↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶太郎がゆく ~猫と霊を癒やす料理で、戦国の天下を巡る~  作者: 莵月
第二章 ~四歳の茶太郎、京の大火を知る~
PR
93/314

第89話 「灰の下の火と、京鈴の炬燵」

 ――部屋を焼かず、人のそばに春を留める――


 下京しもぎょうに、今年最初の雪が降った。


 再建された仮小屋の屋根は白く染まり、板壁の隙間から冷たい風が吹き込んでいる。

 共同炊事場では二段竈にだんかまどが赤く燃えていたが、火から離れれば、すぐに指先がかじかんだ。


「薪を増やせば、もっと暖かくなるやろ」


 釘打ちの甚八じんぱちが言うと、お寅婆とらばばが首を振った。


「薪を食い尽くす気か。腹を温める前に、山が裸になるわ」


 茶太郎は、震える京鈴きょうすずを見つめた。


 少女は何も言わず、両手を袖の中へ隠している。その足には、片方だけの赤い草履。藁を巻いていても、爪先は冷え切っていた。


「部屋ぜんぶを暖めなくても……人のいるところだけ、暖かくできないかな」


 茶太郎が呟くと、志乃しのが目を細めた。


「囲炉裏の上に、低い台を置くの?」


「うん。火は灰の下に隠して、台の上から大きな布をかけるんだ」


 甚八が眉を寄せる。


「布の下に火やと? 焦げた町で、ようそんな怖いこと言えるな」


 京鈴の首に下がった焼けた鈴が、ちり、と鳴った。

 火事を経験した者には、暖かな火も恐怖の姿をしている。


 茶太郎は俯いたが、やがて顔を上げた。


「だから、みんなで試す。失敗したら、直す。危なかったら、使わない」


 宗白そうはくが帳面を開いた。


「使える薪を無駄にせず、本当に安全なら、冬を越せる家が増える。試す価値はある」


 ◆灰の下へ火を隠す


 甚八は粘土と焼け瓦で小さな火床を囲い、その上に低い木枠を組んだ。

 燃料には、北山の木屑炭を二つ。炎が消えて熾火おきびになってから、カイが灰をかぶせる。


「火、ねんねした」


「眠ったように見えても、触ったらあかんで」


 茶太郎が言うと、カイは神妙に頷いた。


 志乃とゆかりは、集められた古い麻布を縫い合わせた。間には、よく乾かした藁と古紙を薄く挟む。

 使える着物を裂くことはしない。

 破れて役目を失った布だけを、もう一度、温もりの道具に変えた。


 ゆかりは木枠へ三色の紐を結んだ。


「赤は、熱くて触っちゃいけないところ。白は、手を置いていいところ。青は、風を通す隙間だよ」


「全部ふさいだら、もっと暖かいやろ?」


 こたろが布の裾を押さえる。


 茶丸がすぐに前足で、その手をどけた。


『火は、目に見えぬ苦しい息を吐く。風の道を閉ざすな』


 茶太郎は青い紐の場所を少し開けた。


「暖かくても、息が苦しくなったら外へ出る。眠るときは火を残さない。子どもだけでは使わない」


 宗白が、その決まりを帳面へ書き留めた。


 ◆一度目の失敗


 皆が膝を入れると、冷えた足に温もりが広がった。


「……あったかい」


 レオが頬を緩める。


「布の下に春がおるみたいや!」


 こたろが喜んだ、そのときだった。


 京鈴が急に顔を上げた。


「……ぱち、ぱちって……木が泣いてる」


 木枠の一部が熱を持ち、布の裾から細い煙が上がっていた。


「離れて!」


 茶太郎の声で全員が足を抜く。カイが灰をかけ、甚八が布を引き上げた。

 炎にはならなかったが、麻布には小さな焦げ跡が残った。

 京鈴は青ざめ、焼けた鈴を握りしめていた。


「ごめん……ぼく、考えが足りなかった」


 茶太郎が頭を下げると、甚八は焦げた木枠を外した。


「失敗を隠すよりましや。火は人の言うことを聞かへん。せやから、人が仕組みを直すんや」


 甚八は火床を深くし、木枠を高くした。熱を受ける場所には焼け瓦を重ね、布の裾が内側へ垂れないよう竹の輪を加える。


 京鈴は何度も耳を澄ませた。


 レオは炭を入れた時刻を数え、カイは灰の色を確かめる。こたろは風の通る青い隙間を、今度こそ塞がなかった。

 二度目の試しでは、煙も焦げる音も出なかった。


「これを……炬燵こたつと呼ぼう」


 茶太郎が言うと、京鈴が恐る恐る足を入れた。

 しばらくして、その強張っていた肩がゆっくり下がった。


 志乃が生姜と蜂蜜水飴を湯に溶き、小さな椀へ注いだ。


「身体の中も温めましょう」


 京鈴は蜂蜜湯をひと口飲み、焦げ跡の残る掛け布へ触れた。


「……火、怖いままでも……暖まってええの?」


「うん」


 茶太郎は頷いた。


「怖かったことを、忘れなくていいよ。怖さがあるから、次はもっと安全にできる」


 京鈴は何も答えなかった。

 ただ少し場所を空け、寒さに震えていた年下の子を炬燵へ招いた。


 言葉の代わりに差し出されたその場所を見て、宗白は帳面へ一行だけ書き加えた。

 ——火を増やすのではない。温もりを逃がさぬ工夫なり。


 やがて下京では、奇妙な噂が流れ始めた。


「宇治の子は、布の下に春を飼うらしい」


 けれど茶太郎たちが閉じ込めたのは、春ではない。


 炭の量、灰の厚さ、風の道。

 そして、失敗を次の知恵へ変えようとする、小さな人の力だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


京鈴にとって、火は温かいだけの存在ではありません。町と家を焼いた恐怖でもあります。その怖さを否定せず、安全を確かめる力として生かしたことで、炬燵は初めて皆の温もりになりました。


火を用いる炬燵は、一酸化炭素中毒や火災の危険があります。本話の構造は創作を含みますので、現実に再現せず、安全基準を満たした暖房器具をご使用ください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価(★)をお願いします!
『茶太郎がゆく』
style=
目次からブックマークをお願いします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。