返しました。
百足のように並んだ草鞋は、多くの手が同じ道を支える姿でもあります。ハチにも初めて「これを任せたい」と言われる仕事ができました。食と仕事が往復することで、縁は続いていきます。




